本領発揮
「もうとっくに一分なんて過ぎていると思うんだがな」
無限沸きしてくるフィリパ・スタンレイを鎌や爆発で処理し続けている内にもう一分は過ぎてしまった。ところが不思議なことに二人からの攻撃が来ない。
「よく見てみろ。開始直後からひたすら魔力を溜めていたようだぞ」
ゼノバの方を見ると、確かに目が据わっている。これはいきなり強力な攻撃を仕掛けに来るようだな。ということは攻撃を仕掛けに来ないのは確実に俺に命中させるためか。或いは見方にまで攻撃が当たってしまうからか。
「どうした? 来ないのか? 安心しろよお前がどんな攻撃をして来ようがどうせフィリパ・スタンレイには当たらずに済むさ。なにせ俺とオリヴィエが今まで一発も命中させてないんだからな」
「その減らず口、すぐにきけなくさせてやる!」
そういうとゼノバの目の前に魔法陣が出現する。その魔法陣から飛び出してきたものは一振りの巨大な剣だった。ゼノバの身長から考えても異常と表現できるほどの大きさだ。
「何だあれは?」
「転送魔法だ。発動したのはスタンレイだな」
「魔法じゃなくてあの武器だ」
「知らん」
正体不明の武器か……事前情報にも載っていなかったな。この大会のための取って置きというわけか。
「知らんのも無理はない。なにせこいつはまだ市場に出ていない最新型だからな!」
「そんなものどこで手に入れるんだ」
「一部の選手は特別な武器を提供される。ついでに言うとそういうのも珍しい話ではない。その武器を持って活躍すれば売れ行きが良くなるからな。売り手としては宣伝費を節約できて選手は強力な武器を貰える。そして観客は最新の武器のデモンストレーションを間近で見ることができるというわけだ」
なるほどな、確かにおいしい話だ。
「となると優勝候補は相当なオファーがかかるだろうな」
「ああ、似たり寄ったりな武器でも製造メーカーからしてみたらブランド力に直接影響が出るからな。ある一部の選手が使用する武器は他の者からしてみても憧れの象徴になる。どの武器を持って出場したかによって市場の流れは激変するわけだ」
「つまりそっちの女が取り出した武器が現れた瞬間に市場が流動するわけか」
「その通りだ」
それはなんとも利権関係とかそんな事が関わってきて、相当きな臭い話が乱舞しそうだな。
「ゼノバ選手の使用している武器の詳細が入ってきました! えーと、何々……名称ライセンツヴァイハンダー。武器生産ギルド、アイゼンシュミート製の両手剣のようですね。アピールポイントはミスリル合金を使用しているようです!」
「アイゼンシュミートって確か一流の鍛冶屋ギルドじゃないか! そんな所から武器を渡されていたのかあの選手は!?」
「ちょっと待て、そのギルドの資本体系は確かヴィンクラー公爵家のはずだぞ!」
ヴィンクラーってオリヴィエの事じゃねーか! 何で把握してないんだよ!? それ以前に良く運営もぶつけてきたな。
「何? 気づかなかったが、確かに言われてみたらデザインが同じだな」
「何に?」
「公爵家専属の武器職人の作る武器にだ。私の持っているレイピア、ナハトウヴェルテューレと同じ刻印が施されている」
レイピアの柄を見せてくると、確かに二本のバラがしめ縄のように絡み合っているデザインの刻印が施されている。
ゼノバの持っている剣の刀身にもそれと同じ刻印が彫り込まれていた。
「その通りだ、どうだ!? これほどの優れた一流の武器を渡されるということはこの俺様が一流であることの証明だ! それがわかったらさっさと降参するんだな」
「少し黙ってもらえませんかね? それ以上騒音被害が酷くなるとうでしたら、私がわざわざあなたの事を喋れないようになるまで攻撃しなければならなくなるんですよ? 私の負担を軽くしてとは言いませんので、せめて余計な手を煩わせないでください」
「何を言うフィリパ!? そもそも俺様をパートナーに選んだのはお前だろう! それにこの武器もお前から俺様に渡したんだ! 少しは俺様への態度を改めたらどうだ!?」
