弓道部見学
「まあエルフの話は置いといて弓が廃れない理由もわかっただろ?」
「ああ」
「うんうん、私が説明するまでもなかったわね! いやー詳しい人がいてくれて助かったわ」
弓道部の先輩があっけらかんと笑っている。なんとなくだが弓道部のイメージと若干違っているな。もう少しおしとやかな女性が多いと思っていたんだが……ただの願望でしかないが。
「ちょっとあんた、もしかして新聞読んでないの?」
「え? 新聞? もしかして有名人?」
「有名も何も姫様救出劇のヒーローよ」
「え⁉ そうなの⁉」
非常に驚いた表情をしている。確かに新聞は読まなそうな人に見えるが。
「しかも部活紹介の時剣術部とタッグデュエルをしたコンビも一緒じゃないですか。そのうえ新入生代表挨拶までした人もいるんですよ? はっきり言ってとんでもないメンツですって」
「ウッソそんなすごい人達が来たの⁉ 入部してくれたらアピールになるじゃない! こんな大事な時に部長はどこほっつき歩いてんのよ!」
あ、この人が部長というわけではないのか。
「新入生勧誘に行ってますね」
「勧誘って、あいつ初対面の人と話なんてできないでしょ」
初対面の人と話できない人を部長にしたのか。
「いや、部長として頑張るって言ってましたよ。それに副部長もついているので何人かは連れてこれるんじゃないですか?」
「それなら良いけど。とにかく彼らには是非とも入部して欲しいわね」
「俺とオリヴィエは剣術部に入るんで入部は出来ませんね」
一時的とはいえこういうことはちゃんと言っておいたほうが良いよな。
俺の言葉が終わると、弓道部の人達は集まって内緒話をし始めた。
「ねえ、掛け持ちって出来たっけ?」
「一応出来ますが……あの人が許すはずないでしょう」
あの人っていうのはおそらくクラウディア先輩なんだろうな。
「そっかー、残念ね」
「まあ、こればっかりは仕方ないですね。それよりせっかく見学に来てくれたんですから何か披露したらどうです? 試しに弓を引かせてみるとか」
「それもそうね。えっと……」
そういえば自己紹介してなかったな。とりあえずお互いにこの場で簡単に自己紹介を済ませた。
「それじゃあ、皆さん弓道部へようこそ! えーと、自己紹介は終わったから、試しに弓を引いてみましょう! 大丈夫私達上級生が懇切丁寧に手取り足取りサポートするので安心して体験してみましょう!」
しばらく沈黙が続いた。その後再び先輩たちの内緒話が始まる。
「いきなりそんなこと言われても新入生が対応出来るわけないでしょ!」
「じゃあどうしろって言うのよ? そんなに言うならあんたがやりなさいよ」
「私だってわからないわよ。とにかく私たちはいつも通り練習するからあなたは世間話しながら適当に弓道に興味あるのかとかそういう確認をしてから引くかどうか聞きなさいよ」
この人達……勧誘のしかたとかノープランなのか。
「なんで私に丸投げするのよ」
「だってこの中でコミュ力あるのあなたしかいないじゃない」
「わかったわよ! 引くことになったらちゃんとサポートしなさいよ」
どうやら纏まったようだな。
「ごめんなさいね、それじゃあ一応確認のために聞いておくけど、この中で弓道経験者はいるかしら? 弓を使用したことがある人でも構わないわ」
「俺は時々扱いますね。まあロングボウは一度も使ったことはありませんが」
「ロングボウって……出来れば和弓って言ってくれると嬉しいんだけどなー」
言われてみたらそれもそうだな。
「天蓋君って弓も使ったことあるんだ?」
「ああ、知り合いの稽古に付き合っている内に出来るようになった」
「すごい知り合いがいるんだね……」
まあ知り合いって言っても部下なんだけどな。流石にトップが素人じゃ恰好がつかないし。
「確かさくらちゃんは弓道経験者よね?」
「はい。物心がつく頃からいろいろな武道を教わりましたので」
「そうだったのか。それじゃあ毎日大変だろ?」
「いえ、毎日のことだったので……それに最近は稽古も出来ていないんですよ」
それもそうか。武芸十八般と考えてもそんな設備が揃っているような国でもないしな。
「なんだったら俺が付き合うぞ? 俺が出来る武術ならの話だが」
「え⁉ よ、よろしいんですか……?」
なんで顔を赤くさせているんだ。稽古するって話だぞ。
「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですかお兄様!」
「どういうことって、俺だって稽古の必要はあるだろ」
「そういうことではなくなぜさくらさんなのですか⁉ 私がいるじゃないですか⁉」
「それもそうだな。じゃあ暇な奴同士が稽古するってことでいいな?」
これなら練習相手に不足することもないだろう。
「ですからそういうことでもなくてですね!」
「じゃあなんだ?」
「う……なんだと聞かれましても」
