本選出場決定
「最大の……魔法?」
「それは、実際にみた方が早いだろうな」
俺は上空に浮いている炎を更に限界まで巨大化させた。
「う、嘘でしょ……あんな大きさ……」
どうやら相当驚いているようだな。まあ、いくら俺の魔力が人並みよりやや上程度とは言え、ギリギリまで放出しているんだ。せめてそれくらいは驚いてもらわないとな。
「あ、あんなの制御しきれるわけないじゃない!」
「その必要はない」
「え?」
どうやらまだ気づいてはいないらしいな。
「この炎を制御する必要性などはない。……一般論として制御不能に陥った魔法は暴走を起こし、結果として自爆という形になってしまう。しかしだ、もし仮にその瞬間、転移魔法でうぬら二人に送り飛ばしたとしたらどうなると思う?」
「……!」
ようやく感づいたか。オリヴィエの転移魔法を利用することで威力のみを追求し、命中精度その他諸々をガン無視の魔法を送りつけて強制的に直撃させる、強制転移戦法……俺達から言わせればタイミングが合わせづらい、発動に時間がかかり過ぎる、そもそもオリヴィエ一人でやった方が魔力の量から換算して威力が大きいなどの理由で完全にボツの合体技だが。
「わかるか? 私にとって魔法の持続時間もその命中能力も、安定性も、それらの向上の為の努力すらも無為となるわけだ。何故ならば、強力な魔法が『発動さえすれば』後は私がこの手で送り届ければ良いだけのことだからな。それで必中の魔法に昇華させることができる」
まあ転送のタイミングが狂えばこっちが大惨事に見舞われることになるがな。
「これはすごい! これほど巨大な火球を瞬間移動によって衝突させると宣言したー! ここまでド派手なパフォーマンスなんて私は見たことがありません! 負けを認めるならばこれが最後のチャンスだという意思表示! もしかしたらこれは彼等なりの気遣いなのかもしれません!」
「あんな炎が直撃したらただじゃ済まないぞ!? もう十分だ! 降参してくれ!」
会場の観客たちも彼女たちに降参を要求している。確かにこの攻撃、今のあの二人にはオーバーキルもいいところだが、それでも負けは認めたりしないだろう。何故ならあの二人が目指しているのはかわいそうな女の子じゃないからな。
「これで終わりだ……」
「凱歌を揚げろ、気炎万丈の進軍!」
頭上にに滞空させていた炎の球を地上に降ろし、暴発させる瞬間にオリヴィエがその炎を転送した。
相手の間近に顕現した炎はその現われと同時に周囲を灼熱で包み込んだ。
やがて爆風が落ち着き、その熱量も周囲の空気と混ざり残ったのは二人の少女と巨大なクレーターのみだった。
「まだ、立ち上がってこられるとはな……」
二人は尚も立ち上がってきた。その事実には正直驚いたが、これ以上の戦いが不可能なのは自身も理解しているだろう。それでも動くことを止めない二人に俺とオリヴィエはただ眺めることしか出来なかった。今こそ攻撃を加え、止めを刺すチャンスなのだろうが、そんなことは欠片も考えることは出来なかった。俺自身が立ち上がってくることを望んでいるのか……それとも単純に彼女達を応援してしまっているのか……? そんなことはわからないが。
「ぐっ!」
「……! おい」
「オリヴィエ! ……じっとしていろ……俺達は敵なんだぞ?」
「それは……ああ、そうだな」
二人に駆け寄ろうとするオリヴィエを呼び止めた。今はデュエルの最中……下手な同情などしてはならないし、そんな気があるならその時点で降参すべきだ。そうしなかった以上こいつらにしてやれることなどありはしない。少なくともこのデュエルが終わるまでは。
「試合終了! 勝者、素良天蓋、オリヴィエ・ヴィンクラー!」
審判たちもこれ以上の戦闘続行は不可能と判断したのだろう。デュエルの終了を宣言した。
「戻るぞ」
「……わかっている」
救護班が駆けつけてくるのを尻目にフィールドを後にする。静まり返っていた会場も堰を切ったように声援が広がっていった。