「気安く名前を呼ぶなと伝えたはずですのに、何故理解していただけないのでしょう。あなたの頭はどのような構造になっているんです? これでは私が三人相手に戦わなければならない……実に、迷惑な話です」
そう言うと今度は彼女の手元から魔法陣が出現した。その中から現れたのは古ぼけた杖だった。
「……!? あれはまさか!」
「知っているのか?」
「ああ、あれは……黒森の枝……ヴィンクラー家が貯蔵している国宝だぞ……」
「……という事はあれか? 公爵家は全力でわざわざお前と俺を潰しに来たと」
「ああ、それ以外考えられん。王命が下されていたとはいえ、まさか国宝まで他人に預けるとは……いったいどういう取引が行われたんだ」
自分の娘の晴れ舞台でも構わず潰しに来るとはとてつもない忠義心だな。封建社会、貴族制度がなせることか。
「な、ななな何ということだー!? ヴィンクラーの至宝とまで謂われる伝説の武器が! あろうことかヴィンクラー家の令嬢に向けられた! 何という皮肉! なんと数奇な運命か! こんな戦いが予選で行われても良いのかー!?」
「ここまで……ここまでして阻止しようというのか!? あの二人の実力は、そこまでしなければ勝利を手にすることができぬと」
「ちょ、ちょっと待て。公式記録でアレのデータなんてあるのか? 史実でしか聞いたことがないぞ」
実況の、そして会場の空気が一変してしまった。観客の中には一目散に会場から走って退出する者もいる。そしてさっきまであったブーイングや応援の声も完全になくなり、会場は恐らく前代未聞の静寂へ包まれていた。
「一応聞くが……あの杖はどういうものなんだ?」
「ヴィンクラー家が代々受け継いできた武器だ。あの杖が使用される場合必ず記録しなければならず、記録上前回使用されたのは今から二十年前だということになっている。私どころか姉上も見たことがないはずだ」
そんなとんでもない逸品が学生の手に……どういう権力が働けばそんなふざけた事が可能になるんだ?
それから今判明したがこいつ姉がいるのか。
「三人を倒すには、これを使うしかありませんからね。理不尽だとは思いますが、それもあなたの不用意な発言が元……悪く思わないでください」
そういうと、フィールド上におびただしい数の魔法陣が浮かび上がってくる。どうやらマジで味方諸共攻撃を仕掛けに来るらしい。ゼノバにはご愁傷様としか言いようがないな。
「分身を減らせ! あの杖から同時に魔法を発動するほどの技術は持っていないはずだ!」
巨大な爆発を連続で発生させ、分身の数を減らすと同時に空中の魔法陣も数を減らしていく。どうやら分身は分身で別々に魔法を発動しているようだ。
「これ障壁のほうはもつのか?」
「まったくの未知数だ。仮に破壊してしまった場合、反則行為として失格になるぞ」
「それを覚悟の上で発動するつもりだろうな」
そうなった場合間違いなくオリヴィエは戦闘不能……それだけでは済まないだろう。最悪の場合会場にいる人たちにも被害が出る。それを阻止するには一人でも多くの分身を撃破しなければならないな。
「……! おい、天蓋!」
「わかっている。分身魔法が発動できていないな」
恐らく膨大な魔力を消費しているのだろう。全員がその場で棒立ちになっていて、無限沸きしていた分身たちも一向に増える気配がない。本物を探すには今が絶好のチャンスだな。
「天蓋……あの杖から魔法を発動させるわけにはいかない。どうやら私はすべての魔力を使い果たしそうだ……だが、不発に出来れば十分釣りが来るか。悪いが一人で戦ってもらうぞ」
「了解した。後は任せろ」
オリヴィエは小声で何かを唱えると頭上から紅い焔の塊が出現した。
「ヘルメット・ストリーマ」
その言葉とともに煌々と光り輝いていた焔は一瞬で黒く変色し次の瞬間、純白の光の筋が相手を魔法陣ごとズタズタに引き裂く、分身が幻のように消えていく現象も合わさり、まるで一瞬で蒸発しているかのような不思議な光景が目に映った。
「……やはり、秘策を隠していましたか」
一人だけ、無事な奴がいた。それもそのはずだ、なにせ障壁を自分の周囲に発生させ、オリヴィエの魔法を防いでいたからな。
