オッズ
「俺のオッズは百倍か……随分と安く見られたものだ」
「いやー、予選の勝ち方も問題ありでしたよ」
「勝ち方?」
ナタクは相変わらずの上機嫌な顔を浮かべながら俺に話しかける。
「ええ、あなた達相手に全力で戦わせて、その上で力でねじ伏せる戦い方をしているでしょう? あれ、盛り上がるんですがどこかで躓くと判断されてしまうんですよね」
「俺達が優勝する確率は限りなく低いと言うわけか」
「ええ、そのおかげで胴元の俺は丸儲けですよ。なにせあなたに大金を賭けたのは本命と比べたらごく一部の人ですからね。後はあなた達が優勝すれば大金が転がり込んでくる」
こいつ金儲けに関するとここまで饒舌になるのか。
「お前本当に申し訳なく思っているのか? 物凄い笑顔だぞ?」
「いや、いやいや、本当に申し訳ない気持ちで心がいっぱいですよ。このままでは他の皆さんが大損になってしまうと考えると罪悪感で盲腸になってしまいそうです」
「片腹大激痛じゃねーか」
本当に嬉しそうな顔をしているな。
「まあまあ、そんな事を仰らずに……良いですか? あなた達は優勝を目指して、俺はあなた達の優勝を願う。叶う。俺は儲かる。あなた達は優勝出来て嬉しい。王子様は恥曝し。士気と小麦は大暴落。つまり戦争は起きない。世界は平和になる。国民の生活も安定。政治家もにっこり。一石九鳥ですよ?」
「なる訳ないだろ。構わず攻め込んで来たらどうするつもりだ?」
むしろその可能性の方が高い気がする。
「そんなことしたら負けた腹いせに攻撃してきたとか思われますからね。大丈夫ですよ」
「それこそ危ないだろ。アテネとかそれ理由に国一つ潰したんだぞ」
「ああいう一部の例外を参考にしてたら何も出来ないでしょ。それにさっきからいったいなにを心配してるんです? 別に良いでしょ戦争しても。どうせあなたが戦うんだから」
「俺が戦うのか? 一応ただの学生だぞ? 戦場に送り出されるとは到底思えないがな」
少年兵なんて完全に末期の状態だからな。仮に戦場に出たとして、相当な劣勢になっているだろうな。
「ははは、ヴィンクラー家の鎧を身に着けた以上戦わないなんて選択肢はあり得ませんよ。速攻で前線に駆り出されますね……そろそろお茶のお代わりを」
「悪いな」
ナタクが奥の部屋へ歩いて行った。それにしてもあの鎧着たら戦場に出なきゃならないのか……下手な詐欺より悪質だな。
「お代わり持ってきましたよ」
「なあ、ヴィンクラー家は小麦云々については関係無いんだよな?」
「え? 知らないと思いますよ?」
「じゃあ何で戦争が起こるとわかったんだ? 向こうの政策には気づきようがないだろ」
「それは多分ですが、騎士達の動きから見抜いたんだと思いますよ。だからこの大会に杖を運び出したんでしょうね。いつ仕掛けてきても即投入出来るという意思表示ですね」
なるほどね、大会が終わった後もそのままどこかに保管しておいていつでも使用できるようにしておくのか。
「なあ、そこまで万全の準備をされた上で、それでも仕掛けてくるなんてありえるのか? 普通中止するだろ」
「残念ながら敢行してくる可能性が高いですね。オルレアン王家とヴィンクラーにも確執があるんですよ」
「そっちにもあるのか……」
因縁深いな……あの二人とぶつかったら相当盛り上がりそうだ。道理であの二人がわざわざ挑発して来たわけだな。
「ええ、それにあの二人が一緒に行動しているので、並みの戦力では相手になりませんね。それを考えれば勝算は十分あると判断するのが自然だと思いますよ」
「つまりあの爽やかイケメンコンビの存在ありきで戦争が起こるのか? 信じがたい話だな……」
「あなたには言われたくない言葉ですが、そういう事ですね。逆に言えば万が一あの二人がボロ負けしたら、とても戦争どころではない。つまりあなた達が優勝しさえすれば全て丸く収まるんですよ。ヴィンクラーの令嬢が優勝台に登ればそれこそ士気はボロボロですからね」
なるほど、それでこいつは特に手を打っていないのか。要するに俺達が優勝すれば士気の差が桁違いになるからな。
「それで? 俺達が優勝するとお前はどれだけ儲かるんだ?」
「その話はなしにしましょう。大会を純粋に楽しめないバカどもが何人破滅しようがあなたには関係のない話だ」
まさかこいつ……オッズを操作しているのか? 例の爽やかイケメンコンビへの掛け金が偏りすぎて配当が下がらないように、他の適当なチームに掛け金を積んで無理やり配当を上げているのか……完全に俺達が優勝すること前提での操作だな。
「本命が勝つと胴元は大変なことになりそうだな」
「そりゃもう、たかが一部組織の破産程度の損失であなたの敗北ショーが見られる訳ですからね……ただみたいなものですよ」
相変わらずの笑顔だが、明らかにその笑顔の質が変化している。
「ふん、どう転んでも良いわけか……だが、余りこの国に迷惑はかけるなよ? 何せ俺は剣術部の部員だからな」
「あの人があなたに命令したとして、どこまで尽くすつもりですか?」
「部長からの命令は絶対らしいんでね、出来る限りの事はするだろう。この俺が出来る範囲は」
「だからあまり追い詰めるなですか……わかりました。俺も大会そのもののご破算は絶対回避したいので」
まあ、こいつにはこれぐらい釘を刺しておけば大丈夫か。
「それを聞けて安心したよ。ところで加護についての話なんだがいいか?」
「なんです? 答えられることなら答えますが」
「加護って一度死んで生き返ったら消滅するのか? 生き返った後普通に攻撃受けまくっているんだが」
「そんな事わかる訳ないでしょう。そもそも一度生き返るだけでも珍しいのに、無制限に蘇生出来るなんて前例がありませんよ? まあ、無くなっているなら無くなるんじゃないんですか?」
あまり当てにならない答えだが、確かに無くなっているなら無くなるものだと考えるのが自然か。
「悪いな変なこと聞いて。それじゃあ俺はそろそろ帰ることにするよ」
それだけ言うと、部屋から退出した。




