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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
五章 千年帝国の落日
105/223

二話

続きです。

 大帝都クライノートは四方の正門から帝城アヴァロンまで広道が敷かれている。普段はその道の脇に露店が並び立つことで活気に満ちていた。

 しかし今日は別種の活気に満ちている。露店の前には夥しい数の人々が立ち並び、店主でさえもその列に加わっていた。

 彼らは一様に歓声を上げ、祝福の言葉を放っている。視線の先には凱旋馬車、人々に手を振っているのは第三皇子と第五皇女である。馬車の前を往く金髪碧眼の美青年にも温かい言葉が掛けられていた。

 『レン殿下ー!流石ですっ!』

 『ご無事で何よりです、ルナ殿下!』

 『レオン大将軍、お勤めご苦労様です!』

 民衆から花束が贈られ、それらは護衛の兵士を介して二人の皇族の元へと届けられる。凱旋馬車は瞬く間に色とりどりの花で飾られた。

 花束を片手に、民衆に手を振るルナが蓮の方をちらと見やる。

 「レンってば、子供たちに大人気みたい」

 「そうみたいだね……」

 そう返す蓮の元には束ではなく一輪の花が沢山置かれていた。泥が付着していたり、野に咲くありふれた花もある。

 これらは大帝都に住まう子供たちから贈られたものだ。意外なことに、蓮は子供たちから絶大な人気を得ていた。

 (いや、意外でもないか。“軍神”はアインスで幼少期から聞かされるおとぎ話の主人公だというし、その末裔ともなれば騒ぎ立てるのも無理はない)

 未来のアインスを担う若者たちに微笑みを向けて片手を振る。瞬間、目を輝かせる子供たちを視認した蓮は暖かな気持ちになった。

 (こういった邪気のない歓声は嬉しいものだ。癒される……)

 「あ、おじ様……!」

 ルナの声に視線を前方へと向ければ、帝城アヴァロンの雄姿を捉えることができる。少し視線を下げるとアインス大帝国で神聖視されている二柱の神の巨像が、その更に下には東域の五大貴族フィンガー家の当主を始めとした貴族たちの姿があった。

 「……いつ見ても素晴らしい。偉大なる双星王の神像」

 呟くルナの顔には心なしか喜色が浮かんでいるように感じられる。 

 「ルナは本当に神話伝説が好きなんだね……」

 「ん、アインス大帝国の建国者であり、人族の統一者“人帝”リヒト陛下は“創神”(ブラフマー)に」

 ルナは左の巨像を指していた手を右に向ける。

 「世界を救った英雄王であり、四種族の統一者“天帝”シュバルツ陛下は“軍神”(ヌアザ)として神に成った。……二人は私の憧れの存在、彼らみたいに強く気高く在れたらと思っている」

 ルナが言っている“人帝”や“天帝”というのは、千年前の大戦時に各種族の代表として蓮の元に集った“五帝星君”のことだ。“天帝”である蓮を除いた四人がのちに各種族の王となったことからそう呼ばれている。

 (しかし、恥ずかしいな。でもまさか本人ですなんて言えないし……)

 褒め称えられ、しかも憧れとまで言われては羞恥心がこみあげてくるものだ。

 (それに……僕らは別に気高くなんかないのに――ん?)

 ふと、視線を感じた蓮は顔を横に向ける。そこには複雑な感情を持てあましたルナの瞳があった。

 「……ルナ、どうかしたの?」

 「あ、その……なんでもない!」

 慌てて視線を逸らすルナに、蓮は訝しげな視線を送る。

 (またこれか……一体魔族になにを言われたのか……)

 よもや“真実”を知ってしまったのではないかという恐れが生じる。“真実”を知られることは今の状況下では極めて不味いと言わざるを得ない。

 (ルナから目を離さないようにするべきか……)