「し、試合終了です! 驚くべきは天蓋選手、終始余裕の立ち回りで二回戦も危なげなく勝利! これで本選出場が確定しました! 本来ならば彼等二人の戦いを解説すべきなのでしょうが、しかーし! あえて私はこの試合で負けてしまった二人を褒め称えたい! これほどの健闘を! この頑張りをどうしておざなりに解説出来るでしょうか!? 一体誰がこんな試合運びを予想できたでしょうか!?」
実況の人も相当興奮しながら二人の戦いを熱く語っている。会場の観客も敗退した二人に惜しみない声援を送っている。
「ふん、流石にここまで歩くと声は聞こえてこないな」
「熱狂的な叫び声は聞こえてくるがな」
控え室までの廊下を話しながら歩いた。今日の試合もこれで終わりだ……後は観戦するなりさっさと休むなり自由だということになる。
「これからどうするつもりだ?」
「とりあえず着替えてからミーシャ達の所へ行くつもりだ。もしかしたら目を覚ましているかもしれないからな」
「それもそうだな。熱中症ならば今日中にでも退院できるだろう」
控え室に戻り、更衣室で着替えを済ませたころにはすでにオリヴィエが待っている状態だった。このまま何も言わずに二人で病室にまで向かった。
「さて、外へ出たら覚悟しておけよ天蓋」
「何をだ?」
「インタビュアー達だ。ここからは一勝するごとにマスコミ共がうるさく付きまとってくるからな」
そういえば本選出場が確定したらそういう奴らに質問攻めに遭うって話だったな。
「どうすれば良い?」
「追い払うなり適当に相手するなり好きにすれば良いさ。幸い私たちは多少手荒なまねをしてもイメージが下がることはないからな。向こうもそれを理解した上で質問してくるから気兼ねなく追い払ってやれ」
「なるほど? 優しいだとか礼儀正しいって評判のコンビだったら手荒な真似は出来ないな。そういう奴らはついつい不都合なことも喋ってしまうんじゃないか?」
「ああ、特に始めてのインタビューだとそういう奴が多いな。明日までには相当な情報が飛び交っているだろう。それぐらいこの大会での情報は価値のあるものだし、そういった価値ある情報を手に入れるのがマスコミ共の仕事だからな」
相手も生活がかかっているわけだからな。だからといって教える気はサラサラないが。
「よ、ミーシャの容態はどうだ?」
マスコミ達を追い払いながら病室へと足を運んだ。案外乱暴なことをするまでもなく退散してくれたのは意外だった。それに質問の内容も次はどんな武器で出場するのかだの優勝の自信はだの当たり障りのない質問ばかりだった。
病室の名札を確認してから入ると、すでに目を覚ましていた。ちょうどさくらがリンゴを剥いている最中だったようだ。
「あ、天蓋さん。今起きたところなんですよ」
「心配かけて……ごめん」
「気にするな。体調不良はしかたないからな」
ミーシャは非常に申し訳なさそうな表情をしていた。
「そうですよ。あ、リンゴ剥けましたよ。はい、あーん」
「……自分で食べられる」
「無理しちゃだめですよ」
「そうだそうだ、大人しく看病されていろ」
「……食欲ない」
そうか、食欲がないなら仕方ないな。まあ十中八九照れているだけだろうが。
「そうですか……じゃあ、お皿に乗せときますね」
「うん。いただきます」
さくらが皿にリンゴを乗せて机に置くと、その瞬間にミーシャが皿に手を伸ばした。
「あれ? 食欲ないんじゃなかったの?」
「たった今出てきた」
「それなら食べさせてあげるわね。はい、あーん」
すると間髪入れずにエリーが爪楊枝の刺さったリンゴをミーシャに差し出した。
「……やっぱり要らない」
そう言ったまま毛布にくるまってしまった。
「わかったわよ。私たちは手出ししないから」
「じゃあ食べる」
「そう言えば他には誰かきたのか?」
唐突に疑問に思ったことを尋ねてみた。
「委員長がお見舞いに来ましたよ。凄く心配してましたね。あ! 目が覚めたことをお伝えした方が……」
「必要ない」
「え? でも凄く心配」
「必要ない」
「……そこまで言うんだから伝えなくても良いだろ。委員長だって暇じゃない訳だし、こいつ本人が後で委員長に伝えればすむ話だ」
そう言うとミーシャはまたリンゴを食べるのを躊躇した。
「……うん。後で伝える」
「ちゃんとお礼言っとけよ?」
何も答えなかった。完全に無反応というのはどうなんだ?
