砕け散った眼鏡
「夢も希望もと言うが、そもそも戦いにそんなものは無いし抱いてもならないことだろう」
「それはそうかもしれませんが……天蓋選手は槍による攻撃を一度も行っていないんですよ?」
確かに言われてみたらローチンによる攻撃を行っていないな。
「必要なければそりゃあしませんよ。ど突き倒したらその後は関節技で締め落とすだけです」
「これも騎士の戦いにおける基本戦術だな。基本的に鎧を身に着けているため剣や槍等による攻撃よりも間接を重点的に攻めたほうが相手へのダメージが大きい」
「しかも関節技ならば相手を殺さずに生け捕りにして捕虜にする事も出来ますからね。ありとあらゆる意味で合理的な戦い方だと言えます」
「あ! 天蓋選手が関節技を仕掛けています! あ、あの技は確か……」
俺は倒した相手のかかとを全身を駆使してひねって極めた。
「ヒールホールド……あれって確か禁止技じゃ」
「ま、まあ真剣持って戦う事前提だからああいう技はルールの範囲内だな」
「今まさに槍で攻撃するチャンスなんじゃないのか……?」
その通りではあるが、このままギブアップするまで締めておくか?
「ぐああああっ!」
相手が地面をタップしてきたので反射的に技をといた。
「おっと技をときましたね!?」
「タップしたからでしょうね。しかしこの大会のルールではギブアップとは認められません。両者立ち上がり構えなおします!」
今ので決着にならないとはな……そうなると一度完全に意識を落とす必要がありそうだ。
「大人しく今のでギブアップしておけば良いものを……」
「ぐっ! なんていう馬鹿力……計算以上だ」
「ならすぐに計算しなおせ……俺達はまだ一年生だぞ?」
「ここで得られるデータが興味深いのでね。もう少し続けさせてもらうよ」
この期に及んでまだデータか……その愚直さは人間的に決して嫌いではないが。
「どうやら確実に気絶させる必要がありそうだな」
「次はどんな技でくるんだい? 果たして僕の計算を超えられるかな?」
「その計算には当然私の行動も考慮されているのだろうな?」
「何っ!?」
「オリヴィエ!? 何故お前が!」
何とオリヴィエがレイピアを片手にこっちへ向かって移動し、そのまま背後から斬りかかろうとしていたのである。
「背後から狙ってくるとは!」
「……どういう理由であれ俺相手に余所見したんだ……その代償を安く済ませたらこっちの沽券に係わるな」
「し、しまっ……」
俺は素早く懐に忍び寄り、そのままコブラツイストを仕掛けた。
「再び関節技にとらえられてしまったー! しかもこの技は脱出が困難そうだぞ!? 思わず苦悶の表情を浮かべています!」
「コブラツイスト……まさか天蓋選手があの技を使ってくるとは」
確かに蛇神がコブラツイストは若干気が引けるが、この際そんな事は言ってられない。
「オリヴィエ! あれを仕掛けるぞ!」
俺の言葉を聞き、ここから仕掛けられる技を察したのだろう。すぐにこっちに近づいてくる眼鏡を爆撃によって牽制し始めた。
「な、何をするつもりだ!?」
「今までのデータには無いだろうな……俺とオリヴィエの合体技は」
「合体技だと!?」
俺はコブラツイストをやめて、一旦開放した後、オリヴィエと二人同時に相手に組み付いて、協力して持ち上げてブレーンバスターを仕掛けた。そのままなすすべなく技は成功し、眼鏡も見事に割れてしまった。
「ツープラトン・ブレーンバスター!? なんであの女があんな技知っているんだ!?」
流石のナタクも驚いているようだな。まあ無理もあるまい。実際にオリヴィエもこの手の技についてはほとんど何も知らない状態だったからな。何故知っているのかと言われたら、剣術部の練習中にオリヴィエに見せていたからだ。マルクス先輩達との練習がここに来て活かされるとは予想外だが、効果はあったな。
「き、決まったー! 眼鏡も完全に大破! これは完全に意識を失っています! これで二対一! これで試合は大きく動く事となりました!」
片方の眼鏡は破壊した。これで残るはもう一人……そろそろこの試合も終わりか。
「残るは貴様だけのようだが……逆転への方程式は解けたか?」
残された眼鏡を見ると、すでに両手両足は爆発によってダメージを蓄積しており、息も上がっているようだった。
「ここからの逆転は困難、それを理解した上で尚立ち向かって来るか……本来ならばすでに見せた手の内でとどめを刺すのが定石なのだが……どうせこの武器で戦うことも無いだろうからな。特別に最高峰の技というものを見せてやろう」
「最高峰の技……?」
「まあ、月並みな言葉だが、必殺技という奴だ。もっともオリジナルではなく人から教えてもらった技だが」
そう言いながら、俺は足元にローチンを、つまり槍を地面に置いた。
「おーっと! 聞き間違いでしょうか!? 今必殺技という単語が出てきたように聞こえました!」
「ああ、私の耳にも必殺技と聞こえたが……」
「本気なのか? このタイミングでそんなものを使うのか? どうせブラフなのでは?」
「いえ、天蓋選手の性格上その手のハッタリは好まないはずです。恐らく本当に必殺技を仕掛けるつもりでしょう」
会場が騒然とし始めた。ここまでブーイングの嵐が巻き起こったのだ、必殺技の一つでも見せなければ観客も納得しないだろう。まあ、最大の目的はこれからの相手への威嚇だが。
「へえ、そんな技をここで使うのかい?」
「ああ、これからは大した対策を仕掛けてくるような奴らはいないからな……厳密にはお前達以上に過去のデータを鑑みる奴らはいない……が正しいか」
「……ほめ言葉と受け取っておくよ」
「そのせめてもの手向けだ。光栄に思えよ」
俺は地面に置いたローチンを踏みつけ、目をつむり精神を統一させる。
「い、いったいどんな技が……」
「槍を足元に……? まさか……」
精神統一を済ませ、思い切り足元に置いたローチンを蹴り飛ばした。
「奥義……英雄式魔槍蹴擲法!」
勢い良く蹴り飛ばされた槍は空中で七十二に分裂し、相手に襲いかかった。この技の性質上、これを使う度に槍をガラクタにしてしまうがその威力は申し分ない。完全なパクり技だが、武術なんてものは原則模倣なのだから問題あるまい。
「な、なんだ!? この技は……! 計測不能だと!?」
分裂した鏃が容赦なく相手に襲いかかり、そのまま眼鏡は粉々に砕け散りながらも、その眼鏡の持ち主は前のめりに倒れ込んだ。
「し、試合終了! 勝者……」
審判から決着を告げる宣言が響き渡る。その後会場からは堰を切ったような歓声が響く。障壁が解除された直後に医療チームが二人を搬送していった。




