報告
「次いらっしゃる時には最高級のジャスミン茶を用意しておきますね」
「いや、烏龍茶で構わんよ」
「そうでしたか。では、明日の本選での活躍を心よりお祈りしますよ」
「安心しろ。神頼みなんてしなくても優勝するのは俺達だ」
それじゃあおやすみ、と挨拶を交わすとそのまま部屋を後にした。確かクラウディア先輩が泊まっている部屋は六階下の部屋だったな……早く報告に向かうか。
「ここ……でいいのか?」
部屋番号は間違いなくこの部屋を指し示している。それはそうなのだが、周りを見回すとすぐ近くに別の部屋番号のドアがある。つまり一般的な普通の……もっとも、高級ホテルなのだからそれ相応のランクだが、とにかくスタンダードルームに泊まっていることになる。
とりあえずチャイムを鳴らすか、と思いボタンを押すと少しの間があいた後、先輩の声が聞こえてきた。
「はい。……ああ、貴方ね? すぐに鍵を開けるわ」
少しだけ待つと、鍵の開く音が聞こえドアがゆっくりと動いた。
「報告にあがりました」
「待っていたわ。すぐに上がってちょうだい」
部屋に上がって先輩にナタクから聞き出した情報を小麦と関係のある物だけ伝えた。
「……と言うわけですが、どうなさいますか? 部長」
「どうなさいますもなにも……、下手に刺激出来るような問題じゃないでしょ。しかもあの一族がすでに臨戦態勢に入っているなんて……おかしいと思ったのよ、国宝は出てくるし当主も観戦しに来るし」
……それは単純にオリヴィエの試合を観に来たんじゃないのか?
「どういう方なんですか? まさか博愛主義者というわけではないんでしょう」
「ゼルヴィナ・ヴィンクラー、確か今年で62歳。王宮殿の人達にも非常に強いコネクションを持った人物で、なんでも二十代の時に迫撃砲を受けて右目が失明しているらしいわよ。他にも右手も戦場で失ったとか、身体の中には摘出されていない弾丸が残っているとか聞くわね」
「ああ、それはまずいですね。完全に生涯現役の人ですよ」
「その通りよ、だからどうしようもないのよ。向こうの国もこっちの公爵も私達のいうことなんて聞いてくれないわよ」
大きくため息をつきながら考え事をしているようだ。一応俺達が優勝すれば何とかなるということも理解はしているが、それで安心出来るほどお気楽な性格ではないらしい。
「では、どうなさいます?」
「だから、どうなさいますもどうも……」
「だから、そうなる前に手を打てば良いでしょう。戦いは先手を打ち、反撃を許さぬほどの打撃を与えれば圧倒的に有利にたてる」
「……!? 自分が何を言っているのかわかっているの?」
相当に驚いているようだった。まあ、遠回しにこの大会中に小細工をしろと言ったのだから無理もないか。しかし、戦争を止める最上の方法は指揮を執る人物の暗殺、とまでは言わないまでもせめて重篤な怪我をしてもらうほかない。そして、それも俺ならば出来る。大会中堂々と刃を交える機会があるのだから。
「貴女が命じるのであれば……あえて事故を起こすことも出来ると言っただけです」
「待って! ……それは、出来ないわ」
「発覚したら非常にまずいことになると?」
間違いなく大義名分にしてくるだろうな。
「それ以前の問題よ! ただでさえ一触即発の状態なのにこっちから刺激してどうするつもりなの!? わざわざ攻め込まれる理由を与えているようなものじゃない!」
「ですがあの二人を除けば勝てますよ? どうせ勝てるならより盤石にした方が良いでしょう?」
「駄目よ、今まで中立の立場を取り続けてきた歴史を否定しかねない。この国は反撃でしか戦えないのよ」
歴史か、確かに何年続いた歴史かは知らないが、それを今ぶち壊しにするのはまずいな。
「それは差し出がましい事を言いましたね。今いった事はお忘れください」
「ええ、聞かなかったことにするわ。とにかく、この件についてはこちらで対処するから貴方は明日の試合に集中しなさい」
「わかりました。部長」
「……ああ、言い忘れていたけど、明日の早朝は例の会議をやるから必ず出席しなさい」
例の会議!? 明日は本選だぞ!? なんでそんなことしなきゃならないんだ。
「明日は」
「遅刻しないように、試合までには早退しても構いません」
「それなら欠席の許可を」
「認めません。必ず出席しなさい」
これは面倒なことになったな。




