宣言
「後一つは……やはり特に思いつかないのでやめておきましょう。他の二人も願いを一つしか叶えてもらっていないわけですからね」
王様に叶えてほしい願いは無い。あったとしても自身の力で成し遂げるべきだ。少なくとも俺にはそれが出来る力がある。
「遠慮する必要はないぞ? 滅多にあることではない機会をふいにしたら後で悔いが残るであろう?」
いや、正直な話、後悔しうる一切の要素は無くなった。やはり断ったほうが……いや、自分から言い出したことに対して断るってどうなんだ? いやいや、そもそも俺は二つの願いを言ったのだから文句を言われる筋合いは無いはずだ。
「いえ、もう悔いはありません。それに陛下から褒美を賜る機会もこの国では多分に存在するようですし。……恐らく、陛下とは近日中に再び謁見の機会に恵まれるでしょうからね」
この言葉に王様は不思議そうな顔を浮かべる。
「もう一度余と合間見えると? それも近日に」
そのとおり、クラウディア先輩の話では大会に優勝すれば王様から褒美がもらえるそうなので。
その時に会うことができるだろう。
「はい。今月中にもう一度」
「今月……たしか今月は風霊祭の開催月だったな?」
確かそんな名前だったか? だが名称なんて俺には関係ない。向かうものは全員倒す。それだけだ。
「はい、そのとおりでございます陛下。四季の始まりの月に、つまり一年に都合四回の大会、通称四霊祭が開催されます。今月はそのうちの一つ、風霊祭が開催されます」
老人がすぐさま答える。
一年間に四回……つまりクラウディア先輩は八回もの優勝のチャンスを掴み損なっているということか。
ならば今年の大会を制することは彼女にとっての悲願。それを果たしてこそ先輩への恩返しとなるだろう。姫様誘拐の情報提供、そして姫を助け出すための協力。二つの恩に報いるとしたら二つの大会の制覇以外にありえないだろう。
「そうだ。世界中から選りすぐられた魔術師達が集い、その実力を競う。国の威信を賭けた大行事だ。その優勝者が我が国の者ならば余がその者に褒美を出すという仕来りが代々受け継がれておる」
代々……ということは相当に歴史と格式のある大会なのだな。
「そのとおりでございます。つまり今月中に陛下に謁見するにはその大会を制するということになるかと」
そのとおりだ。逆に言えば、それさえ出来れば王様に謁見できるということだ。言葉だけならなんとも簡単なものだな。
「ほう、面白い。この場で世界の頂点に立つと言うのか」
王様が俺に聞いてきた。
「それができなければ恩に報いることはできないので」
正直に答える。ここを曲げたら今この場で言った意味が無いからだ。絶対に優勝するしかない。その状況を作れば必ず俺に反発するものが出てくる。そいつら全員を蹴散らした上で優勝しなければ絶対王者とはなれないし、そうでなければクラウディア先輩にとっても自慢にならないだろう。
「恩に報いたい……か。たしかにそれが望みならば余は座して待つ他あるまいな。……天蓋よ、今この場には風霊祭に出場するであろうものもいる。そして何より王たる余がいる。それを理解した上でその言葉を口にするのだな?」
「はい」
即答した。むしろ王の目の前で宣言しなければ実現しても有言実行でしかない。それだけでは弱すぎる。
「ふ、ふはははは! 面白い! 面白い男だ! おぬしらもそう思うであろう!?」
大声で笑いながら他の者達に聞いて回る。周りの顔色はさまざまなものだが、全体的に俺に対して悪い印象を持っているようだ。
「天蓋とやら。大法螺を吹くのも良いが場所と相手を選べよ。ここには前年度の風霊祭の覇者チャペル学園の者もいる。ましてや今年は姫様も在籍しておるのじゃ、おぬしの言葉はその者達全員を下すという意味じゃぞ。そしてもし覇者となることが出来ねば、おぬしは陛下に虚言を申したことになる。武功を為したからといって図に乗ると後で痛い目に遭うのはおぬし自身だということを忘れるなよ」
老人が俺に語りかける。痛い目に遭うなら遭わせてもらおうじゃないか。そうでなければこっちもフェアな戦いにならない。
「それじゃあ足りないんですよ」
「なに?」
「あまりにも足り無すぎる。警戒されている。敵意にさらされる。まるで足りない。その程度の瑣末な障害を乗り越えただけでどうして恩に報いたことになるのか? 総てを力でねじ伏せ、頂に立つ。そうでなくて誰がロレット学園剣術部の世界最強を認めるのか。私は証明しなくてはならない。自身の最強を、所属する組織の絶対性を!」
俺はさらに他の人たちを煽った。傲慢だろうが自惚れだろうが言い切らなければならない。その思いに駆られていた。
「ロレット学園剣術部……それが恩を受けた相手か。よく知っておるぞ、その者に礼をしたいのだな? そしてそれは運が良かっただとか奇跡だとかの飾りがあってはならないと」
どうやら王様には俺が誰に優勝の栄華を捧げたいのか察しがついたようだった。