「まあいいじゃないそういうことは後で相談すれば。それより私弓引いてみたいです」
エリーが半ば強引に話を進めてくれた。こういう話が脇道にそれた時はありがたいな。
「それじゃあ弓を持ってくるわね。とりあえずさくらちゃんも皆に教えてあげてね」
「はい。わかりました」
そういうと俺たちに弓が渡された。
「あ、結構力がいるんですね」
「そうね、まあ慣れれば簡単よ」
「これって張力は何ポンドなんですか?」
「え? ポンド?」
あれ? 何か変なこと聞いたか。もしかして和弓の張力って別の単位が使われているのか。
「天蓋さん、弓を張る力のことは弓力と言って単位はキロなんですよ」
キロかよ……なんでそういうところはアーチェリーと統一してないんだ。
「じゃあ弓力? ですか? 何キロなんですか」
「君が持ってるのは12キロだね」
12キロってことは約26ポンドか、随分と弱い弓だな。まあ初心者用か。
「そういえば天蓋君が使ってるのってどういう弓なの?」
「これよりもっと小さい奴だ。張力は120ポンドだから、弓力はおおよそ54キロだな」
「ごじゅっ⁉ そんなに強いやつ引いてるの⁉」
とんでもなく驚かれた。そんなに驚異的な数字か? まあ所謂ショートボウとしてはかなりの強弓ではあるが。
「いや、大したことないだろ? ロングボウなら200ポンド近くあるんだから」
「200って……1ポンド何キロなの?」
「0.454キロだな」
「じゃあ弓力90キロ⁉ そんなものが存在するの⁉」
どうやら和弓にはそこまで強い弓はないらしいな。まあ材質に依存するから仕方ないか。
「しかもショートボウで54キロって背筋を使わずに腕力だけで引いてるってことでしょ? すごい力ね」
まあ力には自信があるからな。
「とりあえず全員弓を引くのは大丈夫そうね。それじゃあ次にこれをつけてもらいます。ゆがけというもので親指の付け根にある溝に弦を引っ掛けて引くためのものです。実際に挿して見せますので同じようにしましょう。はめるではなく挿すといいますがこれは覚えなくてもいいです」
「これなら俺も教えられますよ。鷹狩の時に使ったんで」
「な⁉ ……なんで和弓をロングボウっていう人が鷹狩は知ってるのよ……」
そんなこと言われましても……むしろ弓道を習うべきだったな。やはり他の弓を使うからってやらなかったのが問題だったか。
とりあえず、ゆがけの挿し方を他の奴に教えた。
「それじゃあ部で飼ってる鷲も見せちゃう?」
「鷲なんて飼ってるんですか⁉」
エリーがとんでもなく驚いている。まあ俺もびっくりだが。
「ええ、イヌワシのきららちゃんよ」
そういうと一羽の大きいイヌワシが更衣室の方から運び出されてきた。完全にきららちゃんって見た目じゃないな。百歩譲って雲母さんだろ。
「どう思うカルラ」
「良く育てられていますね」
仲間という表現が正しいのかどうかはわからんが、まあ朱雀とか鳳凰も同類と言えば同類なんだから別にいいか。
……そんなことより最初からこいつを見せたほうがインパクトあったと思うんだが。
「あれ? もしかして最初からこの子を見せたほうがみんなの心を鷲掴みできた?」
「は? あんた疲れてるの?」
「え? ……違うわよ⁉ 別に鷲だけにとか考えてないわよ⁉」
そういうことは何も言わないほうが良いと思いますよ。
「まあ鷹匠部みたいになっちゃうけど触れ合ってみましょう」
そういうときららちゃんが俺のところまで飛んで来た。
「随分と人になついてますね」
「卒業生たちの時からモフモフしてたからねもう人なんて恐れないわよ」
試しに撫でてみたところ、突然暴れだしてどこかへ飛んで行ってしまった。まるで何かに怯えているようだった。
「きゃあ! どうしたの急に⁉」
まったくわからない。一体なにがあった? 猛禽類と蛇なら向こうが恐れる必要は、いややっぱりおびえるか。
「お兄様お兄様、私がいますよ」
いつの間にか俺の背後に立っていた。もしかしなくてもこいつを恐れたのは明白だな。
「カルラ、きららちゃんを怖がらせる必要はないだろ」
「怖がらせてなどいません。撫でてもらうなら順番があると思っただけです。それからきららちゃんというのは控えたほうがよろしいかと」
「まあきららちゃんとか言う柄じゃないか」
そんなことを話しているうちにきららちゃんが戻ってきた。
「あ、戻って来ましたね」
「そういえば餌って何を食べさせてるんですか?」
「ウサギとかネズミよ。他にも小鳥とかも食べてるわね」
さすが食物連鎖の頂点だな。
「ウサギを食べさせてるんですか!?」
「食べさせてみる?」
「い、いや……結構です」
ウサギの肉も常備してあるのか。
「そっか、じゃあ弓に戻りましょう」
再び弓の引き方に話題が戻った時だ。学園中に放送が入った。
俺とオリヴィエを呼び出している。とにかく早く剣術部に来いとのことだ。いったい何の話だ?




