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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
四章 覇者たるもの
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十七話

続きです。

 アインス左軍は混乱の中にあった。

 『な、なんだこいつら――ぐがぁ!?』

 『退け、退けぇ!“天軍”の背後まで後退するんだ!』

 突如として戦場に乱入してきた正体不明の者たちによって蹂躙されていく。戦列が崩れ、指揮系統に乱れが生じ始めていた。

 乱入者は一様に奇妙な仮面を被り、紫光を纏った剣を振っている。彼らの一撃の前では鎧兜などあってないようなものだった。

 『ひっ、や、やめ……ああ!?』

 『剣が通らないだとッ!?馬鹿なっ……!』

 鎧袖一触――仮面の集団は瞬く間に戦場を支配した。

 抵抗できているのは神器所持者であるヴァルト右軍指揮官の“十二円卓”と“天軍”副官キールだけだ。

 「おいおい、なんなんだこいつら……おまえさんのお仲間じゃあないのかよ」

 「知らんっ!我らの紋章を掲げてはいるが、あのような者たちなど見たこともないぞ!」

 先ほどまで死闘を繰り広げていた両軍の猛者たちが、互いに背中を預けて共闘している。

 それでも劣勢なのだから、いかに相手が規格外の存在なのかが分かるというものだ。

 「たった十人程度に押されるなんてな。あいつらまじでなんなんだよ……」

 あきれたように呟くキールに、“十二円卓”の二人――“五番”(フュンフ)“六番”(ゼクス)が応じる。

 「さあねぇ……今分かるのは軍属じゃあないってことくらいじゃない?」

 「二人とも無駄口叩いてる暇があるならさっさとあいつらを討ち取れ!」

 のんびりとした“五番”と対照的に生真面目さが垣間見える“六番”。兜があるため素顔を見ることはかなわないが、存外口調や言葉でだいたいの性格が把握できる。

 などと思いながらキールは神器“岩切丸”を振う。岩をも切り裂く大剣はしかし、仮面の者には届かない。

 紫光放つ剣で受け止められ、あるいは受け流されてしまう。反撃の一振りはかろうじて知覚できるといったありさまで、防ぐのがやっとといったところ。どうしても防戦ぎみになってしまっていた。

 キールたちが相手をしている三人以外の仮面の者は一般兵に襲いかかり、一方的に蹂躙している。彼らの中には執拗に兵士を切り刻んでいる者もいた。その姿から感じ取れるのは執念――否、怨念だ。

 彼らは明らかに兵士たちを恨んでいる。

 「いや――人族を恨んでいるのか?」

 キールは仮面の者たちが人ならざるものであると本能で悟っていた。漂わせる雰囲気の異常性、戦闘時の人外じみた動きは神器や魔器を所持していたとしても人族には再現ができないであろうことが理解できたからだ。

 「しっかし、このままじゃヤバいな……冗談抜きで全滅しかねない」

 「同感だよ。でもどうしようもなくない?」

 打ち合いながら話せるのだから、まだ余力はある。しかしじり貧であることは明白だ。

 「……一か八か、全力でいかないか?」

 「“六番”、正気か?全力なんて出したら眼前の相手はともかく、残りの七人を討つのが不可能になるよ」

 覚悟を秘めた表情の“六番”に、“五番”があきれたように言う。

 「…………いや、いいかもしれないな」

 「あんたもかよ……そんなに死に急ぐなって」

 「そうじゃねぇよ。ただ、このままじゃあ体力が尽きて嬲り殺しにされるだけだろ?だったら俺は一人でも多く敵を殺せるほうに賭ける」

 頬に付着した血を手の甲でぬぐいながらにやりと笑うキール。

 “六番”は深々と嘆息して――笑った。

 「ああもう、まったく……仕方がないな、ここは多数決に従っておくよ」

 「覚悟が決まったようだな。なら……早速行くぞ!」

 「おうよ、さっさとやっちまおうぜ」

 言うや否や、三人は神器の力を解放する。それぞれの得物が輝き、身体能力が底上げされた。

 『ッ!?』

 息を呑む仮面の者たちに肉発、目にもとまらぬ速さで大剣を振り下ろすキール。が、相手もさることながら咄嗟に剣を上に持ち上げて防ごうとした。

 しかし――無意味であった。

 「ハアァ!」

 かつて岩を一刀両断したこともある神器の強撃は、先ほどまで打ち合えていた剣を紙を切るが如く切断。そのまま仮面の者を頭から両断して体を二分する。

 鮮血が咲き乱れるかと思われたが、仮面の者から血は噴き出ない。砂のような粒子が放出されるだけだった。

 「なに――はあ!?」

 それだけでも驚愕に値するものであったが、仮面の下に隠されていた素顔を見たキールは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 何故なら――そこには両目のない顔があったからだ。更に、素肌は伝承に記されている魔族の色――紫色で。

