挨拶
「なるほど、昨日は気づきませんでしたが確かにお美しい方だ」
「お近づきになれるチャンスよ。勇気がないなら私が紹介しましょうか?」
クラウディア先輩が耳元でそっと囁いてきた。その上俺の腕を取り、さらに密着してくる。そうなれば自然と彼女の胸が押し当たることになり、その感触がはっきりと伝ってくる。
「い、いや、遠慮……しておきましょう。……。それから、周りの視線がありますので」
「私は気にならないわ。それとも部屋に戻る? 二人きりなら貴方も大胆になれるでしょう?」
「……」
「冗談よ。少し」
そう言いながら俺から離れ、いつものすました顔で並んでいる料理を口にし始めた。
「味はどうです?」
「とてもおいしいわ。貴方もどう?」
「いただきましょう」
俺も料理を食べ始めた。確かにこれは美味しいな……お持ち帰りは行儀が悪いだろうな。
「そういえばだけど」
「なんです?」
「姫様とは昨日会ったわよね? なんで今まで気がつかなかったの?」
「あんな薄暗い館の中から顔を確認するなんて無理ですよ」
「なるほど、それで私にも気づかずにいたのか」
声のした方向にむき直すと、そこには長い緑色の髪をした女性がたっていた。
先ほどのこの女性の言葉から判断すると、俺はどうやらこの人とどこかで出会っているらしい。言われてみたら確かにどこかで会っている……正確には誰かの面影がある。
この長い緑色の髪は……そう、昨日人質になっていた騎士とよく似ている。顔の方も薄暗かったため判断しかねるが、面影があるようにみえる。
つまり彼女は人質が心配だったため、外で待機していたということだ。確かにそれなら会っているかもしれない。外も暗くて数人しか顔を把握できなかったが……恐らくそこにいたのだろう。見た目の年齢から考えると。
「貴女は昨日人質として捕まっていた……」
「ああ、また会ったな」
よし、間違いないな。
「騎士様のお姉様でございますね?」
「……なに?」
あれ? どうやら違っかったようだ。
「申し訳ありません。妹様でしたか」
「なにを言っている? 私に姉妹などいないし、そもそもそんなこと教えてもいないだろう」
え? 姉妹などいない? じゃあ親戚? それとも、まさか……いや、流石にないな。これで母親は有り得ない。
「えー、その、クラウディア先輩? この方は」
「覚えてないの? 昨日二人でひそひそ内緒話してたじゃない」
は? 昨日? 内緒話? 俺が? 誰と?
「そうか……、よくわかったよ。私のこの格好がそんなに似合わないと言うのだな?」
「格好? よく似合っていると思いますが」
「い、嫌みか!? 貴様も私のことを女の癖に鎧を身につけるなんて認めないというつもりか!?」
……? いったいなんの話だ? 昨日鎧を身につけてたのか? どこで?
「……あ」
一瞬だが、ある可能性に気がついた。確かにそれ以外有り得ないが。
「なんだ?」
「俺が隣に座った騎士様?」
「だからそうだと言ってるだろう」
……なん……だと?
「まさか、その格好は……女?」
「貴様まさか!?」
「あんた女だったのか!?」
つい大声で騒いでしまった。
「わからなかったのか!?」
「だって薄暗かったし、鎧とかゴテゴテしてたし」
「声で女だってわかるだろうが!」
「身近に女みたいな声の男がいるんだよ!」
「だからってそれは無いだろう!? せっかく勇気を出して女性らしい格好してきたのに!」
そんなこといったってしょうがないじゃないか!
「わかるわけないでしょう! そもそも貴女だって昨日は香水なんてつけてなかったじゃないですか!」
「だ、だから勇気を出してそういうことを……」
「はいそこまで! 喧嘩は止めにしましょう」
先輩が二回だけ拍手しながら、俺達を制し話しかける。
「先輩」
「クラウディア様」
「こんなにお目出度い席に喧嘩なんて罰当たりよ? すぐに仲直りしなさい」
「……」
仲直りしなさい、と言われても難しいだろうな。流石に性別を間違えるのはまずい。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません。せっかくの宴の席で声をあらげてしまい、申し訳ない」
先に謝られた。俺のせいで口論になったのだから、先に俺が謝るべきなのに、やはり、騎士である以上この人には逆らえないのか。
「いえ、原因はこちらにあるのですから。謝るのはこちらの方です。申し訳ありません」
「仲直り出来たわね。では宴を楽しみましょう」
とは言え、かなり目立っているな。少し場所を移動した方がいいかな?
「そういえば騎士の称号が剥奪されるとか責任を取らされるとかの話はどうなりましたか?」
「ああ、全員無事に助け出されたから、そのことならば問題ない。ただ出世コースから外れたことは間違いないな」
騎士にもそういう競争があるのか。確かに王様の護衛とかは吟味された人物しか選出されないだろうし、出世は難しくなっただろうな。
「それなら私に仕える? 勿論私がそれなりの地位に就いた後の話だけれど」
え? それって凄い出世じゃないのか?
「よ、よろしいんですか?」
「それ相応の実力を身につけているならば、やぶさかではないわ」
「み、身に余る光栄でございます!」
「畏まらなくてもいいわよ? 今の貴女の実力ではまだまだ先の話になりそうだし」
この人の護衛か……荷物持ちとかやらされそうな気がするな。なんとなくだが。
「あれ? 姫様が近づいて来てませんか?」
「そうね。私達に気づいたんじゃない?」
「挨拶してないんですか?」
「ずっと貴方と一緒にいたのに、そんな暇があると思う?」
じゃあ、俺のことなんて放っておいて行くべきなんじゃないのか。
「クラウディア! 貴女の方から会いに来てくれると思ったのだけれど?」
姫様が先輩に話しかけてきた。
「ええ、勿論会いに行くつもりだったわよ? 食事が済んだら」
「それはずいぶん優雅ね? 今いるのに話しかけるつもりはないと?」
「だって彼と風霊祭について重要な話があったもの。スパイなんてやられたらたまらないわ」
姫様は俺のことを一瞥すると、再び先輩にはなしかけた。
「貴女とずいぶん仲良しなのね?」
「そうかしら?」
「それはそうと、私を助けてくださった方はどちらに?」
先輩は辺りを見回すと、ゲイルの方を指差した。
「彼の事ではなく、誘拐犯達を恐れずに独りで立ち向かったあの人ですよ」




