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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
四章 覇者たるもの
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十八話

続きです。

 降りしきる雨が上がり、太陽が灰雲の隙間から顔をのぞかせている。雨上がりの空は幻想的な色合いを醸し出しており、降り注ぐ陽光は疲れ切った兵士たちを労わるかのようだった。

 神聖歴千三十一年六月二十五日。休戦から一夜明けた日の朝である。

 そんな夜明けを東域鎮台の胸壁から見つめていた蓮はしばし余韻に浸ったのち、鎮台内部へと足を向けた。目指す先は指令室だ。

 扉を開けて室内に入れば皆手を止めて敬礼を向けてくる。それに返礼した蓮は上座――ではなく他の者たちと同じ横の椅子へと腰かけた。

 現在、蓮のほかに室内に居るのはルナにティアナ、キールにレオン、そしてリチャードだった。

 その内の一人リチャードがおもむろに口を開く。

 「それで、今日は何を話し合うのだ?休戦協定に関しては昨夜の内に話し終えたであろう」

 昨夜、蓮を仲裁人としてアインス側からはレオンを、ヴァルト側からはリチャードを代表とした会議が行われた。ヴァルト側はリチャードが現王であるため問題なく、アインス側代表として出席したレオンもまた大将軍であるがゆえに問題はなかった。

 軍事国家のアインス大帝国において“護国五天将”、すなわち大将軍の位は皇帝の次に偉い宰相と同等の権力を有しているからだ。有事の際、つまり今回のような戦後処理についてほぼ全権を持っているといって良い。

 (かなりの強権だよな。しかも驚きなのは皇帝に対する罷免権を持っているってことだ)

 大将軍がどのような権力を持っているのか調べた時、一番驚いた所だ。“護国五天将”は“五天会議”で満場一致だった場合、皇帝を退位させることができるのだ。

 (伊達に軍事国家を名乗っているわけじゃないってことだ。武官の権限が恐ろしく強い)

 「それについてはレン殿下がご説明されるとのことでしたが……」

 レオンの発言に、蓮は思案を止めて注意を向けた。

 「うん。今回は昨夜のとは違って、堅苦しい話じゃあないんだけどさ」

 言葉をいったん切って、面々を見渡す。

 リチャードは豪快にあくびをしていて、レオンは対照的に真面目な顔を蓮に向けている。キールは面白そうにこちらを見やっていて、ティアナは隣に座っているルナを気遣うようにちらちらと視線を向けていた。

 当のルナはというと、再会してから妙によそよそしい態度で蓮に接している。

 (いや、これはよそよそしいというよりも……距離感をつかみかねてるって感じか)

 しばらく会っていない内にどのような経験をしたのか、興味は尽きないが……。

 (彼女の方から話してくれるのを待つとしよう。それに話さなくても成長したっていうのが分かったし、それだけでも上出来かな)

 “天眼”を使えば、どれだけ深みへと達したのかを知ることができる。ルナは確実に成長を遂げていた。

 (あと一押しってとこか……少し寂しいな)

 ルナの成長は当初の目的でもあり、喜ばしいことだが、己の手から離れていく感覚は幾ばくかの寂寥の念を覚えるものだ。

 (でも、これでいい。僕はずっと傍には居られないんだから……)

 そんな内心を悟られぬように意識して表情を整えると、話を続ける。

 「ここにいる皆を僕の領地に招待したい。目的は親睦を深めることだよ」

 と言えば、レオンがためらいを見せながら言葉を発した。

 「恐れながら殿下、それは難しいかと思われます。私を含むアインス大帝国に属している者であればなんとかなるでしょうが、リチャード陛下はヴァルト王国の者。付け加えて現在の王でもあります。両国は休戦状態となりましたが、停戦や和平はまだこれからというところですので、殿下の提案は……」

 「余は別にかまわんがな」

 レオンの懸念をあっさり吹き飛ばす発言をしたのは、当の本人リチャードその人だった。

 「聞くところによれば末裔の領地には温泉があるというではないか。温泉はヴァルト領内に多く存在しておるが、アインス領内のものとはやはり違うであろうからな。余はとても興味がある」

 それに、と獰猛な笑みを浮かべる。

 「末裔とは決闘の約束をしておる。それを果たす良い機会ではないか」

 「しかし、ヴァルト側が黙っていないのでは?」

 というレオンの懸念はもっともだ。

 自国の王――それも最大戦力である覇彩剣五帝所持者を長年の仇敵である国に旅行に行かせることなど許しはしないだろう。

 蓮もそう思っていたのだが……。

 「問題ない。余のこれまでの功績を持ってすれば多少の無茶は通るであろう。それに――余は道理も武力でねじ伏せ進む“覇王”であるぞ?余の“覇道”は何者にも邪魔立てできぬさ」

