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崩天蛇神の秩序維持  作者: てるてるぼうず
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一騎打ち

「ペルケニルの吸血鬼!? 何故こんな女が誘拐事件に関わってくるんだ」


 交渉人が非常に驚いたような顔で聞いてくる。


「ひどい言い様ね。私はただ与えられた任務をこなしているだけなのに」

「姫様の護衛を皆殺しにしたのもお前か?」

「違うわ。見ればわかるでしょう?」


 それはつまり一目で分かるような殺し方をしているってことだよな?


「じゃあまだ門番一人しか殺してないって訳か」

「ええ、そしてあと一人で十分よ。とても素敵な出会いをしたの」


 とてもじゃないがこれから殺し合いをしますって顔じゃないな。それに『まだ一人』ってどういうことだよ、縁起でもない。


「一応聞きますがあの賛歌は流しっぱなしですか?」

「止めておいてあげたわよ。そのほうが貴方にしてみたら好都合でしょう」


 やはりこっちの作戦を読んできているか。


「気前が良いんですね」

「だってそうしないとゲームにならないでしょう? もっとも私が戻ったらすべて台無しよね。だから貴方は私を生かして帰すわけにはいかない。フフ、すごく楽しみ」


 予想通りだな。ゲームという表現を使ったのは正解だった。なぜならゲームに参加するという選択をした以上最低限のルールを守る必要がでてくる。

 そもそも殺し方に拘りがあるところを鑑みるに、こういう女は確実にプライドが高いタイプ。こちらの意図を汲むことで自分の優位性を誇示してきたか。だからこそあえて自分が負けた時、俺が望む結果になるように場を調整してくれた。


「楽しみ? 被虐願望でもあるんですか?」

「それもあるけど……それ以上に貴方の温かい血を浴びるのが楽しみで仕方ないわ」


 今すごいこと言ったなこの人。


「そう思うならなぜ斬りかかって来ないんです? 出会いは一期一会、この一瞬を軽んじると取り返しの付かないことになりますよ」

「私としては是非貴方とお話したいわ」

「話なんて拘置所での面会時間にでも出来るでしょう」

「随分な自信ね。それって私のことを逮捕するってことよ?」


 当たり前だ。俺は全員生け捕りにするつもりなんだから。


「その通り、貴女一人に構ってるつもりはない。アレンさん、貴方たちは早くここから逃げてください。この女の狙いは俺一人です」

「だ、だが君一人を置いて逃げられるわけないだろう!?」


 そう言う彼の手には剣が握られていたが、恐怖で震えているようだ。


「別にかっこつけなくても良いのよ? 貴方たちは特別に見逃してあげるわ。それに貴方も、手枷をつけたままじゃつまらないわ」


 ああ、そういえばまだ手枷を外してなかったな。俺はすぐに手枷を引きちぎった。


「貴方方では手に余るでしょう。彼女の気が変わらないうちに貴方たちだけでも逃げてください」

「……絶対に生きて帰って来いよ」


 俺は何も応えずに敵の前に立ち、彼女を見据える。彼らが一目散に騎士たちのいる方向へと走っていくのが、足音でわかる。


「これで条件はフェアだし、この期に及んで小細工なんてしない。一対一(サシ)でやろう」


 この言葉に彼女の理性は吹き飛んだのだろう。恍惚の表情を浮かべながらナイフで俺に斬りかかってくる。瞬時に大地を踏みしめ、一切無駄のない動きで俺の頸動脈へとナイフが向かってくる。紙一重とはいっても明らかに間合いが届いていない。威嚇かと思ったが、その考えは俺の着ていたシャツの襟が綺麗に切断されたことで払拭された。刃は触れていなかったのに何故……?


「……! フフフ、本当に素敵」

「そのナイフ……見た目通りの刃渡りじゃないな」


 透明な刃が覆っているのか……違うな、マナで刃を構築しているのか。だとしたらナイフをへし折っても無意味か。


「こんな素敵な方は生まれて初めて。貴方なら私の空洞を満たしてくれるかしら!?」


 空洞? なんの話だ?


「生涯最後の戦いかもしれませんよ、悔いの残らないように全力で来たらどうです?」

「貴方こそ武器はいいのかしら? 少しぐらいなら待ても出来るわよ? ああでもお預けは我慢できないわ!」


 そう言うやいなや再び俺に斬りかかってくる。おい待てはどうした? 秒単位かよこの駄犬。


「必要ないな」


 掴みかかろうとするが、華麗なステップでかわされる。そしてバックステップをしながら俺の右腕に斬撃を加えてくる。制服の袖がシャツごと切り裂かれた。本来戦闘を想定されて編まれている制服を悠々と切るとは大層な切れ味だ。


「どうして!? 斬り落ちているはずなのに!」


 その言葉自体は、ありえないという困惑と疑念によるものだと言えるが、表情はそれとは大きく異なっていた。頬は紅潮しており、その眼は悦びに酔いしれているようだった。


「答える義理はない」

「つれないのね」


 果たして俺の言葉が伝わっているのか甚だ疑問だが、彼女は少しだけ目を細めるとその場でナイフを横に一閃した。


「何……?」


 本当に出鱈目な話だ。あんなに短いナイフを振るっただけなのに俺の制服がどんどんズタボロになっていく。それどころか近くにある岩もA5ランクのステーキの様にすんなりと切り分けられてしまった。


