二回戦開始
「もうすぐ出番か」
着替え終わって控え室で打ち合わせをしているうちに、全ブロックでの一回戦が終了し二回戦が始まることになった。これを勝てば本選出場が確定し今日の試合が終了するわけだ。
「二回勝つだけで一日が終了するとは随分とゆったりとした大会だな」
「今日はただふるいにかけただけだろ。選手の質はある程度選別してから本選を始めたいだけだ。それに午前中は開会式のセレモニーで潰されたからな……二回も戦えるだけまともな運営だろ」
「256組の選手が三学年で768組……一回戦だけで384試合消費しなければならないからな。その後の194試合を今日中に消化しなければならないと考えると、確かに途方もない労力だな」
その通り、会場が最も盛り上がるのは決勝だろうが、実際に行われる試合数は初日が桁違いだ。当然負傷者の治療も初日が最も混雑することになる。となると運営が最も大変なのは最終日よりもむしろ初日となる。ヴィンクラー家の家宝をいくら身内とはいえ敵チームに管理させたのも大会後の後始末より、万が一ゴタゴタが発生した時に大会の予定を変更するというリスクを避けるべきだという判断だろう。
そういう意味でも今日の運営の働きぶりは十二分といえるだろう。
「まあこの衣装を着るのも大変だからな、脱ぐのにも一苦労だろう」
「せっかく用意した物だというのに……随分な物言いだな」
「目立つんだよ、なんでこんなゴツイ鎧を着込んで打ち合わせしなければならないんだ」
「そうか? 私は作戦会議みたいで楽しかったが」
そんな嗜好のために着替えさせられたのか俺は?
「まあどうでもいいことだ。そろそろ時間だ、油断するなよ」
「ああ、それは心配するな。油断できるほどの余力はさほど残っていない」
やはりさっきの試合で魔力を使い果たしていたか……ならばこの試合、基本的にオリヴィエは休ませておいた方が良いな。
「一回戦もとうとう終わり、二回戦に突入です! これで参加人数の半数が脱落した訳ですが、試合の勢いはますます跳ね上がるでしょう!」
「次からの試合はさらに苛烈な争いになる。予選敗退と本選出場では扱いが雲泥の差だからな」
「当然実力の劣る選手たちは体力の温存など考えずに戦うでしょう。しかし本選出場が前提の選手たちはいかに明日の試合に影響を出さないように戦うかが課題となりますからね。この意識の違いによって大番狂わせがもっとも起こりやすい試合だとも言えますよ!」
「それでは選手の入場です!」
聞きなれた実況の声とともに会場へと続く扉が開く。さっさとフィールドまで歩いていこう。
「先ほどの試合では見事な鎌捌きを見せてくれた素良天蓋選手とオリヴィエ・ヴィンクラー選手、オリヴィエ選手は魔力を使い果たしたように見えましたが体調は戻っているのでしょうか。どのような戦いをするのかが楽しみです」
「それでは死神と……死神じゃない!? 観客の皆様ご覧ください! 天蓋選手、死神ではありません! なにやら重厚な黒い鎧を身に纏い、その手には鎌ではなく大きな剣を持っています! それにオリヴィエ選手も黒い鎧です! これはどういうことでしょうか!?」
どういうことも何もこの女の趣向です。
「自身の戦術を隠すのが目的かもしれん。複数の武器を扱えるならこういった作戦も単純だが効果は高い」
「しかしこれでは残虐コンビというよりむしろ……」
「完全なイロモノコンビだな」
とうとう言われた……危惧していたことを……しかしそれも無理は無いな。これではただのコスプレコンビにしか見えないだろう。恐らくそう思っていないのは俺の相方だけだな、多分。
「と、とにかく私たちの予想を上回る姿での登場だー! これには観客達も唖然といった様子、まるで仮装大会に出ているかのような変貌振りです!」
オリヴィエの顔を見るとひどく不機嫌な顔をしている。そりゃあお前からしてみたら不本意な評価だろうが。
「ある意味では観客たちのブーイングも止まったと言えますね」
「そ、それでは気を取り直して……おおっと、もうすでに観客たちの声援がすごいことになっています!」
「まあ、相手が完全な悪役になっていますからね。そこにか弱い女の子が二人で出場、誰だって応援しますよ」
確かに割れんばかりの大歓声の中、そのほとんどの応援の声は相手に注がれていた。俺たちへの声はもはや手加減しろ、怪我させるんじゃない等の言葉ばかりだった。
「流石に女学園の人気はすさまじいな」