 リチャード・ヘルシャー・ファン・デ・ヴァルト。この男の前ではあらゆる理屈は無意味なのだろう。そう思わせるほど豪快に笑っていた。

 「ではヴァルト軍を撤収させる役目は誰が担うので?」

 「生き残った“十二円卓”に任せる。奴らならば問題なかろう」

 “十二円卓”で生き残ったのは“五番”と“六番”だけだ。アインス右軍を攻めていた“七番”“八番”“九番”は全員討ち取られている。ちなみに番外である“零番”は見つかっていないことから戦死扱いになっていた。

 (本当にヘラウス将軍は優秀だな。それに比べてマルコ将軍は……)

 仮面の集団――魔族の乱入で早々に討ち取られてしまったと報告が上がっている。相手が悪かったとも言ええるが、彼が神器を所持していたことを鑑みれば無能だと評価せざるをえない。

 なにせ同じく神器持ちであった“十二円卓”や初めて使ったキールですら生き残り、しかも一人一殺ではあるが、討ち取って見せたのだから。

 (まあ、彼には今回の戦争の汚点を全て背負ってもらうとしよう)

 生家の権力を使って昇進し、努力を怠り数多くの兵を死なせた罰をここで償ってもらうとしよう。ついでに生家がある西域貴族の力を削げたら儲けものだなと考えている。

 「……そこまでおっしゃるのであれば、某はこれ以上何も言いますまい」

 この面子の中でもっとも良識人なのではないかと蓮が考えているレオンは押し黙る。なんとなく苦労人だなと思う蓮だった。

 対照的に苦労を掛けるほうであろうリチャードが、そういえばといった様子でルナの隣に座るティアナを見つめる。

 「小娘の隣に座っておる女、そう、貴様だ。貴様は――余と同じく覇彩剣五帝所持者であるな?先の終戦直前で巨大な氷を天から降らせたのも貴様であろう?」

 (やはり気がつくか……まあ、別段隠すようなことでもないし構わないか)

 ちらと視線で問うてくるティアナに、蓮は首肯して許可を与える。

 そうすれば、ティアナはリチャードに顔を向けて堂々と名乗る。

 「ノブレ・ティアナ・ディ・アルカディア。“蒼帝”の所持者だ」

 驚いたのはリチャードではなくレオンだ。

 「その名は……!いや、しかしレン殿下に討ち取られたはずでは……」

 「僕の配下に加えたんだ。……内緒だよ」

 蓮が冗談めかして唇に指を当てる。忠義厚き男であるレオンは苦悩の表情を浮かべていたが、続く蓮の言葉に覚悟を決めた。

 「このことが公になれば間違いなく彼女は処刑されるだろうね。僕としてはそんなことは望まないわけだけど……レオンはどうかな?」

 「某は…………分かりました。このことは墓まで持っていく所存です」

 つまり死んでも黙っているということだ。レオンが救える命を見捨てないであろうと予測しての発言だったが、どうやら上手くいったようだ。

 (それに彼にとって僕は使えるべき存在である皇族。しかも計画に協力してくれると約束してもいるから大丈夫だろうと思って明かしたんだけどね)

 後はリチャードだが……彼に関しては問題ないと考えていた。

 リチャードは蓮の考えた通り、死んだはずの者が眼前にいても特に問題視しなかった。

 「ははっ、そうかあの騎士国最後の騎士王であるか!良い、良いぞ。貴様も余と戦うが良い」

 「……鍛錬という形でなら請け合おう。リチャード殿、それでいいか?」

 「かまわん。末裔の計画には覇彩剣五帝は必要不可欠であるからな。まかり間違って殺してしまっては末裔の怒りを買ってしまう。それは流石に不味い」

 傲岸不遜を常とするリチャードの瞳に畏れが混じる。

 「末裔とは戦ったこともないし、戦っている姿を見たこともない。ないが――余はこの中で一番危険だと感じている。もっとも警戒に値する者であると」

 「はは、そんなに警戒しなくても取って食べたりしないから大丈夫だよ」

 朗らかに笑って返す蓮。そんな少年を見つめるルナの視線は揺らいでいた。

 蓮は視線に気がつかずに話を締めくくる。

 「じゃあ、そういうことで。リチャードはティアナとキール含む“天軍”と共に僕の領地であるシュトラールへ向かい、レオンとルナ、そして僕は大帝都へと凱旋し、その後シュトラールに帰還する。それでいいかい?」

 既に皇帝から召喚状が届いていたし、どのみちすることもあるので大帝都に向かわなければならない。

 (蔓延る病原菌共を排除する。寄生虫は滅殺しないとね)

