会議
「なんで本選直前に会議へ出席しなければならないんだ」
本選当日、俺とオリヴィエは会議に出席するためにホテルの地下二階へと移動していた。
「文句を言うな」
「しかも何で会議室が地下二階なんだ? もっと上の階でもいいだろ?」
「バカをいうな、秘密の集会だぞ? 地下でなければバレてしまうだろう」
そもそもバレないように集まること自体無意味な気がするがな。
「天蓋か……時間通りだな」
「直接命じられたのでね。その命令をくだした本人がまだお見えになっていないようですが?」
「あの方は表の仕事で多忙のようでな……会議には遅刻するらしい。構わずに始めよとのことだ」
あの方というのはクラウディア先輩のことだ。表の仕事とは恐らく小麦の値段操作とその背後で蠢いている陰謀などの対処や駆け引きについての話し合いの事だな。
それにしても薄暗い部屋だ。なんで照明を最大にしないんだ? これだとどこに誰が座っているのかわかりづらいな。とりあえず影は把握できるが、クラウディア先輩がいないことを差し引いても人影が少ない。特に上座の方に空席が目立つ。
「随分と人が少ないようですね? あの二人はまた欠席ですか?」
「そうだ。……まったく、いくらあの方から気に入られているといっても、こう会議をサボられると腹立たしい事だな」
少なくとも俺が会議に出席してからあの二人が出席しているところを見たことはない。三年生で剣術部でも最強だとかいう噂があるが、そもそも一度も会ったことがない。
「ではこれで全員揃ったということですか」
「そう言うことだ。早く席に着け」
言われたとおりに会議室の下座に着席した。これで会議が始まるわけだ。
「それにしても、一年生がこの会議に出席するとはな」
「何が言いたい? この二人はあの方が直々にスカウトしたんだぞ。当然この会議に出席する資格はあるはずだ」
この会議のメンバーは一年生が俺とオリヴィエの二人、二年生が四人、三年生が七人の合計十三人となっている。勿論他にもたくさんの部員はいるが、会議に出席可能なのは実力者だけらしく、クラウディア先輩から渡されたメダルを持っていることが条件らしい。そのため今この部屋にいるのは十人だけとなる。
「わかったわかった、それで? 俺達を集めた理由はなんだよ?」
「それについてはこちらで説明しよう」
やや軽薄な印象を受ける男からの質問に、貫禄のある男性三年生なので18歳なのだが、とてもそうとは見えない男が説明し始めた。何でも風霊祭本選二出場した俺達と先輩達のために、情報を確認するという趣旨の作戦会議らしい。
「そういうことは本人に任せておけば大丈夫なんじゃないのか? つーか何で俺がこんな面倒くせえことしなきゃならねーんだよ」
明らかにやる気のない発言が聞こえる。その声の主は副部長からのものだ。面倒という割には無遅刻無欠席の男だ。この人からは何となくシンパシーを感じる。
「そう言うな、今年こそは我々の中から世界を制する者を世に出すという、あの方のご意志を実現出来る機会なのだからな」
「世界を制する!? こいつらに出来るわけねーだろ? 新入生に負ける名タッグ様だぞ? その新入生だってオルレアン王家を倒さない限り優勝不可能、今回も良いところまで行ってお仕舞いだよ」
「本人の前で口が過ぎるぞ。困難だからこそ我々が情報を提供するのだろう」
「関係ねーよ。念願の優勝は俺が火霊祭で手にすれば良いんだからな。だから安心して負けて良いんだぜ?」
「あの方からの議題を無視するつもりか? 今語るべきはこの大会での作戦だ」
はいはいと言いながら悪びれる様子もなく喋るのを止めた。
「それなんだが、二年生はほとんど情報は集まっているし、今あえて公開する必要もないから一年の話に集中しないか?」
「確かに今年の一年は粒揃いだからな。誰か要注意人物がいるのか?」
「バリッバリのド本命は一切実力を見せずに勝ち上がっているぜ? 語るとしたらそれ以外だな」
「それ以外となると、あの歌姫はどうだ? こいつらみたいな劇場型には最悪の相手だぞ。実際引き立て役にすら乗せられたからな」
流石に本選であそこまでやるつもりはない……多分。
「安心しろ。少なくとも天蓋はああいうタイプの女にも容赦なく攻撃を仕掛けに行けるからな。むしろ相性の良い相手だろ」
