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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
五章 千年帝国の落日
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三話

続きです。

 その頃――帝城アヴァロン地下墓所にて。

 ルナはティアナを伴って皇族のみが入ることを許された地下墓所に来ていた。目的は魔族の言葉の真を確かめるためである。

 「床が光っている……一体どのような技術が使われているのか」

 蝋燭等が無くとも床が仄かに光っているため進行に支障はない。しかし、この技術は現代では再現不可能なほど高度なものだった。

 「千年前のものらしい。まだ他種族と仲たがいしていなかった頃に創られたと歴史書には記されている」

 そう応えるルナの表情は硬く、強張っていた。

 理由はここにティアナを連れてきていることにある。

 (皇族しか入ってはならない神聖な場所……でも私はその禁を破ってしまった)

 要は罪悪感に苛まされているのだ。この墓所は歴代の皇帝が眠っている地であるため、なおの事だった。

 (でもあの魔族は覇彩剣五帝所持者が知らなければならないと言っていた。私一人だけではなく)

 それにこの先に何が待ち受けているのかは全く予想できない。ルナ一人では対処できない脅威が存在しているかもしれないのだ。

 (前に進むと決めた。彼の背中に追いつくと決めた。だから――どんな罪だって背負ってみせる)

 押し寄せる罪悪感を押し殺したルナは前に進む。真実を知り、彼の元にたどり着く為に。

 歩を進めれば、広大な空間にたどり着いた。両側には扉が立ち並び、その上には何代目の皇帝なのかが記されている。

 厳粛な雰囲気が空間全体を覆っていた。

 「これは……なんとも……」

 呟くティアナは漂う厳粛さに圧倒されている。

 「……前に進もう」

 ルナも気圧されたが、本来の目的を思い出して足を前に進める。そうすれば後からティアナが続いた。

 皇帝墓所の奥へと進むにつれて足元に漂う冷気が強くなってきた。いつの間にか漂っていた厳粛さは消えていた。

 取って代わったのは寒々しい気配――否、禍々しい邪気である。厳粛を喰らい尽くし、背筋を凍らせ、恐怖を抱かせるものだ。

 発信源は――、

 「これは一体……!」

 墓所最奥に設置された漆黒の大扉である。

 暗闇を連想させる色彩の扉。千年の時を経ても尚、風化を感じさせない。

 唖然として見上げるティアナとルナ。

 ふと、扉の前に置かれている台座に気がついた。

 「……これは」

 近づくと、台座には石板が置かれていることが分かった。それは旧暦語で書かれている。

 「私にはさっぱりだが……ルナ殿には分かるのか?」

 「ん、皇族の教育には考古学も含まれていたから」

 もっとも、その教育とて万全ではない。旧暦語までは習わないからだ。

 しかし、歴史好きなルナは帝城図書館に足しげく通い、独学で学んだ。故に旧暦語で書かれた石板を解読することができた。

 「なんと書いてあるんだ?」

 訊ねるティアナに、ルナは困惑を含んだ声音で返す。

 「……“白黒乃書”の最後に記されている一文が書かれている」

 「それは確か――白銀の希望が世界を包み込むとき、漆黒の絶望が闇より這い出る――だったか?」

 「そう……後、その後ろにもなにか書かれているけど……読めない」

 その一文の後ろはなにか鋭利なもので傷つけられており、なにが書かれていたのか不明だった。

 (これは意図的に隠されたとみて間違いない。けどいったい誰が……)

 考え込むルナ。横からのぞきこむティアナは思案を邪魔しないようにと黙っていた。

 

 ――変化はその時訪れた。


 寒々しい気配が掻き消える。黄金の光が世界を覆った。

 驚く二人に声が掛かる。

 「汝らは選ばれた」

 振り向けば、黄金の光を背にした一人の青年が立っている。

 「リヒト陛下……」

 呟くルナに、ティアナは驚きを顕わにした。

 「馬鹿な……初代皇帝だと!?」

 「ん、間違いない」

 (前に夢の中であったから――けど少し様子が変)

 以前あった時とは違い、どこか無機質さを感じる。

 金髪碧眼の青年――初代皇帝リヒトは二人の言葉に反応を示さず、言葉を続けた。

 「この混沌の時代――“停滞期”を終わらせるべく、選ばれたのだ」

 彼の語りは自然と聞き入ってしまう、独特の声音で耳朶を打ってくるのだ。

 「汝らは知らねばならない。千年前の“真実”を。そして乗り越えねばならない。想像を絶する苦難を、己が“常識”の誤りを正さねばならないのだ」

 それは正に王者の声音――天性の資質ともいえるものだ。

 「覇彩剣五帝所持者よ、結託せよ。この先、汝らが一丸とならねば越えられぬ“現実”が待ち受けている」

 故に――と絶対王者は語る。

 「“白帝”以外の所持者を集わせよ。“緋帝”、“翠帝”、“蒼帝”、“黄帝”――これら所持者四人集いし時、扉は開かれるであろう」

 一方的に告げるなり、リヒトの姿は消えてしまう。同時に温かい黄金の光も消え、冷気が戻ってきた。

 「一体、なんだったのだ……」

 呆然と呟くティアナ。対照的に決然とした表情でルナは告げる。

 「私たち以外の所持者――レオンとリチャードをここに連れてこなければ、この先にはいけない……なら、連れてくるしかない」

 語られた言葉は想像を超えていた。しかし、それでも、ルナの意思は揺るがない。

 (どんな“真実”が――“未来”が待ち受けていようとも、私は進み続ける)

