コーヒーショップ
「それじゃ、何を奢ってもらおうか」
「この店でいいんじゃないか?」
オリヴィエが指差している店はコーヒーショップだった。
「コーヒーか……食後にはちょうど良いか。お前らもここで良いか?」
「別にどこでも良いぜ?」
全員どこでも良いという感じだったので、このコーヒーショップに入店した。
「流石にあのコーヒーより高いのはないよな?」
「あるぞ? この店には確か二種類しか用意されていないと思うが」
あるのかよ……世も末だな。
「あのコーヒーってまさか食堂のあのコーヒー?」
「ああ、なかなか旨かったよ」
「よく言う奴だ」
「え? 何だって?」
「いや、何でもない」
まあ、流石にあの値段をおごってもらうのは可哀想だな。安い物でも頼むか。
「へえ、落ち着いた雰囲気の良い店だね」
「ここならゆっくりコーヒーが飲めそうだな」
「ああ……よくこのテーブルで頼んでいるよ。ここは周りから死角になっているからな」
「一人か二人くらいしか座れないがな」
死角にあるのは良いが、これでは全員は座れないな。
「まあ、適当に座ろう。別に全員同じ席に座る必要はないだろう?」
「でも、皆さんでご一緒したほうが美味しくいただけると思いますよ?」
「その場合テーブルを移動させる必要があるな。店員に聞いてみるか」
店員にテーブルを動かしてもいいか聞いてみたら、店員が代わりに動かしてくれた。周りをよく見てみるとなるほど、複数人のグループがテーブルを動かして座っているのがわかる。恐らくホテルが貸切の状態だからこそ発生した現象と言えるだろう。
「それで? 何を頼む?」
メニュー表を眺めながら皆に質問した。メニュー表にはおびただしい数の生産地、銘柄などが記載されていた。はっきり言ってこの表はなぞの文章の羅列にしか見えない。
「ねえ、この記号って何?」
「どうせサイズのことだろ? 右にあるほうが、いや高いやつが量も多いはずだ」
「おい、早く決めないとだめじゃねーか?」
ゲイルが俺に話しかけてくる。そのせいでどこまで読んだのかわからなくなってしまった。
「急かすなよお前、文章読むだけでも時間がかかるんだぞ」
「こんなの適当で良いだろ適当で」
「じゃあお前試しに適当に注文してみろよ」
そこまで言うんだったら注文してもらおうじゃないか。
「すいません、適当に普通のを」
いや通じるわけないだろ! 普通ってなんだよ!? 店員だって困ってるじゃないか! 俺はこういう事態を恐れていたんだよ。
結局ゲイルがメニュー表を指差して注文していた。
「あれは駄目な見本ね」
「あれだけは絶対に避けなければな」
「お前ら言いたい放題じゃねーか」
「あんな注文の仕方で恥ずかしくないの?」
「じゃあメニュー表眺めながら棒立ちは恥ずかしくないのかよ?」
……それを言われるとぐうの音も出ないな。
「次は私が注文する」
「お前が?」
ミーシャが注文しに行った。病み上がりで大丈夫なのか? しかもゲイルの直後だぞ? 店員も恐らくだが相当警戒しているに違いない……この状況、どう打開するつもりだ!?
いや待て、確か俺が例の高いコーヒーを見つけたとき、やけに冷静だった……まさか模範解答を知っているのか!?
「おすすめください」
嘘だろこいつ天才かよ!? たった一言で打開しやがった! しかもこれなら多分誰にでも注文できる、まさに模範解答と言っても過言ではない一言だ!
「まさかあんな方法が……!」
「完全に盲点だったな。あれならどんな店でも失敗がない」
「お前ら……深刻に考えすぎだろ」
すでに頼んだからって気楽に考えやがって……まあ、俺の番になってもおすすめを注文すれば良いだけだからな……これで一安心だな。
「あのー、ちょっといいかな?」
「……どうした?」
隼人が俺たちに話しかけてきた。この状況で何が聞きたいんだ? ここまでくれば後は流れ作業で終わりだろう?
「いや、注文を決められないなら僕たちが先に行っても良いかなって」
「ああ、それは構わないが」
「そう? 良かった」
何だ? ……飲みたいものが決められたのか? これだけある品種の中からか? まさか飲んだことあるのか、いくつか、だから判断ができると。
「ベンティアドショットへーゼルナッツキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノと、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノを一つお願いします」
「お前あの時のカップルか!?」
忘れもしない呪文が飛び出してきて思わず声を出してしまった。授業初日にオリヴィエから奢ってもらった高いコーヒーを注文するとき、いや、注文したのはオリヴィエで俺は近づけなかったが、とにかくその時俺たちより先にコーヒーを運んでいたあの時のカップルが頼んでいたやつだ。まさかこいつらが……!
「カ、カップルなどではない!」
「そうか、悪いな変な事言って。だが初日でもそれ頼んでたよな?」
「何故それを……まさか……! 見てたのか!? あれを!?」
大声で聞き返してきた。なんだ? 何か不都合でもあるのか?
「ニーア、お店では静かにしないと」
「え? あ、そうだったな」
静かになった。それにしてもあの時の二人がこいつらだったとは……世界は狭いな。
「貴方達コーヒー注文するのにどれだけ手間取ってるのかしら?」
ふと背後から良く聞いたことのある声がしてきた。
「クラウディア部長、何故貴女がここに? ……すごいくまですね。寝不足ですか?」
思わず振り返ると、目を充血させながらくまのあるクラウディア先輩がいた。
「ええ、ここ最近眠れないのよ。それで眠気を覚ますためにコーヒーを飲んでいたのよ」
「流石の剣術部部長も不安で眠れないと見えるな」
「不安? 別に優勝するのは、……ああ、貴女達ね? 予選通過おめでとう、とだけ言っておくわね」
ニーアの言葉に生返事で応えようとした瞬間に流石にこれ以上続けるのはまずいと思ったのか、とりあえずの祝辞を述べていた。
「この二人といい、貴女といい、剣術部には随分と強気な奴が多いらしいな」
「そうかしら? 普通の予想を言ってるだけだと思ってたけど……思想は自由よね。そんな事よりこっちは大変なのよ、今朝も……ああ、これは言わなくても良いことね、ごめんなさい。変な事言って」
いや、そこまで言われたら逆に気になるんですが。
「何かあったんですか?」
「貴方達が知る事じゃないんだけど、まあせっかくだから聞いてくれる?」
何か面倒な事が起こっているらしいな。何せこの人が寝不足になるほどの事だからな……どういう事件が起こっているんだ?