「審判からの贔屓が無ければな。どっちの味方をするかなんてわかりきったことだろ? おあつらえ向きに同級生を倒したっていう遺恨試合まで演出出来るんだからな」
「反則を取られないように冷静に戦う。それしかないな」
「いや、あの歌姫はいわば金の卵だ。それを考えると案外棄権してくれるかもしれんぞ。そうでなくともこの二人が相手では汚い真似はしてこれんだろう。そんな事をしたらイメージダウンだ」
汚い真似は俺達がするから相手は出来ないってわけか……ヒーローは辛いな。
「となると対策を考えるべきはロレットの奴か? 誰だかの弟が調子良いらしいぞ」
「試合見てないのか? どっちの実力が上かは明らかだろ、わざわざ作戦なんて考えずに真っ向勝負すりゃ普通に勝てる」
「はっきり言ってあの王子と騎士様が強烈過ぎて、他の対策しても意味無いんじゃないかと思うんだがな。結局あれ倒せなきゃならないわけだろ? それなのに情報は何も無い」
爽やかイケメンコンビについての対策について話し出されたが、いかんせん情報が無いのと実力を一切見せずに勝ち進んでいることから完全に暗礁に乗り上がっている状態だった。
「何よ黙ったままじゃない、それじゃあ会議にならないわよ」
「そんなこと言っても実力を隠している奴をどう対策しろというんだ!?」
「じゃあ私の一押しの選手がいるんだけど、彼について話し合いましょう」
「お前の一押し? ちゃんと強いんだろうな? 顔で選んだとかぬかすなよ」
「それもあるけどそれだけじゃないわよ。ちゃーんと映像も持ってきてるから焦らないの」
映し出された映像には綾瀬隼人、ニーア・ルミナスの姿が戦っていた。
「ん? こいつあれじゃねえか。武術科三組で出場したとか言う。なんでこいつが一押しなんだよ?」
「だって全試合彼の一撃で勝負が決しているのよ? それに可愛い顔してるし。これは注目の選手ね」
「やってらんねー! 会議なんて止めて大会はこいつらに勝手にやらせてやればいいじゃねーか。俺は帰らせてもらうぜ」
「おい勝手なことを言うな!」
席を立ち、会議室から出て行こうとする先輩を他の先輩たちが止めようとする。
「うるっせーな、こんな雑魚の話してる時点で会議になってねーだろ」
「黙りなさい……」
「……!? な、なんでテメェが」
俺とオリヴィエと同じように一言も喋っていない先輩が突然喋り、あたりは静まり返る。
「やっぱり貴女もこの子が気に入ったわよねぇ?」
「貴女と一緒にしないで。ただ雑魚呼ばわりしたのが癇に障っただけよ。……油断していい実力じゃないわ」
「それを気に入っているって言うんじゃない」
「あなたから叩き切るわよ?」
その言葉の威圧感から決して脅しではないことが伝わってくる。どうやら本気で逆鱗に触れたようだ。
「そこまでご執心の理由が聞きたいね。この小僧がなんだって言うんだ? 確かに剣捌きは並以上だが、お前が気に留めるほどの実力は無いだろ」
「……」
「ちっ、だんまりかよ。……ん? 今のもう一度再生できるか?」
「え? ここ?」
何か気づいたようだった。そういえば、隼人の剣術……どこかで見たことあるな?
「なるほど。同門の生徒なわけね? だから許せないと」
「ふーん、貴女にも可愛いとこあるじゃない? でもそれだけなら、そんなに私たちを睨み付けたりしないわよねぇ」
それだけでは無いということか。言われてみるとなるほど、確かによく似ている。しかし多少のアレンジが加えられているな。
「どちらが本家の技なんです?」
ここで初めて声を出した。同門の技である以上、こいつ攻略の鍵は彼女にあると言ってもいい。実際に技を見たことがあるのはオリヴィエとの練習中だけだが、技術は先輩の方が上のようだからな。
「……知らなくていいことよ」
「そうですか。彼を倒すために技をいくつかお教え願いたいのですが?」
「貴方に教えるつもりはないわ。自分で対処しなさい」
「下手に教えたら攻略できてしまうからですかね」
その瞬間に白刃が俺の首元に突きつけられた。先輩の目つきから鑑みるに、相当プライドが傷ついたらしい。彼女のプライドになりうる存在か……多少関係が見えてきたな。




