デュエル開始!!
「貴様は灰燼すらも残さん!!」
アリーナの中央にある電光掲示板に試合開始がうつされる。半径50メートルのこのサイズでのフィールドでは一回のデュエルで30分の制限時間が設けられる。もっとも今回は関係ないが。
オリヴィエはデュエル開始直後に爆発魔法プロミネンスを発動してくる。
その直後、俺の目の前で大爆発が突如発生。こういう魔法が来るという予備知識がなければ、ほとんど不意打ちに近い魔法だ。地面をえぐるほどの爆風が俺を襲う。
確かにこれほどの爆発をノーモーションかつ一瞬で発動できるならば、まともな人間ならば直撃を食らうだろうし、その一撃で大ダメージを受けるだろう。
だが、いかに人間の肉体を持とうが俺は蛇神だ。この程度の火力でダメージは無い。
……。いや駄目だ!! 避けないとやばい!! 俺はすぐに爆心地から離れる。
「ほう、今のをかわしたか!」
本当は直撃したが、危なかった。地面をえぐるほどの爆発を受けたら人は死ぬじゃないか。そうでなくとも戦闘不能は免れない。さっき自分で考えていたことだぞ!? あれ食らって平然としてたら俺が化け物だと自分からばらしているようなものではないか!
俺はゆっくりと呼吸する。冷静な気になっていたが、完全に舞い上がっていたな。
……まてよ。ということは、人が受けたらまずい攻撃はこれからずっと回避し続けなくてはならないのか? なんということだ……。全く想像もしていなかった戦闘条件に思わず冷や汗が出る。
「どうした? デュエルはまだ始まったばかりだぞ」
追撃の爆発が見事に俺に直撃する。すかさず俺は避けた風を装いながら爆心地から離れる。
これだけ派手な攻撃だから避けたと思わせるのも楽だが、ピンポイントでの攻撃が来たら酷だぞ。
そもそもこのプロミネンスという魔法は、炎属性の中でも上位魔法に分類されるが、その原理は極めて単純なものらしい。炎のマナを転送させて点火する。ただそれだけのことのようだ。
しかしその『それだけのこと』が非常に難しいといわれている。まず爆発させるためのマナを放出し、それとは別途に転送魔法を発動して放出したマナを送り飛ばす必要がある。
爆破のタイミングが遅ければ相手にマナを感知され回避、早すぎれば自分の目の前で爆発……要するに自爆。非常にシビアなタイミングが要求される魔法だ。
つまり、爆発の前後で極度の集中力が必要。爆発後『本当に』直撃したかどうかを判断することは不可能! ゆえに今回のデュエルで俺が化け物だとばれる心配も不要ということだ。
しかし、敵の攻撃を避けながら攻撃をしなければならないとは……やはり奥が深いな、デュエルは。
「チッ! でかい図体しながらちょこまかと!!」
さらに苛烈な爆撃が俺に襲い掛かる。百発百中の攻撃を受けながらも避ける演技を怠らない。そろそろこちらからも攻撃を仕掛けるか。俺は懐に隠していた武器を取り出し、一気に間合いを詰める。
「あまい!」
瞬時にレイピアを出現させ、強烈な刺突を行うオリヴィエ。後に知った話だが武器を転送する魔法も普通にあるらしい。俺はすかさず対策武器の十手でレイピアの軌道を逸らす。
「あまいのはお前のようだな」
俺はすぐに十手に備わっている鉤でレイピアの刃を絡めとり、てこの原理で捻り落とす。そしてその一瞬の隙を突いて廻し蹴りを敢行。オリヴィエはしゃがんでこれを回避。良い反応速度だ。
「く……。ならば」
突如爆発が発生。まさかこの距離から仕掛けてくるとは。相当追い詰められているようだな。ならば攻めの一手だ。十手で殴打を仕掛ける。
この十手は江戸時代に使用された捕縛用の武器ではない。安土桃山時代、宮本武蔵の父新免無二斎が使用していた、いわば戦闘用の十手。それと同型のものだ。
骨折は免れない、となると狙うは手足か。右手に向かって攻撃を仕掛ける。しかしこの攻撃は結果から言うと失敗に終わる。決して空を切ったわけではない。なんと十手の軌道線上に爆発を発生させ威力を相殺してきたのだ!