「そ、それはそうと本選出場なんて凄いよ!」
「まあな。ところでお前等はここで観戦してたのか?」
「うん、つい盛り上がって怒られちゃったけど」
まあ、うるさくしてたら他の患者に迷惑だからな。
「ところで天蓋」
「なんだ?」
「俺が言うのも差し出がましい事かも知れないが、お前もう少し穏便に戦えないのか?」
「穏便?」
何だ? まさかあの程度の攻撃で反則ギリギリだったのか?
「そうだ。お前女の子相手に一切容赦せずに攻撃しまくっているだろ? さっそく噂になってるぜ」
「どんな風にだ?」
「冷血だとか外道だとかそんな噂だ。これじゃどんな二つ名がつくかわかったモンじゃないぜ?」
二つ名か……まあ上品なのはつかないだろうな。まあ、そんなことはどうでも良いが。
「容赦せずとか言うが、じゃあ他の奴らはどう戦っているんだ?」
「大体女が戦うか武器を破壊して降参させるかだな。本格的に怪我を負わせているのはお前含めて少数だけだ」
「そんなに騎士道精神溢れる奴らが多いのか」
「そりゃそうだろ? 全国に中継されてんだぜ? 普通は少しでも良い奴を演じるはずなんだよ。お前等はどういうわけか悪役イロモノコンビを熱演してるみたいだが」
なるほどな、確かに様々な人に観られるなら良い人を演じたほうのがなにかと良いかもな。そんなことは少しも思い至らなかった。
「そうは言いますが私としては見え透いた演技をされるより気分は良いですよ。少なくとも直接戦ったからこそ言える話ですが」
「スタンレイ……お前からそんな評価を貰えるとはな」
「当然の評価です。白々しい台詞を言われながら負けるのに比べたら、上から目線でも本心からの言葉を言われた方が真摯に受け止められますからね」
「あの時の本心をいわせてもらうと、双剣を持ってこさせて仕切り直ししたかったがな」
その言葉を聞くとスタンレイは小さく溜め息をついた。
「そういう発言が上から目線だと言うのですが……それくらいの言葉を平然と口に出来ないようでは優勝宣言なんて出来ませんね」
「まあ、そういうことだ。ここまで来て今更、謙虚に振る舞おうなんて恥は晒せないからな」
それからしばらく話を続けていると、白衣を着た係員が入ってきた。どうやらミーシャの容態を確認するためのようだ。次からは体調管理に気をつけること、少しでも体調を崩したらすぐに休むことなどを約束させていた。とにかくこれで退院らしい。
「じゃあな、スタンレイ。暇なときは見舞いに来るよ」
「ええ、楽しみに待っていますよ。どうしても暇になったら一緒に決勝戦を観戦しましょう」
「せっかくのお誘いだが、残念だな。決勝戦は予定があってここには来れないんだよ」
「それは残念ですね」
残念? 悔しいの間違いだと思うがな。そんなことを考えながら病室を後にする。
「……まあ、退院したらもう一度デュエルしよう。俺はマッチ勝負でけりを付ける主義なんでな」
「……負けませんよ、今度は必ず」
それは楽しみだな。それはさておき、いい加減試合を確認しなければな……次戦うかもしれない奴の新しい情報は出来る限り集めておきたい。