 「お前ら……魔族なのか……?」

 唖然として言うキールに、戦場にいた他の仮面の者たちが一斉に視線を向ける。無作為に放たれていた殺意が集束していく。

 感づいたキールは戦おうと“岩切丸”を構えるも、体が思うように動かず片膝をついてしまう。

 視線を巡らせれば、同じく敵を倒した“五番”と“六番”がキール同様、地に膝ついていた。

 神器の力を全力で使ったがために体に強い負荷がかかり、結果こうして無様を晒しているというわけだ。

 徐々に距離を詰めてくる仮面の者たちを睨みつけて呟く。

 「クソッ、こんなとこで終わりかよ……せっかく貰った神器をまだ一戦でしか使ってないんだぞ」

 必死に立ち上がろうと四肢に力を込めるキールをあざ笑うかのように、慈悲なき剣閃が首筋に振り下ろされる。

 

 ――その時だった。

 

 「僕の眷属に手を出さないでくれるかな」

 魔族が吹き飛ばされる。仮面の者たちが動揺しているのが伝わってきた。

 すぐそばで聞こえた年若い声に顔を上向ければ、そこには見知った背中があった。

 白銀の外套に視線を昇らせれば、見えてくるのは漆黒の髪。この世界にその色彩を持つ者はたった一人だけ。

 “軍神”の末裔、英雄王の末裔、アインスの第三皇子など数多くの肩書を持つ少年の名は――、

 「レン・シュバルツ・フォン・アインス。キミたちを殺す者だ」

 泰然自若として告げられた。

 「キール、よく耐えたね。それに一人討ち取ったみたいだし、上出来だよ」

 「旦那……まったく、相変わらず美味しい所持っていきやがって」

 「はは、軽口を叩けるのなら問題ないね」

 キールにとっての主は、軽く笑って黄金の剣を胸元まで持ち上げると、

 「やっぱりキミたちは魔族みたいだね。色々聞きたいことがあるから一人だけ残して後は――殺そう」

 昂然として一方的に宣告した。


 ****


 蓮は眼前に居並ぶ仮面の集団を眺めながら思案していた。

 (この感じは魔力だな。となればやはり魔族というわけなんだけど……)

 魔力はとある事情から魔族しか持ちえない。蓮の持つ万物を見通す“天眼”(アマテラス)は彼らが放つ魔力を確かに捕らえていた。

 (この魔力量は……でもそれはありえない)

 通常の魔族をはるかに超える魔力量を感知した蓮は顔を顰める。思い浮かぶのは“魔王”と呼ばれる者たちだが……。

 (奴らだけは生き残っているはずがないと断言できる。何故なら、僕がこの手で首を落としたからだ)

 今でも想起できる。奴らの首を落とした時の感覚を、その時抱いた愉悦を。

 しかし、眼前の者たちは奴らと同等の――同質の魔力を有しているようだ。

 (一つだけ、可能性がある。“天魔王”の力を使って、死兵として蘇った可能性だ)

 だとすれば彼らが“天魔王”につながる有力な情報を持っている可能性が極めて高い。

 (捕らえて拷問確定だな。でもあまり多いと邪魔でしかないから一人だけでいいか)

 蓮は笑みを深めて、“白帝”(ブリューナク)を胸元から正面へと移動させる。

 “天銀皇”(アガートラム)が怒りを示すように空気を叩き付け、凄まじい色素で彩られた“天眼”は深淵に侵食され始めた。

 明滅する黄金の剣を向けられた仮面の者たちは怯えたように後ずさった。

 「無駄だよ、その程度の距離じゃあ僕からは逃れられない」

 愉悦を孕んだ視線で彼らを見つめる蓮の口端が禍々しく歪む。

 次いで一歩、踏み出せば地面が圧に耐え切れずに陥没した。

 そして――蓮の姿が掻き消える。

 

 “白帝”の天恵――“光輝”(フォトンレイ)

 

 繰り出されるは光速の斬撃。知覚不可能な連撃が襲いかかる。

 空を切る不気味な音と共に、踊り舞う黄金の光。

 仮面の者たちは悲鳴一つ上げられないまま死に誘われた。

 後に残ったのは一人だけ。蓮はその一人を“白帝”の柄で殴って気絶させた。

 

 こうして唐突に出現し、暴れまわった仮面の者たちは現れた時と同様に一瞬で姿を消したのだった。

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