 思案気な蓮に、不安げなルナ。そんな二人の皇族を乗せた馬車は、二柱の神像の横を抜けて帝城へとたどり着く。天は彼らの気持ちと反比例して快晴であった。


 帝城アヴァロン正門前に到着した蓮たちは待っていたフィンガー家当主バルトを始めとする大勢の東域貴族に出迎えられた。

 「おお、ルナ殿下!ご無事でしたか!」

 人前であるためか、他人行儀な言葉となっていたが、伝わってくる感情は安堵と歓喜――優しい思いだ。

 ルナもそれを感じ取ったのだろう、バルトに笑みを向けた。

 「……心配してくれてありがとう、おじ様。私は大丈夫」

 バルトは安堵の息を吐いて笑みを浮かべる。次いで蓮の方に顔を向けた。

 「レン殿下、ルナ殿下をお救いしてくださりありがとうございます」

 「いえ、僕は特に何も。護衛の者が頑張ってくれたおかげですよ」

 ルナを敵に奪われるという失態を犯したティアナたちへの擁護も忘れずにしておく。

 「いえいえ、レン殿下のご活躍はお聞きしておりますよ。敵に包囲されていたライト砦の解放、総軍を率いてのヴァルト軍との戦いでの勝利と、まさしく八面六臂のご活躍だったとか」

 「どれもこれも部下たちの奮闘のお陰です。それに大局を決する“覇王”との決戦を制したのはレオン大将軍ですから」

 と、蓮がレオンに話を振れば、バルトは彼の肩を叩いて朗らかに笑いかけた。

 「レオン、我が息子よ。素晴らしい活躍だったな」

 「父上……いえ、某は軍人としての役目を果たしたにすぎませぬ」

 何処までも謙虚なレオンに、蓮は苦笑を浮かべた。

 (彼は真にこの国の為に戦っている。子は親に似るとはよくいったものだ)

 アインスの未来の為に、蓮と密約を交わしているバルト。そんな彼の息子であるレオンもまた忠義者であった。

 と、ここで前方から歩いてくる人影を認識した蓮。帝城正門の陰から日の当たるこちらに向かってきたのはホルスト宰相だった。

 「ルナ殿下、無事のご帰還なによりです。レン殿下、戦勝おめでとうございます」

 彼は頭を下げてそう言ったのち、フィンガー親子の方を向く。

 「レオン大将軍、皇帝陛下は大層お喜びでしたよ。褒賞には期待されるがよろしい」

 「はっ、此度の戦勝は陛下に捧げるものであります」

 アインス式の敬礼をしたレオンに頷きを返したホルスト宰相が告げる。

 「論功行賞は明日行われますので、今日はお体を休められるとよいかと思います。帝城の私室の準備は整っておりますが、いかがしますか」

 「僕はバルトさんの屋敷にお邪魔になろうかと思っているのですが……どうですか」

 と、水を向ければ、バルトは喜んでと言ってきた。

 「私もそうする」

 ルナも蓮に追従、そうすれば流れるようにレオンも参加を表明した。

 「そうですか、ではまた後程お会い致しましょう」

 こうなることが分かっていたのか、ホルスト宰相は特に食い下がることなく首肯して去っていく。

 その後ろ姿を“天眼”で“視”た蓮は眼帯を一撫で。

 (……やはりそうか。であれば――やりやすいな。けど、不愉快でもある)

 黒瞳に虚無を宿した蓮は、口元を荒々しく歪める。

 それに気がついたのは隣にいたルナだけだった。


 ****


 フィンガー家の屋敷に着いた一行は夕食までの間、思い思いの時間を過ごすこととなった。ルナはティアナと共にどこかへ出かけ、レオンは中庭でキールと稽古に励んでいる。

 (ルナが何処に向かったのかは不安だけど……今は他の案件を優先しなきゃな)

