衣装の説明
「おい、この悪趣味な甲冑を着ながらだと床に傷が付くんじゃないのか」
「他の選手だって傷を付けながら歩いているんだ。気にするな……それから悪趣味とはなんだ? 大剣を担いだ貴様に似合うようにデザインした鎧だぞ」
時間的にはまだ余裕があるが、試合直前になって手間取っても面倒なのでさっさと鎧を身につけることにした。
しかしその鎧というのがやはりというか案の定というか、上から下まで漆黒の鎧で、マントもしっかりついているがその色合いも表側が黒、裏側が暗い紫色という意味不明な色彩感覚の衣装だった。
「いくら何でもこれは酷すぎるぞ。どういう生活を送ったらこんなセンスになるんだ?」
「な、何だと!? その鎧のベースは我がヴィンクラー家の私設軍隊の重歩兵に使用されている鎧の指揮官仕様にデザインしたものだぞ! その由緒正しい鎧を愚弄する気か!」
「まさかこの鎧もお前の手作りだなんて言うつもりじゃないだろうな?」
「流石の私でも鎧は無理だ。そのため新品の鎧を拝借して装飾を施したのだ。だからよく確認してみろ、三種類のデザインの刻印があるだろう? 一つはヴィンクラー家の紋章、もう一つは鎧の設計者、そして私のデザインした物がそれぞれ刻んである」
確かにデザインの異なる薔薇の紋章があったが、あれって製造段階での誤差じゃなかったのかよ。
「意匠が似すぎるぞ……全部薔薇って……」
「それ以外の意匠を施すと他の貴族と被るからな……それに我が一族は薔薇の花に誇りを持っている。ならば気にとめる必要もない。貴様もその栄誉ある薔薇の花を背負っている以上無様な戦いはするなよ」
「じゃあそんな紋章なんてつけるなよ! そもそもそういう物を人に着せるな!」
なんでなかば強制的に着替えさせられてしかもその衣装に見合った活躍しろなんていわれなきゃならないんだよ。
「なに、要は圧倒的な力と恐怖で敵をなぎ倒し、ヴィンクラー家に漆黒の鎧ありという事を教えてやれば良いだけのことだ」
「その黒に対する執着はなんだ? 黒い服を着なければならない呪いでもかけられているのか?」
「知らんのか? ならば説明してやろう。いいか?」
やばい、これ絶対長い話になる。
「短くかいつまんで説明してくれ」
「長くはならん。貴様はすでに家宝の杖は知っているな?」
「ああ」
俺は短く返事をした。
「あの杖、黒森の枝の名前には由来がある。かつてヴィンクラー家がまだ貴族の末端だった時代まで遡ることになるが、当時戦争中だったこの国はアブセンス王国に侵略され、ヴィンクラー家のすぐ近くまで迫っていた」
「……まさかその侵略してきたのがセルヴァンの先祖か?」
「察しが良いな。これがヴィンクラー家最初の没落の危機だ。そしてその時セルヴァンを追い払ったのがあの杖だ」
なるほど、そこまで侵略された過去があるならセルヴァンを恨むのもわかるな。向こうからしてみても、順調に侵攻してたら突然の強敵に撤退を余儀なくされたんだから心中察するな。
「それで、当時のヴィンクラーはどういう作戦に出たんだ?」
「当時の段階で最高の技術を注ぎ込んだ杖を複製魔法で大量に増殖し、すべての魔術師に配り続けたんだ。複製の持続時間は最大で五分、その間にひたすら複製、配給、攻撃を繰り返し見事セルヴァンを追い払う事に成功したわけだ」
「名前の由来はどうなった?」
「由来はその時魔術師達が着ていた漆黒の衣、それが一カ所に大量に集まった姿があたかも黒い森のように見えたのが理由だ。枝という名称は杖を木の枝と見立てたのだろう。ちなみにこの時の作戦は後に枯れぬ森と呼ばれるようになった」
それで黒森の枝か……確かに没落の危機から逆転出来たなら家宝にもなるな。
「つまり、その時の魔術師達にあやかって服装は黒で統一するようになったのか?」
「実際にそれが家訓となったのは次の危機を乗り越えた経緯があってからだが、まあその解釈でも間違いではないな」
「どれくらい危機に襲われたことがあるんだ?」
「語り継がれているのは三回だな……そのたびに危機を打破した武器が家宝になっている」
と言うことは他にもあと二つはああいう武器があるのか。
「なるほど、そんな武器を一時的とは言え他人に預けるとは信じられない話だな」
「ああ、私も驚きを禁じ得ない」
「……話は変わるが、お前のその格好も私設軍隊のものなのか?」
オリヴィエを一瞥すると、こいつも軽装ではあるが、鎧を装着していた。
「その通りだ。これは竜騎士の鎧だな」
竜騎士って確か馬に跨がって銃を撃つ兵種だったよな?
「……まさか竜も飼っているのか?」
「当然だ。だからこそ竜騎士の鎧があるのだろう」
いや、馬に跨がらないなら『騎』の文字が当てはまらないだろ。
「まあ何でも言いが、結局レイピアを装備するんだろう? それで竜騎士というのはどうなんだ?」
普通竜に跨がるなら槍か斧だろ。あくまでもイメージだが。
「そういうのは……あれだ、突くだろ、どっちも」
「関係あるか!」
これでは先が思いやられるな。