 見渡せば頷く面々。蓮は満足げに息を吐いた。

 「シュトラールの方へは早馬を走らせて連絡しておく。また後で会おうか」

 その言葉を最後に、会議は終了するのだった。


 各々去っていく様子を眺めていた蓮は、近づいてくるルナの姿を認識して立ち上がる。

 「ルナ、大丈夫かい?まだ本調子じゃないとか」

 「ううん、それは大丈夫。軍医の治療と“翠帝”の加護のお陰でほとんど治ったから」

 「そうかい?……なんだかいつもと様子が違ったから心配なんだけど……」

 気遣うように優しく言えば、ルナが迷いを含んだ眼差しを向けてくる。

 「あ、あの……あのね!えっと、その…………なんでもない」

 迷った末、ルナは何も言わずに部屋から飛び出すように出て行った。

 その背を唖然と見送る蓮にティアナが声をかけてくる。

 「レン殿、後で――そうだな……シュトラールに着いてからでも構わないからルナ殿と話し合ってはくれないか?どうやらルナ殿はなにか悩んでいる様子でいるし、レン殿も思い悩んでいると見える」

 「……ルナはともかく僕が?」

 「ああ。まあ、レン殿はルナ殿のように思い悩んでいるというより――何か抱え込んでいる、あるいは背負いきれないものを無理して背負っているように感じるんだが」

 その指摘に蓮は内心ひどく動揺した。

 (ティアナ、キミは……)

 聡く、勘が鋭いなと思う。瞬時に看破してくるなど常人はもとい覇彩剣五帝所持者でも困難なことなのだから。

 (マリーのように“人眼”を所持しているわけでもないのにな)

 ティアナは他者の思考を読み取ることができる“眼”を持っているわけではない。それを分かっているからこそ蓮は動揺を隠しきれなかったのだ。

 しかし――今は語るべき言葉は持ち合わせていない。

 (僕の“復讐”に巻き込むわけにはいかない。彼女たちにはあくまでもアインス大帝国――ひいては人族のことに注力してもらいたいのだから)

 蓮は動揺を押し殺すと、努めて笑顔を取り繕った。

 「――分かった。後で必ず話すよ」

 「そうか……ルナ殿を頼むぞ。ルナ殿が一番信頼しているのはレン殿なのだからな」

 そう言って出て行くティアナの背を見つめる蓮は呆然として呟く。

 「……ルナが、僕を?…………まいったな」

 

 ****


 東域鎮台の地下には牢獄が存在する。捕らえた兵士を収容するためのものだが、現在牢に入っている者はいない。神器所持者を収容できるようにと、壁に埋め込まれた神器を無効化する特殊な神器が守護するこの場所ならば、“王”や“神”の“眼”を短い時間ではあるが欺ける。

 そんな日差し届かぬ牢獄は蝋燭の明かりで照らされた薄暗い場所だ。

 空いている牢の一角で、仮面の者“道化”と外套で全身を覆った一人の男が向かい合っていた。

 「どうでしたか、彼らは?」

 訊ねる“道化”に、対面する男がフードの下から低い声で答える。

 「一人を除いて問題はない。このまま順当にいけば完全な覚醒に至るだろう」

 「ふむ……やはり問題は第五皇女ですか?」

 「ああ。あの女は他の所持者より一歩――いや、二、三歩遅れている。おそらくは大器晩成型なのだろうよ」

 それを聞いた“道化”は思案気に呟く。

 「はたして“王”の降臨までに間に合うのか……直接干渉すべきか?いや、しかし今はまだ“軍神”が傍に……」

 ぶつぶつと言葉を漏らす“道化”に、外套の男があきれたように声をかける。

 「それよりも“天魔王”陛下から今後の事をきいてるんだろ?俺のすべきことはなんなのか、さっさと言ってくれ」

 「せっかちですねぇ。まあ、いいですけど。陛下から各所に向けて指示がありました」

 「それは?」

 「計画を始動させるとのことです」

 両者の間に喜悦が漂う。

 「そうか、遂に……遂にか」

 感慨深げな男に、“道化”が仮面の下で笑みを形作る。

 「ええ、“黒天王”陛下が完全に記憶を取り戻されたと確認が取れましたからね。“日輪王”陛下のお墨付きもありますよ」

 「他の“王”の方々も同意見だと?」

 「はい、そのようでして……。“白夜王”陛下、並びに“星辰王”陛下もお喜びになられていますよ」

 「ふはっ、ならば問題ないな。それに“五大冥王”四柱の決定なら、それはもう確定事項だ」

 「そうですね。なのであなたには当初の役割を果たしてもらいますよ」

 「ああ――任せておけ。“王”の為に必ずや成功させてみせよう」

 「期待してますよ“零番”(ヌル)

 その言葉を最後に、両者はその場を後にする。

 残されたのは不安を増長させる不気味な闇だけだった。

これにて第四章“覇者たるもの”終了です。

次回からは第五章“千年帝国の落日”が始まります。

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