 蓮はバルトの自室の窓から中庭を眺めていた。隣にはバルトがいる。

 「殿下、今回の論功は気をつけてください。どうにも妙な感じがするのです」

 「妙……?」

 「ええ。普段論功に参加しない者たちが大帝都に来ていますし、マティアス第一皇子とエリザベート第三皇女が不穏な動きを見せておりますゆえ」

 蓮が東域に出張っている間に、彼らは奇妙な動きを見せていたらしい。謹慎をくらったマティアス第一皇子は母方の生家である中域の五大貴族ダオメン家の当主と幾度も密会をしていて、エリザベート第三皇女は先のルフト親征で皇帝から下賜された中域西部ヴィアベル砦に第三皇軍以外の軍を集めている。

 (マティアス第一皇子の最終的な目的は分かっているからある程度の予想は立てられる。けど、エリザベート第三皇女は分からないな)

 バルトが放った密偵の情報では、集めている軍勢は西域貴族の私軍だという。

 (このタイミングで集める意味とは一体……第一皇子との関連性も疑わないとな)

 「なるほど……では、普段なら参加しない者たちの方を聞かせてもらいたい」

 蓮がそう言えば、バルトは唸りを上げる。

 「南域の五大貴族リング家、北域からはブラン第二皇子が来ています」

 「へぇ……それは――妙だね」

 南域を運営しているリング家はめったに大帝都に来ないことで有名だ。皇位継承者を抱えていないため、中央の政治に消極的なのだと言われている。

 ブラン第二皇子にいたっては、皇位継承者でありながら功績を積もうとしないで、生家である北域の五大貴族オーベン家の本拠地の第四帝都から動こうとしない。前回のエーデルシュタイン戦の時のように北域に戦火が迫らなければ動かないのだ。

 (そんな連中が動いたとなれば、確かに警戒に値するな)

 蓮は心に留めておくと言ってから話題を変える。

 「例の件ですが……どうでしたか?」

 そう言えば、バルトは執務机に歩み寄り、中から何枚もの紙を取り出した。

 「結果から言いますと――黒でしたな。まったく腹立たしいかぎりですが」

 差し出された書類に目を通す。

 「これは……」

 そこには中域と西域貴族たちの内定結果が書かれていた。悪辣な所業――不当な税率、中央に報告していない隠し財産、領民へ還元しない税金、果てには禁止されている奴隷を南のアルカディア共和国(、、、)から買っている者もいた。

 「証拠となる書類もそろっています。言い逃れは難しいかと」

 「そう、ですか……」

 蓮はやっとといった様子で返事を返す。その隻眼には抑えきれない怒りが宿っていた。

 (どこまで腐っているんだ……これ以上アインスを汚すなよ)

 友の残した国が貶められ、汚されていく。耐えがたい屈辱だった。

 (でも、あまりにも多すぎる。全員を処罰してしまうと、国家運営に支障がでるくらいに)

 それでは駄目だ。他国に付け入る隙を与えてしまう。

 (一応、主要な大国への根回しは終えているけど……それでも危険だな)

 南のアルカディア共和国、北東のエーデルシュタイン連邦、東のヴァルト王国、北のアイゼン皇国といった大国はそう簡単に掌を返すような真似はしないだろうが、それも蓮が健在であるならという条件付きだ。

 (計画が進めば、僕はアインスから離れることになる。その為の計画も同時進行中ではあるけど、最終的にルナが認められなければ破算する。それに小国とて油断はできないし、西方諸国も懸念すべきだ)

 あの“道化”がいる西の国家エルミナ聖王国が何かしら仕掛けてくるのは確実だ。でなければ“道化”が暗躍したりはしないだろう。

 (難しくなってきたな。外にばかり目を向けすぎた結果でもあるけど)

 見落としていた部分から盤上が荒れてきた。多くの者が盤上を操ろうとしているのを蓮は感じ取っていた。

 「今はまだ時期ではありません。ですが時がきたら一気に勝負を仕掛けるので、そのつもりでお願いします」

 「わかりました。いつでも動けるよう、準備をしておきます」

 会話が途切れる。聞こえてくるのはレオンとキールの覇気ある声だ。

 ふと、思いだしたかのようにバルトが笑みを向けてきた。

 「レン殿下、ありがとうございます」

 「?何がです?」

 疑問符を浮かべる蓮に、バルトが感謝の念こもった瞳を向けてくる。

 「ルナのことですよ。彼女は徐々にですが、かつての性格に戻ってきている。赤ん坊のころから知っている身としては嬉しい限りです」

 「……性格が、ですか?」

 「ええ、レン殿下も感じませんか?初めて会った時よりも喜怒哀楽がはっきりしてきたことを」

 (言われていれば――確かにそうだな)

