八話
続きです。
「さて、これからキミたちはどうするんだい?」
「……皆さんときちんとお別れしたいです。この村の人たちにはお世話になりましたから」
悲しげに微笑むシエル。そんな様子を見て、蓮は疑問を覚える。
(どういうことだ?その言い方だと、まるで自分たちはこの村出身ではないと……いや、疑問に思っていても仕様がない。少々デリカシーに欠けるだろうが、聞いてみるとしよう)
「キミ……いや、シエルたちはこの村の出ではないのかい?」
「……そうです。私たちは……その……わけあって親がいないんです。それで平原を彷徨っていたところ、この村を見つけてしばらくお世話になっていたんです。この村の人たちはとても優しくて、事情も聞かずに泊めてくださったんです」
「そうだぜ!ここの人たちはスゲー優しくてさ。3か月も一緒に暮らしてたんだ!」
「……それは親切な人たちだね」
流石はアインス人だと、蓮は誇らしい気持ちになった。だが、だからこそなおの事悔やまれる。
(……惜しい人たちを亡くしたものだ。あの兵士たちを早急に始末していれば……)
あるいは誰か救えたかもしれない。そんな後悔が蓮を苛んだ。
(“あの日”から僕は後悔ばかりしている…………ん?“あの日”ってなんだっけか)
思い出せない。とても大切で、忘れてはいけない出来事があったはずだ。なのに思い返そうとしても、頭に靄がかかったように記憶が不鮮明だ。加えて頭の中で雑音が流れているかのように感じ、頭痛がする。
(ぐっ!なんだこれは……今までこんなことは一度もなかった。転移の弊害か?)
「―――さん、レンさん!」
「っ!?」
自分を呼ぶ声に、蓮は反応する―――と同時に、頭痛は引いて行った。
「……大丈夫ですか?苦しそうでしたけど……」
「ああ……大丈夫。問題ないよ」
(ひとまず記憶の事は後回しだ。今は目の前の事だけに集中しよう)
「シエル達にとっての恩人なんだね。なら、手厚く葬ってあげないといけないけど……」
如何せん人数が多すぎる。対してこちらは三人しかいない。これでは何日かかるか、分かったものではない。
(どうすべきか、悩みどころだな―――っ!!)
悩んでいた蓮は、突如背後を振り返った。
だが、その素早い動作はシエル達を驚かせるに足るものだったらしく、
「ど、どうしたのですか?」
「おい!いったいなんなんだよ!」
と口々に疑問を発した。
「……馬蹄の音がする。それもかなりの数だ」
「えっ?……何も聞こえませんけど……ラインはどう?」
「俺も何も聞こえないよ……でたらめ言ってるんじゃねーの?」
シエル達に聞こえないのも無理はない。蓮の五感は“白帝”で強化されているため、聞こえているだけだ。加えて“天銀皇”の索敵能力もそれを後押ししている。
(どうやら南方からみたいだね。ということはアインスの兵士かな?だとすれば敵が国境を侵した事に気付いて、駆け付けたってところかな)
だが遅い。終わってしまった後では意味がない。
(間に合わなかったでは済まされない。そんな言い訳が通用したら、兵などただのお飾りでしかない。……死んでしまったら、全てが無意味だ)
故に蓮は怒りを抱きながら、向かってくる兵士らしき人影を見据える。その怒りは暴虐を行ったアイゼン皇国の兵士達や自分自身への怒りでもあったが。
(さて、シエル達が平静でいられるかが心配なんだけど……まあ、無理か)
おそらく兵士達に、抑えていた怒りをぶつけるだろう。そうなった際に起こりうるであろう状況を考えると憂鬱な気持ちになってくる。だが、
(面倒を見るって決めたんだ。なら、どんな状況になったとしても、彼女らを守り抜こう)
と決意し、気持ちを前向きなものへと切り替えた。そこへ、
『おーい!!そこの者たち、無事なのか!?』
大声が掛けられる。
その声に反応して前を見れば、馬に乗った兵士達が10メートルほどまで迫ってきていた。
どうやら考え事に耽っているうちに、接近していたようだ。
「おい!聞いているのか?」
兵士達の先頭にいる男が話しかけてきた。おそらく先ほどの大声もこの男のものだろう。
「ええ、聞こえていますよ。なのでそんなに大声でなくてもよいかと」
「だったら最初から返事しろよ……心配するだろうが」
(いちいち癇に障る物言いをする男だな……見たところ貴族の三男ってとこか?だとすれば高飛車な言い方にも納得だけど)
と蓮が内心不快に思っていると、
「アロイス卿、たしかにうるさい……少し静かにして。彼らが怖がってる」
そう言いながら兵士たちの奥から少女が出てきた。
その少女は―――美しかった。
月の光のような銀髪に、程よく引き締まった女性らしい体つき。なにより―――
(…………驚いたな。虹彩異色か)
左目が赤、右目が青という対照的な瞳が目を引いた。
その少女は、
「私の部下が失礼をした……ごめんなさい……」
と抑揚のない声で謝罪を口にした。
「ああ……別にいいよ。気にしてないから」
「そう……?なら、良かったけど」
少女はそう言うと蓮を見て――――固まった。
(……?どうしたんだろうか。なんだか酷く驚いたようだけど)
「僕の顔に何かついてるのかい?」
「っ!?い、いやそんなことはない」
「それならいいけど……ところでキミたちは何者だい?」
彼らが掲げている紋章旗はアインスのものだが、必ずしも味方とは限らない。
故に、蓮は確認を取ることにした。
すると少女は―――
「私たちはアインス大帝国、第五皇軍の者。そして私の名はルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・
アインス……大帝国の第五皇女……」
驚愕の事実を口にした。
―――この出会いは運命
今まさに千年の時が動き出そうとしていた―――




