塩試合
「ふふふ、驚いただろう? これこそが僕たちが三日三晩徹夜で作り上げた秘薬の効果だ」
三日三晩であんなものが作れるのか? とんでもない才能だな。
「三日でそんな物が作れるなら何でドーピングなんだ? 他になにかなかったのか」
「君たちにはわからないか、それもそうだろうね」
「君たちにはわからないだろうけど、僕たちには致命的な弱点があった。それは身体能力の絶対的なハンデ! これを克服できない限りは僕たちの優勝は限りなくゼロに等しいという計算結果が出た」
「だからこそ僕たちはその弱点を克服するために身体能力を向上させる魔法薬の精製に取り掛かったのさ」
……まあ、理屈はそうなんだろうが。
「それなら普通に筋肉をつければいいだろう」
「そんな時間が僕たちにあるはずが無いだろう? この弱点に気づいたのはほんの三ヶ月前なのだから」
いや遅すぎだろ!? それまで自分の身体能力を度外視してきたのか!?
「ところが僕たちの計算ではどんなトレーニングを積んでも、たった三ヶ月では実戦レベルで通用する力は手に入らないという結果が出てしまった。魔工学院入学後も大会に出ることもない学生生活を過ごすものだと思っていたよ」
「しかし先週気づいたのさ! 一時的にでも力が手に入れば、時間制限のある風霊祭に出場しても支障は出ないと!」
「だから魔法薬を作ったのさ」
……おかしい、こいつらが何を言っているのかさっぱりわからん!
「いや、貴様らの弱点が筋力なのは一目瞭然だろう」
それ以前に計算しなきゃトレーニングが間に合わない事に気づくとか、その打開策に気づいたのが一週間前とか、三日で薬を精製したとか色々おかしいところはあるだろ。
「そこに気づいていたとは……流石に戦闘慣れしているようだね。だが! 唯一の弱点であった身体能力を克服し! より強力な武器を扱えるようになった僕たちに勝つことは不可能!」
「さらに僕たちの頭脳を持ってすればより完璧な戦術で戦うことも出来る! 使う武器も計算に計算を重ねて設計した専用武器! そんな甲羅なんて打ち砕いてあげよう」
何でこいつらの身体能力に関する情報が隠された弱点みたいな感じになってるんだ? しかも持っている武器だって弓とボウガンではないか。打ち砕くのは流石に無理だろ。
「というかその薬、副作用とかは無いのか? 試合前に服用しているが」
「副作用? ふっふっふ……どうやら君たちは僕たちの事を何も知らないようだね」
「この完璧で天才的な頭脳を持つ僕たちが深刻な副作用を持つ薬を服用するはずが無いだろう? 効果の持続時間についての心配も無用。たっぷり一時間は持続するよ」
それは凄いな……凄すぎだろ。いや、一時間で元の状態に戻るドーピングの時点で十分怪しいが。
「ふん、どうでもいい話だ。さっさとデュエルを始めるぞ。そんな小細工で私たちに勝てるなどと思っているならその計算違いを優しく指摘してやればいいだけの事」
「ふふふ、インテリジェンス、POWER、この二つを兼ね備えた僕たちに死角は無い! データは決して嘘をつかないということを教えてあげよう」
この二人には魔法という言葉は存在しないのか?
「こ、これはすごい! 薬品を飲み干した途端に急速な肉体活性! 両者ともに天蓋選手以上の身長と筋肉を手に入れたー!」
「……改めて聞くが、本当に頭が良い選手なんだな? 完全に馬鹿の発想だと思うのだが」
「馬鹿と天才紙一重とも言いますし……それに基礎能力を引き上げること自体は戦いにおいては間違いではないでしょう?」
「それは、そうなんだが……」
実況の人達もコメントに困っているな。まあ、頭脳派集団だと思っていた連中が出した奥の手が結局パワーで圧倒というある意味予想以上の答えを出してきたからだが。
「とにかく! その余りにものインパクトに天蓋選手もろくに相手を煽れていない状態です! これは大苦戦の予兆か!?」
「これはどっちが勝っても盛り上がらないな。会場も完全に白けているぞ」
「あ、審判がとうとう試合開始の合図を下しました! 試合開始です!」
静まり返る会場をよそに試合が始まる。しばらくにらみ合いが続いたが、インテリ軍団が弓やボウガンに矢を番え、こちらに向けて放ってきた。なかなかの威力のようだが、その飛んでくる矢をオリヴィエが爆発魔法によって勢いを相殺させ、ひたすら攻撃を防ぐという戦法が長時間続いた。
「しょ、しょっぱい! なんというしょっぱい試合だ! 誰一人としてその場から一歩も動かず、矢を放ち、それを打ち落とす! ただそれだけの応酬だー!」
「あーこれはまずいですね。だんだん会場の観客たちもブーイングし始めましたよ」
