姫様
「え? もしかして俺ってピンチだったりするんですか?」
「別に問題ないと思うわよ? 風霊祭って別の学年とぶつかる心配ないし……そもそも貴方だったら上級生と当たっても攻撃を防ぎ続けて殴り続ければいつかは勝てるんだから」
まあ、言葉にしたらそうなるんでしょうが。
「でも制限時間とかありますよね? あれ過ぎたらどうなるんです?」
「制限時間があるって言っても今まで時間切れになったことなんて一度も無いのよ? 流石に大丈夫だと思うけど。一応そうなったら判定になるはずよ」
判定か……そうなったら俺は相当不利だな。流石にここまで悪目立ちしている奴は不利に評価されるだろうな。
「審判達に良い印象は持たれないでしょうね」
「ええ、開催地はこの国の王都……つまり王宮から徒歩十分の王立国技場だから、相当向かい風が強いわね、貴方の場合」
「まあ、覚悟の上ですよ。……あれ? 俺って一年ですけど優勝した時の権威ってどんな程度なんですか?」
冷静に考えると、所詮は一年生って思われたらほとんど優勝の価値が無いってことになる。それだと俺は無意味にリスクを吊り上げたことになるぞ。
「風霊祭はほとんど入学直後に開催される大会だし、春の新風という意味もこめてその趣旨は新しい人材の発見にあるのよ。だから貴方が心配するまでも無く、新入生である貴方達の世代が一番注目されるわ」
それなら大見得を切った甲斐があったというものだ。しかしそうなるとまた別の疑問が出てくるな。
「入学直後の人材を計るってどういうことなんですか?」
それって学校側にしてみたら何も教えてない生徒を自慢してるってことになりますよね?
「その学園に新しく入った戦力がどれぐらいなのかをわかりやすく伝えることが出来るでしょう? 優勝者は単純に考えて後三年間相手にしなきゃならない仮想敵として名を馳せるんだから相当有名になるし、同時に研究もされる。優勝者にとっては不都合なことがあるかも知れないけれど、それは逆に言えば学園側としては有名人を三年間キープすることになるから、それだけの間は世間に注目されることになる」
それで入学希望者やスポンサーとかを増やすことが出来るってことか。
「それじゃあ、スカウトとか推薦入学が多く出場することになりそうですね」
「と、言うより十中八九は学校側が探してきた人材をそのまま出すことになるわね。そもそも風霊祭はタッグデュエルという個人の実力だけでは計り切れない特殊な決闘方法だし、一部はあえて出さずに連覇を狙うために温存する所もあるにはあるわ」
たしかに連覇は響きが違うな。
「一応聞いておきますが先輩の方はどうなんですか? 優勝狙えますか?」
それを聞くと先輩は少しばかり複雑な顔を見せる。
「微妙なところね。デュエルフィールドが広ければ私の独壇場なのだけれど、ちょっと小さいのよ」
「先輩だったらあまり変わらないと思いますが」
俺からの攻撃かわし切れたんだからそもそも敵から被弾するとかありえないでしょ。逆に当てることが出来たら因果操作とか現実改変を疑うレベルですよ。
「あー、それなんだけど……私の回避魔法って障壁とか貫通してでも回避しちゃうのよね」
「それはつまり」
「ええ、範囲攻撃されると場外反則で失格になるのよ。それで七回はじかれたわ」
場外反則って、そういうことって起こりうることなんですかね? 確かに光速での攻撃を回避した時点で回避速度が光速に達していることは確実ですが、それでトンネル効果が発生したってことですか?
しかも七回はじかれた? この人何回大会に出場したんだ?
「……一応確認しておきたいんですが、先輩は過去に何回大会に出場した経験があるんですか?」
「そうね、次出場したら……八回目ね」
全滅じゃないですか。なんでわざわざ自分に合わないフィールドで戦ったんですか。
「それは何故?」
「公平を期すためにランダムにフィールドが選ばれるのだけれど、必ずといっていいほど小さいフィールドが鬼門になるのよ」
そうか、それもそうだな。一部の選手にとって圧倒的に有利なフィールドが存在したとして、ずっとそのフィールドで戦うことを強制されたら他の選手にしてみたら理不尽極まりない話だ。当然似たような選手だけが出場することになって観客としてもマンネリとした見応えの無い決闘が延々繰り返されることになる。そうなったらその大会は衰退していくことになるな。
「それって先輩の対策が完全に立てられているってことですか?」
「結果から言うとそうなるわね」
「絶望的じゃないですか」
「だから今年も出ないことにしたわ」
ということは、先輩が出場しなかったのは去年の風霊祭か。
「重要な大会を捨てるんですか?」
「さっきも言ったように風霊祭の主役は新入生なのよ? わざわざ私が出場しなくてもいいじゃない」
ずいぶん綺麗に割り切りますね。
「そういえば、ほとんどが決まったコンビを出場させるってことはもしかして優勝候補とかってすでにわかってたりするんですか?」
「ええ、だから私は貴方が優勝する可能性が高いと判断したのよ。もっとも、まれにとんでもないダークホースが出てくることも何年かに一回はあるけど……今回は貴方がダークホースになるから、さらにもう一つの伏兵が現れる可能性は低いわね。確率論的に」
それって確率として扱っていいんですかね?
「まあ、相手のデータがあるなら対策は立てやすいですね」
「ええ、特にアブセンス王国のコスタリカ騎士学校にソリチュード帝国率いるアンティキティラ魔工学院の情報は最優先で調べたほうがいいわよ。間違いなく上位まで食い込んでくるわ」
「こっちの国はどうなんです? ちゃんと対抗馬はいるんですか?」
「それが貴方よ。他にも姫様が出場なさるのであれば、チャペル学園にも日の目は当たるかもしれないわね。万が一負けたら笑いものになるってリスクはあるけれど」
国外の奴らが優勝候補とは、屈辱的なことだな。
「姫様が出るまでもない、と言いたいところですが俺が言ったら弱気な発言ですかね?」
「どうせ出てこないと思うわよ。それほどの実力差があるわね」
「それなら気兼ねなく優勝できますね。……仮に姫様倒して優勝したらフォロー頼みますよ?」
「その時こそ恩赦を頼み込めば良いじゃない。前科があるからきっと大丈夫よ」
それはなんともハイリスク・ローリターンな話だ。
「パートナーからしてみたら理不尽この上ない条件だ」
「あらさっそく泣き言? ……あ、どうやら姫様のご登場みたいね」
周りの侍女達が慌しい雰囲気になっていると、扉が開き、一人の少女が歩いてくる。
賑やかだった会場は一瞬で静かになり、その一人の美しい少女に釘付けとなっていた。
ウェーブのかかった長い金色の髪に、青い瞳、十六歳には不相応なスタイルは確かに誰かが言っていたように並の芸術品の類は見劣りするかもな。