 最近のルナは以前よりもはっきりと感情を表現するようになった。かつての無表情だけということは無くなっていた。

 「かつて――ということは、もっと昔は今のように感情を表に出していたんですか?」

 「五歳の頃までは――ですね。あの事件の後からはルナはまるで感情を失ったかのようになっていましたから」

 「あの事件?」

 「ええ――後宮事件のことです。レン殿下もお耳に挟んだことがあるのでは?」

 「……少しだけは」

 ルナに連れられて訪れたマリーの住居である白の塔がある中庭を思い出す。そこは何故か異様に広く、まるで何かが建っていたようだと感じた蓮は書物を読み漁って調べたのだ。すると、中庭にはかつて後宮と呼ばれる皇后の住居があったということが分かった。

 (しかし十四年前に起きた事件をきっかけに、取り壊されてしまった)

 「僕が知っているのはそれくらいです。具体的な中身までは知りません」

 「そうですか……あれは凄惨な事件でしたよ」

 悲壮を宿した瞳を窓の外に向けたバルトが語り始める。

 「第五皇后――ルナの母親が暗殺されたのです。他にも第一皇后を除いた皇后が殺されたことから、黒幕は第一皇后とされ、処断されました」

 後宮は血の海となったという。皇后だけでなく、女官や傍付きまで殺されたからだ。

 「その時、ちょうど皇帝陛下は大帝都を空けていて、護国五天将は“五天会議”で別の所にいました。ですので事が終わるまで誰も気がつかなかったのです」

 神器所持者が居ない隙をついた犯行。計画性がうかがえる。

 「私が拠点である第一帝都から駆け付けたときには、既に何もかも終わった後でした」

 その時、ルナは他の皇位継承者と共に皇帝と外出していたそうだ。未来ある皇族を失わなかったことは不幸中の幸いともいえるが。

 「他の皇位継承者も衝撃を受けましたが、中でもルナが受けた衝撃が大きかったらしく……その場で失神してしまいました」

 目を覚ました後に、母親の死体と対面。それ以降、感情が欠落したかのように無表情でいることが常となってしまった。

 「それ以前は天真爛漫といってよいほど明るい性格だったので……悔やんでも悔やみきれませんでした」

 それはバルト以外の者にも当てはまった。その日を境に皇帝は実現不可能な大望を掲げ、侵略行為を繰り返し始めた。まるで自分に守る力が無かったことを悔いるかのように、力を誇示し始めたのだ。

 「ですがレン殿下とあってからのルナはかつての笑顔を取り戻しているように感じられます。なので私としては殿下に感謝の念を抱いているのですよ」

 「僕は……そんな……」

 蓮は口ごもる。そんなつもりは全くなかったからだ。

 (僕はただルナに皇帝になってもらおうと――ある意味利用しているだけなのに……)

 罪悪感で胸が一杯になる。自分はそんな綺麗な人間ではないと声高に主張したくなる。

 けれど――蓮は感情を理性で押さえつけた。

 (ここで悪感情を持たれるのは不味い。今後の計画に差し障る)

 荒ぶる感情を落ち着かせるように、眼帯を撫でて深呼吸をする。

 「もしそうであるならば、喜ばしいことです」

 当たり障りのない返答をして、話題を切り替えた。

 深まる談笑の中、蓮は自嘲気味に笑みを溢す。

 (……僕は――本当に屑だな)

 窓の外に広がる蒼穹は青く澄み渡り、自分の心根とは対照的に美しいと思う蓮だった。

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