「いや、見所は十分あるだろう。あれほどの矢を放ち続けているのもそれを一つ残らず相殺しているのも一朝一夕で手に入る技術ではないぞ? 昔あんな戦術を編み出したとか言う噂は耳にしたことはあるが、あれほどの水準なのは完全に想定外だ」
「凄いのはわかりますけど、ずっと同じ事の繰り返しって言うのも、ねえ?」
そんなこと言い始めたら、こいつの戦術はひたすらその場を動かずに爆撃し続ける戦いしかしてこなかったんだぞ? それを考えれば随分とバリエーションに富んだ戦いをするようになったと思うが。
「ふん、素人は言いたい放題だな。この攻防がどれほどのものか理解していないのだからな」
「その割には涼しい顔をしているな」
「当然だ、どれほどと言っても所詮は凡人基準での事。私には造作も無いな。それより油断するなよ? この矢には一本一本に魔力が込められている。矢が尽きるまで触れない方がいいな」
「ああ、それまでは迎撃を頼む」
俺が一切何もしていないからか観客達のブーイングは主に俺に対して浴びせてくるものになった。
「おい、せめて武器を構えたらどうだ? こううるさいと集中が乱れる」
「それもそうだな」
俺は背中に背負っていた甲羅を左手に装備した。これでブーイングも収まるだろう。
「おっとどうやら遂に矢がなくなってしまったようだ! ここからの試合運びに注目です!」
「いやーもう遅いでしょう、もう帰っちゃった観客もいるみたいですし」
「しかし何か奇策でも仕掛けてくるのかと思ったが、案外普通というか、作業じみているな」
「恐らくですがお互いに普通に戦えば勝てる試合だと判断しているのでしょうね。だとするとこれからもシンプルな接近戦になると思いますよ」
実況の予想通り味気ない接近戦が始まった。オリヴィエからの爆撃は普通に耐えながら突き進んでくる。恐らくだがあの魔法薬には魔法に対する耐性も上昇させる効果があるようだ。
眼鏡から繰り出される渾身の右ストレートを甲羅で防いだ。
「ほう! 僕の渾身のパンチを防ぐとは素晴らしい強度の甲羅ですね!」
「しかし! 君の相方はどうですかね!?」
そう言いながらもう片方の眼鏡がオリヴィエに殴りかかって行った。当然その拳は爆発によって相殺され、その拳に火傷を生じさせるという結果に終わった。
「これほどの威力とは!」
「どうした? 早速計算が狂ってきたか?」
「この程度は予測の範囲内! そのままただ防御に徹しているだけでは僕たちには勝てませんよ!?」
構わず今度は回し蹴りで攻撃を加えてきた。しかしそれも爆発によって遮られ、徒に手足を傷つける結果となっている。
「どうした予想通りなのだろう? 何故そんな浮かない顔をしている」
「ぐうっ! これほどとは……!」
流石にこれは計算違いだったのか焦りの表情が浮かび上がっていた。これ以上続ければ手足へのダメージが甚大になるが、果たしてこのまま愚直に続けるつもりか?
「これは凄い光景だ! 攻撃をしている方が傷つき、防いでいる方が逆に有利に試合を運んでいる!」
「……どうやら彼女に接近戦を仕掛けるのは賢い戦術ではなさそうですね?」
「少なくとも爆発に耐え切るだけの武器は必要なようだな。素手で挑めば逆にダメージを負わされる。単純ではあるが、オリヴィエ程の魔術師となるとその防御能力はまさに難攻不落の要塞だな」
このまま時間をかけても仕方ないな。俺のほうも攻撃を仕掛けに行くか。
「どうしましたか? 貴方まで僕の攻撃を防いでいるばかり、そろそろ反撃してきたらどうです?」
「勿論そのつもりだ」
俺は甲羅で攻撃を防ぎながらそのまま甲羅を持ったまま甲羅で相手の顎をぶっ叩いた。
「おっと天蓋選手も反撃に移りました! ……しかしこれは、その……甲羅で相手選手を殴り続けているのでしょうか? そのようにしか見えません!」
「まあ見てのとおりですね。観客たちもこれには大ブーイングです」
「しかし地味な試合ですね。誰も大技を使わず地味に体力を削っているだけですよ?」
「お互いに合理的に戦っているからこその状況ですね。そしてそれ故に決着ももう見えている」
そう、俺達がこういう戦いを続けているのはそれだけで勝てるからだ。合理的な判断が出来る相手ならば、気合よりまず先に数字で計るタイプならばこういうワンパターンな戦いをしたほうが手っ取り早い。
戦闘不能になるまで続ければ言いだけの話だ。
「ここまで地味な試合になるとは……完全に試合前がすべての試合だな」
「それにしても甲羅で殴り続けるってどうなんですか?」
「ティンベーで攻撃を防ぎティンベーでど突き倒す。強力な戦法ですね」
「それに騎士の戦いもなんやかんやで盾による殴り合いだからな。結局あれが一番強い」
「そ……そんな。夢も希望も無い発言ですね」
まあ実戦なんてこんなもんだろ。