「しかもわかりやすい悪役まで揃っているからな。ショーだったら俺達は観客を人質にしなくてはならないな」
「まあ、一回戦勝ち越しの時点で満足だろう。そこまで気を揉む必要はあるまい」
そもそもこっちだって負けるわけにはいかないからな。
「みんなー! 応援ありがとー!」
女学園の二人は愛想の良い表情で応援に応えている。やはり間近で見ると華があるな。これで初戦敗退程度の商品価値しかないとは、俺にはよくわからんが厳しい世界なのだろうな。
「どっちを相手にする?」
「俺は金髪の方と戦おう。お前は黒髪ツインテを頼む」
「了解した」
フィールドに上がる前に担当する相手を決めておいた。
とりあえず打ち合わせではそれぞれが一対一で戦い、手が空いたら加勢に向かうことになっている。手の内はできる限り隠すという事で両者考えが一致した結果だ。勿論すでに消耗しているオリヴィエが苦戦するようならその限りではないが。
「現れたわね暗黒騎士! 部下と一緒に私たち二人の友情パワーを見せてあげるわ!」
お互いにフィールドに昇ると、金髪の女の子が力強く俺のことを指差した。
それはそうとして、どう見たら俺を暗黒騎士だと思うんだ? 暗黒騎士が持っているのは槍だし、そもそも馬に乗っているだろ。剣を持って馬から降りるのは儀式を行って超戦士の力を得た後だ。
「また始まった! 今度は天蓋選手を挑発したー!」
「これは大変勇気ある行為ですね。一回戦では本物の騎士たちに言い放つもまじめに返されましたからね。あの時は見ていてかわいそうでしたね」
「しかしいきなりあんなこと言われて対応するのにもそれなりのアドリブ力が必要ですからね。それにしても先程の二人はまじめ過ぎた。あの優しさはかえって傷口を抉るようでしたね」
……この挑発は乗る必要ないよな?
「……随分とふざけた事をさえずる奴だ。この私が部下だと?」
流石のこいつも乗り気では……そこじゃねーだろ! なんでそんなところに食って掛かるんだ!
「え……と、自由に行動するために、あえて味方にも実力を隠していたあなたもとうとう本気で戦うのね!」
なんだその今考えたようなとってつけた理由。今考えた以外ありえないが。
「……この私が本気を出す……? 自惚れるな、貴様ごときに我が焔を浴びる価値など存在するか!」
いくらなんでもチョロ過ぎだろ!? 体力的に限界近いのにふざけんなよお前!
「おお!? オリヴィエ選手、挑発に乗った! これには会場も俄然盛り上がりを見せます!」
「これであとは一人ですね」
「そうですね! フィールドに上がってからまだ一言も喋っていない天蓋選手、どう応える!? その重い口を開かずに戦いは始まってしまうのか!?」
これ、乗らないわけにもいかない雰囲気だろ。
「フ、フハハハハ! 友情パワーだと!? うぬら小娘共の小手先の技術が、暗黒より生まれる我が圧倒的パワーに勝てるとでも思っているのか!」
会場のボルテージはますます高潮した。
「の、乗ったー! 天蓋選手も挑発に乗りました!」
「あいつ等、一体何を考えているんだ」
「いやー、何も考えていないだろうなー。その場の勢いだろうなー」
「とにかくこれで決定しました! 二人のかわいらしい少女が魔道を統べる暗黒騎士に戦いを挑んだー! 謎の銀髪の騎士は真の実力を出すのか!? この試合も必見だー! ……ところでお二人はどちらが勝つと思われますか?」
このタイミングで勝利予想を聞くのか、解説の二人も答えづらいだろうな。
「これの勝負は流石に論ずるまでも無いだろう」
「なにせ相手は有力候補を倒した実力者ですからね」
「挑発に乗ったのもどうせパフォーマンスだろう」
「それか元からそういう性格のコンビかもしれませんよ? 試合毎に衣装を変えてくる程ですからね」
それはこいつの性格であって俺の性格じゃない!
「なるほど! これは少し心細い予想になってしまったか!? しかしご安心ください、観客たちは皆あなたたち二人の味方ですよー!」
「勿論私も応援するのは彼女たちですよ! 私は常に可愛い子の味方です! あっと勘違いしないでくださいよ!? オリヴィエ選手は戦場に凛と咲く一輪の美しい花だと言う事です! かわいらしいのは彼女たちだから私は応援する方を決めただけです!」
「誰を褒めても脈は無いから安心しろ」
なんとも賑やかな実況だがこういう人がいるからこそ会場や大会が盛り上がるのだろうな。
審判たちが入場し、障壁も張られた。試合開始だな。