 ルナは気がつかない。それが王者の資質であると。

 何者にも屈さず、何者の意志にも従わない。己が信じる道を決然と進み続ける。常人には到底実現不可能なことだった。

 故にこの信念は――決意は、王者や覇者が持ちえるもの。ルナは着実に皇帝としての才覚を表し始めていた。

 その事実を知る者は、今はただ一人。隣にいる青髪の女性だけだった。


 ****


 夜――フィンガー邸。

 「ふぅ――……良い湯だな」

 思わずといった様子で息を漏らすティアナ。隣にいるルナは浮かない表情で夜空を眺めている。

 二人は現在、フィンガー邸の大浴場に浸かっていた。露天式であり、幻想的な夜空を眺めることができる風情ある所だ。見目麗しい女性二人以外に誰もいない。

 地下墓所から帰ってきた二人は、夕食を食べ終えて体をきれいにしようとここに来ていた。

 憂いを帯びた視線で天を見上げるルナに、ティアナが声を掛ける。

 「ルナ殿、何か悩み事でもある様子だが、よければ私に話してはくれないか?」

 「……どうして悩んでいると分かったの?」

 驚くルナに、ティアナは苦笑を見せた。

 「ルナ殿は最近感情が分かりやすくなってきているから、つきあいの短い私でも分かったんだよ」

 「そう……かな?」

 顔に手をやるルナ。そんな彼女に、ティアナが優しく諭す。

 「悩みというのは、誰かに話すことで軽くなるもの。内に秘めておくだけではどんどん暗くなってしまうだけ。言葉にしてみることで和らぐものだよ」

 ルナはしばし黙り込む。ティアナは急かしたりしなかった。

 やがて、ルナは意を決した様子で口を開いた。

 「もしも、好きな人がとても重大な事を隠していたり、重い過去を背負っていたりしてそれを話してくれなかったら……ティアナはどうする?」

 「ふむ……私にはそういった人がいたことがないのではっきりとは言えないが――そうだな、まずは待ってみるかな」

 「……待つ?」

 首を傾げるルナに、ティアナは頷く。

 「ああ、そういった場合相手は話すのをためらっているか、もしくは話すことでルナ殿に危険が及ぶから黙っているということが多い。しかし時が来れば話してくれる――ということもある」

 だが――とティアナが続ける。

 「それでも、いつまでも話してくれない場合もある。その時は――攻めの一手だ」

 「攻める……?」

 「うむ、当たって砕けろ――とまでは言わないが、こちらから積極的に聞きにいく姿勢を取るんだ」

 しつこいと思われるかもしれない。嫌われるかもしれない。そういった恐怖はあるだろうが――、

 「それでもだ。自分がいかに相手の事を想っているのかをアピールして、それを向こうが察すれば邪険にはするまい……それがレン殿ならなおさらな」

 「――っ!?わ、私はレンだなんて一言もいって――」

 「分かるさ」

 動揺から、視線をせわしなく動かすルナの言葉を遮って告げる。

 「ルナ殿のレン殿を見る視線はとても温かく、優しい想いに溢れている。それは傍から見てすぐに分かった」

 しかし、とティアナは懸念を口にする。

 「最近はどこかおかしい。レン殿を見つめる瞳に恐怖が宿っているように感じられるのだ。おそらくだが、ルナ殿はレン殿が抱える秘密を知ってしまい、どうすればいいのか迷っているのではないか?」

 「――……ティアナは感が良い。隠し事は出来そうにない」

 暖かな湯に浸りながら、夜空をみやるルナ。そんな彼女につられてティアナも天を仰ぐ。

 「皇帝墓所でどうして私がリヒト陛下だってすぐに言えたのか……それには理由がある」

 そして語る。夢の中での邂逅を、そこで知った“真実”の一端を。

 長いようで短い時間が過ぎた。話し終えたルナはティアナに問いかける。

 「私はどうすればいい?どんな顔で彼と接すればいい?」

 ルナが語ったことをゆっくりと咀嚼したティアナは、空から視線を外して彼女を見つめる。

 「ルナ殿が語ったことが真実だとしても――それでもルナ殿はレン殿のことが好きか?」

 「……ん。それでも私の想いは変わらない」

 湯の熱とは別種の熱で頬を染めるルナ。

 そんなルナを見つめるティアナの視線は優しいものだった。

 「ならば――己が心に従うといい」

 「心に従う……?」

 「ああ。好きだという感情に従うんだ。たとえレン殿が私たちの理解を超えた存在だとしても、その事実を含めて好きなんだ――と叫べばいい」

 どんな“真実”を知ろうが関係ない。好きなのだから傍にいたいと言えばいい。

 「好きに枷はない。あらゆる理屈を超えた感情がもたらすものが恋なのだ。だから――ルナ殿がしたいようにすればいい」

 「したいように…………うん、分かった気がする」

 どこか晴れ晴れとした表情を浮かべたルナは、先ほどまでとは打って変わった自然な笑みを形作る。

 「ありがとう、ティアナ。おかげで私がどうすればいいのか――いや、どうしたいのかが分かった」

 そんなルナに、ティアナが笑いかける。

 「なに、礼などいらぬさ。だって私たちは――友達だろう?」

 「ん!友達」

 ここに在るのは確かな絆。これから待ち受ける艱難辛苦を共に乗り越えられる確かな輝き。

 笑みを交わす少女たちを祝福するかのように、夜空は無数の星々の光を降り注いでいた。

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