リアクティブアーマーと同じ原理か! 面白い使い方をする。しかもそれをノーモーションで行えるとするならば……。
◆◆◆◆◆
「始まったわね、彼女の本当の戦いが」
オリヴィエ・ヴィンクラーと素良天蓋のデュエルを眺めながら、生徒会長は語る。
「敵の攻撃を爆発によって相殺、それによって攻撃と防御を同時に行う……。単純ながら強力な戦法よ」
その上剣による攻撃も加えられる。流石に大会で優勝するだけのことはある。
しかしある疑問が浮上する。オリヴィエ・ヴィンクラーなら俺も知っている。だが今まであんな事をしてきたか? 無いはずだ、なら何故会長は知っているんだ。
「一度手合わせしたことがあるのよ。練習試合だけど」
なるほど、大会では使う前にけりが付いたというわけか。まあ会長レベルの化け物なんてそうそういるわけも無いか。
「今、私に対して酷いこと考えたでしょ?」
今週は雑用が3倍に増えるな。なんにせよ、あの男も会長レベルということか。まったく嫌になる。
「そういえば、勝ったんですか、彼女には」
素朴な疑問をぶつける。
「ええ、でも今は更に強くなってる。……そろそろ決着が付きそうね」
確かにさっきから同じ行動を繰り返し続けている。ダメージがある分男が不利か。
「流石、爆撃姫といったところですか」
「いや待て、様子がおかしい」
風紀委員長、あんた一体いつからそこに。
「え?」
「見ればわかる。お前の説明が正しければオリヴィエは即反撃に移れるはずだ。だが実際には少しずつだが、後ろに下がっている」
た、確かに。おい待てよ……つまりどういうことだ。
「……! まさか……攻めあぐねているというの!? 彼女が!?」
おいおい冗談だろ。
◆◆◆◆◆
「どうした、反応が遅くなっているぞ!!」
容赦なく連撃を加え続けた結果、オリヴィエは明らかに消耗している。まあ、マナをガンガン放出しまくっているんだ、当然か。
「く、これほどとは!」
一瞬彼女に油断が生じる。即座に攻撃を仕掛ける。
「し、しまっ」
しかし、その攻撃は『空を切った』。間合いが届いていないのだから当然だ。
「な、何の……つもりだ」
当然の質問に俺は黙って掲示板を指差す。掲示板の残り時間は23分を指している。
「お前の言う通り10分以内で決着が付くのが癪に障るのでね。あと3分間戦ってもらう、それこそが俺の完全勝利だ」
この俺の発言にオリヴィエは激昂する。
「ふざけるな!! 貴様は絶対に許さん!!」
オリヴィエは大きく後ろへ下がる。さて、今度は何を仕掛けてくる?
「まさか、これを使うことになるとはな」
そういうとどこからとも無く黒い液体入りのビンを取り出す。まだ温存していたか、しかし体力も限界だろう。
「ミグレイション・トリック(転移の悪戯)」
ビンが目の前に現れる。まさかこの液体、魔法薬か? もしこの液体に前もって自身のマナを蓄積していたとすれば、転移魔法のみで爆撃できるわけだ。一見すると恐ろしい話だが……、何のことは無い。マナが枯渇し始めているだけの話ではないか。しかも爆発のタイミングも遅すぎる。
ビンのことなど気にせず一気に詰め寄る。
「やはり、詰め寄るか」
何? 読まれた? あれは罠か!?
しかし勢いのついた体は急に止まれない。なすがままにオリヴィエに抱きつかれる。抱きつかれる?
な、何をするつもりだ。
突然の行動に一瞬たじろぐ。行動の意図が読めない。
いや、まてよ。あの魔法薬は黒色だ、そしてこいつの服もほとんど黒一色。
まさか、まさかこいつ……この服はまさか。
「オ、オーダーメイドか? その服」
「鋭いな。だが残念、ハンドメイドだ」
手作りかよ。器用な奴だ。しかし、間違いない。自爆するつもりだ、こいつ!!
服の染料があの薬品なのか! 自分へのダメージを省みないのか。
「悪いがこの魔法薬は特別品でな、マナの持ち主には傷が付かないようになっている……これで終わりだ」
その瞬間、大轟音がアリーナ全体に響く。フィールドを覆っている障壁は醜く歪み、地面は跡形も無く吹き飛ぶ。俺は無事だが、ゲイルはどうだろうか? そういえばこいつの攻撃は全て範囲攻撃だがちゃんと避けられただろうか。
急に不安になった。抱きつきも弱まったため、抜け出して距離をとる。土煙が収まると俺の目にとんでもないものが飛び込んできた。
確かあの服の染料は簡単に言うと爆薬でできている訳で、爆発したら燃料は無くなる訳で、あの服は爆薬な訳で、つまり、服の9割がたがなくなっている訳で。
駄目だ前を見るな。見ないでどう戦えと。心の目だ。心の目? そう心眼。開け、今。
「どこを見ている!!」
いや、直視はまずいですって!! やばい!! このデュエルで最大の難関が俺を襲う!!