「陛下」
若い騎士が王様に呼びかける。俺の無礼な言葉を咎めるつもりなのだろう。確かに俺の言葉は完全にここにいる全員、いや、風霊祭に出場する者全員を見下した発言だ。それは必然的に姫様の侮辱でもあると取られかねない。実際にほとんどの者がそう感じているだろう。
しかし、王様はその意図を読み取った上でその騎士の言葉を遮った。まるで今更わかりきった事を言うなと。そういう表情だった。
「余を謀ることにならぬことを心より願っておるぞ。そしてそなたの願い……全力で阻止することこそがそなたへの礼節へと心得た! 余の名の下に命じる! なんとしても、どのような手を使ってもロレット学園の風霊祭の優勝を阻止せよ!」
力強い、それでいて威厳に満ちた声で今ここにいる者たち全員に命令を下した。俺が絶対に優勝できないようにする、それが王様にとっての俺に対して出来ることなのだろう。
そしてその王命は、俺に対する最大の賛辞なのだと俺は受け取った。やはり戦いとはこうでなければならない。神聖な決闘とは全身全霊を賭けて挑まなければならない。お互いのプライドを賭けて戦い勝者は栄光を、敗者にはその人生に汚点を。そうして初めて戦いは意味を持つのだ。
「は! ははぁ!」
全員が片方の膝をついて、王に傅いた。今この瞬間からここにいる全ての者が俺の敵となった。これこそが俺の望んだことだ。
「よし、そうと決まればそれはそれ、これはこれ、すぐに宴を始めようではないか」
王様がそう言うと臣下達が扉を開き、王様は玉座から退出した。
部屋の中にいた人たちもどんどん部屋から出て行く。
「天蓋君……君はとんでもないことを言ってくれたね」
アレンさんが俺に話しかけてきた。その表情は恐ろしい化け物のいる場所へと赴く人を見るかのような表情だ。あるいは決してやってはいけないことをやってしまった奴を見ている表情だ。
「そんなにもまずいことですかね?」
「理解してないのかい!? 君が言ったことはこの国にいる魔術師を敵に回す発言だよ!? ああ、違う。ロレット学園にいる少数は味方するかもね。とにかく、君は世界中から集まってくる魔術師達と戦うって言うのに国からの支援を自ら蹴ったんだよ! これが何を意味しているかわかっているのかい!? 本来協力しあえる人たちを敵に回したんだ!」
世界を敵に回したぐらいで負けてたらインドラに殺されるよ。いくら人間に転生しててもあいつは多分許してくれないだろうな。
「何を馬鹿なことを……仲良しこよしで世界を制するとでも言うつもりですか? そんな甘えた考えで勝てると思っているからクラウディア先輩が重責に悩むことになるんですよ。俺に対して憎悪を燃やす、大いに結構、近年この国の魔術師の質が低下している事実を是正できるならば喜んで敵となりましょう」
「それは違う! 君は勘違いをしている。確かに最近のこの国は弱体しているといわれているが、それは大きな誤解だ。真実は他の国がここ最近で異常な程強力な魔術師が誕生しているんだ」
異常な程? 何かの予兆か?
「それは例えば、どういう人物なのですか?」
「ミリア様もその一人だといえるだろう。六歳のころにはすでに魔術師として十分な力を持ち、十歳の時には王宮騎士団の団長を倒したとか、そういう話ならきりがないってレベルだ。他の人たちもそんな感じだ」
なるほどな、ということはボルドフ姫もその例外の一人か。
あのレベルが多く出場するとは……心躍るな。
「大人顔負けの実力者ぞろい、というわけですね」
「そうだ! そういう少数の人たちが大会を席巻してしまったから相対的に弱く見えるだけで、全体的にはむしろ強くなっている」
「だが国民はそう思わない。その時点でクラウディア先輩にとって重荷だとは?」
「それは……」
アレンさんは口ごもる。やはり支配者の目線では見ていないようだ。
「基本的に人は主観でしか判断出来ないんですよ。大衆世論は客観ではなく主観の集合、弱いと思われている時点で問題にすべきことだ」
「あら、政治の話は社交界ではタブーよ」
クラウディア先輩が話しかけてきた。
「政治の話なんてしてませんよ。だいたいそういうことは貴女が考えることだ」
「私だってまだ早いわ」
なんか裏で暗躍してそうなんですがね。
「そうですかね? それより、大会に優勝すればちゃんと退部にしてくれるんでしょうね?」
一番重要なことを質問した。ここを反故にされたら堪ったものじゃない。
「そこは信用して頂戴」
「それを聞いて安心しました。二つ制したら辞めますからね」
「二つ? 二つも参加してくれるのね?」
「ええ、借りは返しますよ。どういう性質の借りであっても」
「ふふ、そう、嬉しいわ」
先輩は顔を紅潮させながら笑顔で返した。
「それより、早く案内してくださいよ。この王宮迷路みたいになってるんですから」
「それもそうね。ちゃんとついてくるのよ?」
俺達は先輩の案内されるがままに歩いて行った。