「ふ、ふふ、お互いに、相当消耗したな、スタンレイ」
オリヴィエはその場で膝をつき、呼吸を荒げながら相手に話しかける。消耗の度合いは明らかにオリヴィエの方が酷い状態だといえる。これ以上戦わせると次の試合に響くだろうな。
「もはやあなたは虫の息、それに対して私にはまだ余裕があります、他の二人は無傷ですが……どうやらこの試合の決着はつきましたね」
「その通りだが、残念……だな、我が……敗北は、ありえんな。この……男が、貴様ら二人を、倒すからだ」
「まだそのような非現実的な事を……わかりました。そこまで仰るのでしたらあなたの目の前で彼が敗れるところをお見せしましょう。貧乏くじを自ら引いたことを後悔しなさい」
しかしこんな魔法を隠していたとはな。俺とのデュエルの時に使わなかったのは発動までに時間がかかるからか。
スタンレイはすでに分身を大量に出現させていた。そしてゼノバの方も大剣を肩に担いで俺のことを挑発してくる。
「へ! この状況でどうやって俺様たちに勝つって言うんだ? お前に良い事を二つ教えてやる。俺様の斬撃は間違いなくお前と奥にいるもやし女も粉々に粉砕しちまうってことだ。そしてもう一つは、俺様はテメーらを殺すことに何の躊躇もねえってことだ!」
「おっとゼノバ選手、オリヴィエ選手を人質に脅迫してきたぞ!」
「どういうことでしょうか? 天蓋選手は立ち位置的にオリヴィエ選手を庇える位置にいると思いますが」
「簡単な話だ。フィリパ選手に国宝を預ける位だ。ゼノバ選手にもそれ相応のものは与えているはずだろう。それを理解したうえで庇えるか?」
「その通り! 守ろうとすれば自身が大怪我を追って敗退、かわせばオリヴィエ選手に致命傷の危険が、どちらを選んでも次の試合へは出場できないということですね。ここは降参するほうが賢明だと思いますよ」
解説の二人は言いたい放題だな。相棒に倒れるまで戦わせておいて自分は降参? そんな不義な話があるか。そもそも前提の二択が間違っているというのに。
「どうした! さっさと命乞いか死ぬか選ばんか! 俺様の気は長くないぞ!?」
「とりあえず、お前には良い事を二つ教えてやろう」
「……何?」
「勝てると思ったんならさっさとやれ。そしてもう一つ、死神の前で死を語るな」
俺はまっすぐと鎌をゼノバに向けた。
「ふ、ふははは! あまりの恐怖で気が狂ったか! 自分を死神だと!? だったらさっさと地獄へ帰りやがれ!」
「本当に可哀想な方ですねあなたは。この状況で見栄を張るなんて、その愚かな考え、行動が自分だけでなく彼女をも危険にさらすということになぜ頭が回らないのですか?」
「……一番の愚か者はお前だろスタンレイ」
「……今、なんと仰いましたか?」
もう一度復唱したつもりだったが、ゼノバが大声を出したことで掻き消えてしまった。
「よーく見てろフィリパ! この俺様が止めを刺して勝利を収める瞬間を!」
「ああ、良く見ていろよ。本当の戦いを」
敗北する者へのせめてもの手向けだ。古代の戦いというものを味あわせてやろう。
「奥義、ブレイジング……」
「死神流捕縛術、『足削ぎ』」
相手が動きだす前に一気に間合いを詰めきり、鎌の峰の部分でゼノバのすねを叩きつける。本来は本当に足を削ぎ落とす技なのだが、公式ルールにおいては残虐な行為は反則になるので、無理やり後遺症が残らないような方法で攻撃を加えた。
「そんな攻撃なんざ効くか!」
魔力を溜めていたというだけあって防御力も高まっていたようだ。これなら次の技を使うことができる。
「死神流捕縛術、『臓打ち』『顎口砕き』」
すばやく正中線を柄で打ち据え、バランスを崩したところを、即座に口の中に柄を押し込み膝で顎を打ち上げた。勿論手加減はした。
本来ならこの後『眼窩抉り』で視界を奪うのが定石だが、残虐行為になる為、鎌の柄と刃の付け根の部分で眉間を攻撃した。足、内臓、顎、顔にダメージを与えた結果として、巨体は地面へ這い蹲る。
「……あ、……あ」
「……」
スタンレイを一瞥すると、恐怖に引きつった顔をしながらも俺から距離と離し、魔法陣を出現させた。




