本物
「これはすごい! ゼノバ選手が動いたと思ったら一瞬で間合いをつめ、目にも止まらぬ早業で打ちのめしてしまったー! あまりにもの速さで実況する暇がありませんでした!」
「いやはや、後の先で相手の攻撃の起こりを制してそこから更なる連撃で相手に反撃の余地も与えずにそのまま倒してしまうとは」
なにせ下手に攻撃されるとオリヴィエに危害が及ぶんでね。この男には悪いが何もせずに倒れていてもらう。
「ゼノバ選手、立ち上がろうとしますが脳震盪を起こしているのでしょうか!? なかなか起き上がれない! これではこの試合中に復帰できませんかね?」
「難しいだろうな。あれほどの攻撃を受けてしまっては再び立ち上がるのに相当な時間がかかる。それまで時間稼ぎできればいいが、そう簡単にはいかないだろう」
「し、しかしさっきの攻撃は過剰ではありませんか? 正中線という人体急所の多く存在する箇所への連撃、特に最後の額への一撃は必要ないと判断されたら残虐的な行為になってしまうのでは?」
確かに……かなり手加減したつもりだが、副審の一人が試合中断の合図を主審に送っている。このまま反則で負けたら洒落にならん。
「その可能性は低いな。というのもゼノバがすでに起き上がろうとしていることからも、必要以上の攻撃とは言い切れない。あの攻撃がなければ止めを刺せなかった可能性が高いからな」
「あ! どうやら主審の方も同じ考えみたいですよ。副審の一人が反則の判定を出したのに対して、続行の意思を示しています」
それは助かる。
「当然だ。先ほどの天蓋の攻撃、一見残虐のように見えるが、実際には相当相手を気遣ったものになっている。ゼノバの顎を蹴り上げる時もあの男には他にも攻撃するチャンスは存在したし、眉間への攻撃についても眼へ直接当てることが出来たはずだ。あえてそれをやらずにダウンを取った以上むしろ最小限のダメージに抑えたと言える」
「なるほど……素人目にはわからない一線があり、彼はそれをこえていないと」
「とにかくこれで一対一の状況になったわけだ。ほとんど消耗していない天蓋か国宝を持つフィリパか、あえてどちらが有利かと言えば天蓋のほうだな」
まさか王宮騎士の関係者であるこの人から認められるとはな。
「国宝が敗れると!?」
「その可能性も十分にあるということだ。まず最初に国宝とは言っても強力な魔法を発動させるには相応の時間がかかる。その時間はあの男からの猛攻を耐え切るだけの時間は無いだろう。それにあの男はまだ自分の手の内を晒し切っていない。ここまで煮詰まった状況で切り札を温存している……精神的には圧倒的な差がついていると言えるだろう」
確かにスタンレイはすでに切羽詰った状態と言わざるを得ないな。もっと冷静になればいい試合運びも出来たのだろうが……これが限界か。
「これで終わりです」
その言葉とともに魔法陣から高出力のビームが照射される。資料通り光属性系統の魔法を使用するようだな。ということはやはりミラージュアタックも虚像か? しかしどうやって実体を持たせているのかは未解明だな。
「国宝から繰り出される魔法にしては随分と貧弱だな?」
「あなた相手に大技を狙うと発動前に潰される恐れがありますからね。このまま小技で対処しましょう」
そう言っておきながら一部の個体はたっぷりと時間をかけて、強力な魔法を発動するつもりなのだろう?
「おっと天蓋選手、まったくの無傷です!」
「魔力を防御に回しているんだろう。あの程度の魔法なら防ぐのは比較的容易だ」
「少しでも長く攻撃を当て続けて味方の回復を待つ、という作戦でしょうか?」
「というより、心理戦を行うためだな。魔法陣をいつまでも浮かべている場合、強力な魔法が襲ってくるという可能性が出てくる。そのためある程度のペースで攻撃し続けなければならないが、その間発動している魔法がすべて弱いものならば、消耗が激しくなるのは天蓋の方だからな」
その通り、わざと魔法を発動せずに魔法陣を浮かべ続けていることで、強力な魔法の準備をしていると思わせることが出来るわけだ。上級者ならば魔力の量からブラフを見抜くことも出来るが、あいにく俺にそんな特技は無い。
「どうしたんです? すでに分身の数は回復しています。早く倒さないと数十の魔法が同時にあなたに襲い掛かりますよ」
向こうも隠す気はさらさら無い、という感じだな。
「その数十の魔法を発動するにはまだ時間が必要だろう。それまでに本体を叩けば不発に終わるはずだ」
「この中から本物の私を探し出し倒す。言うのは簡単ですが実行するとなると話は変わってきますよ。何故ならあなたはどれが本物かわかっていないでしょう」
「お前が本物だろう?」
俺は鎌を数多くいるフィリパたちの中から一人をまっすぐ向ける。
「……何故この私が本物だと?」
「一目瞭然だろう……お前だけだぞ? 俺から離れた個体は」
そう、俺がスタンレイを一瞥したとき明らかに俺から距離を離したのは全体の中であの個体だけだった。
その事実を指摘したとき、彼女は少し驚いた表情をしたがすぐにもとの無表情に戻った。
「それが私が本物だという根拠ですか? だとしたらあまりにも浅はかとしか言いようがありませんね」
「……もう一度言うが、この中で一番の愚か者はお前だぞ、スタンレイ」
「私が愚か……? 何を根拠に」
「言葉で説明するよりも、実際にお前に白状してもらった方が早いな」
そう言いながら俺は構えを元に戻し、相手を見据える。
「私の口から? 敵にそんな馬鹿なことを教えると思いますか?」
「口じゃない、反応だよ」
「反応?」
俺は姿勢をほんの少しだけ低くし、脚に切りかかる準備を整える。そしてその瞬間に相手にも攻撃の殺気が伝わったのか、緊張の糸を張り詰めさせる。
「ほうら身構えた。俺の間合いに入っていることを自覚しているんだろう? だから余裕が消え……一歩下がってしまう」
「そんなことで」
「そんなことだから無配慮になる。俺から言わせれば自己主張が強すぎるんだよ。本気で敵の目を欺きたかったら、最低でも『本物候補』を常に五体以上は維持しておくんだな」
あの個体だけ間合いに入った途端に全個体に緊張が走る。万が一にも本物が攻撃を受けるわけにもいかないのだから当然といえば至極当然の反応だが、演技力が足りなすぎるな。
「もはやあなたに勝ち目はありません。何故なら本物を倒す前にあなたを倒すことが出来るからです」
「逆だ。どれが本物かわからなかったから本気で削らなかったんだ……本体が確定した以上、それ以外の個体は容赦なく倒せる。残虐な行為として反則になる心配もない」
「……わかりました。ならば分身を一瞬で倒して証明してみなさい!」
「会場が吹き飛ばされるよりはマシか。期待に応えよう……死神流処刑術、絶技『椿落とし』」
鎌を振り払い、フィールド内にいる偽者すべての首に刃を当て、断つ。必然的に偽者たちは首がスライドした瞬間に消滅し始める。これで残ったのは本物だけだ。
「これでお前が本物だということが証明できたわけだが……もう一度試してみるか?」
完全に会場が静まり返った。スタンレイの顔も青ざめている。