「何をそんなに驚いているの? 私のほうがビックリ!」


 その瞬間にナイフが俺の喉元に突き立てられる。これほどのナイフ術を扱うとは……、あと十一人、このレベルが残っていると考えるといささか残念だな。じっくりと争う時間が足りなすぎる。

 彼女を見つめると、ナイフの刀身を舌なめずりしていた。


「時間が限られているのが実に残念だ」

「逃してくれたらもっと楽しめるわよ?」

「それじゃあつまらないな」

「同感ね!」


 次は俺が攻める番だ。真っ直ぐに走って近づき彼女の頭を掴みに行くが、素早く体を横に回転させてその遠心力を利用しながらナイフの刃を俺の首の後ろ、つまりうなじだとか延髄とかの部分に見事に斬りつけてきた。ナイフの刃はその衝撃に耐え切れず根本から折れてしまうが、そんなことなど一切構わず俺から離れる。しかし、その程度の速度では俺は振り切れんよ。

 俺は地面をしっかりと踏みしめ、方向を再び定め直し、掌底をぶつけに行く。彼女はそれでも優れた身のこなしで回避し、その勢いを利用しながら近くに生えていた木を足場にして別の木へと跳躍していった。

 とは言え、それでも、俺にとってはあまりにも遅すぎる。常時雷の速度で攻撃と移動を行うインドラに比べれば止まって見えるどころの話ではない。

 俺の手が彼女の手首を掴むことはごく自然な流れで達成された。後は強く握りしめて血の流れを滞らせれば、必然的に握力は低下しナイフは彼女の手から滑り落ちるだけだ。


「これで詰みですね」

「こんな程度で諦めるとでも?」

「なんと言おうがすでに貴女の両手はナイフなんて掴めないでしょう」


 すでに紫色に鬱血している。このまま離してもしばらくは痺れて物は触れないだろう。


「手以外にも注意を払ったらどうかしら?」


 ハイキックが俺の顎を蹴りあげた。やはり手首を抑えても無駄だったな。それなら次は首を掴むだけだ。


「そんな脆弱な力で俺を倒せると?」

「……く」

「一応言っておきますが、これ以上頑張るとマジで後遺症が残りますよ」


 俺の警告も虚しく手を振りほどこうともがいているが、無駄な行為だ。このまま絞め落ちるのを待つか。


「がっ、……あっ」


 酸欠によって意識を失ったところで彼女を肩に担ぎ、ゲイルたちのいるところへと運んだ。


「天蓋! 無事だったか!」


 ゲイル達が駆け寄ってくる。


「ああ」

「本当に一人で捕らえたのか……ペルケニルの吸血鬼を」


 交渉人のアレンさんが驚いた顔をしている。他にも驚愕の表情を隠せずにいる人物が多い。


「少しばかり強情でしたが、さほど苦労はしませんでしたよ。それより修道服は準備できましたか」

「ああ、ここにある」


 そういうと俺に服を渡してきた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。さ、早く彼女をこちらに渡してくれ」


 少しばかり静止した。このまま渡しても良いのか? と一瞬考えがよぎったからである。


「その前に一つだけ条件がありますが」

「条件? なんだい、このタイミングで?」


 一呼吸ついて、続ける。


「この国の貴族や騎士たちは私情になど流されず、法を尊重する方たちだと信じてもよろしいんですよね?」

「それはつまり」

「正義感だとか国の面子だとか、個人の裁量で勝手に裁いたりしないと約束できますね? そして異端者だから殺していいだとかの無法を通したりしないと」

「そんなことをしなくても死刑は免れませんよ」


 俺の言葉に異端審問官のクレアさんが厳しい口調で答える。やはり俺の懸念したとおり、殺してもいいと思ってる奴が多いということだ。


「それでも未確定だ。一国の姫君の誘拐、魔王復活の為の行動、どれも重罪といえるでしょう。だが法治国家において私刑などありえないし、仮に死刑だとしても死ぬべきは今じゃないしここでもない。ましてやその判断を俺や貴方たちのような個人が決めていいはずがない。裁きは法の名の下に、それが条件です」


 きっぱりと断言した。もしここにいる人たちが、つまりこの国の中枢を担うであろう貴族や騎士の意思が司法制度より上にあると思っているなら、黙って渡すわけにはいかない。


「他に誘拐犯が何人いると思ってる!? 万が一のことが起こったら大惨事だぞ!」


 騎士らしき人物から怒鳴りつけられる。


「自分の立場をわかっての言葉ですか? この国で最も優れているであろう貴方たちが、国家の秩序も守れずに何が保障されると言うのです? 毅然と悪を裁けぬ正義に何の価値があると言うのです?」

「問題が発生してからでは遅すぎるんだぞ!?」

「なるほど、確かにそうなっては誰にも責任など取れるはずもない。だが防げるはずだ。貴方たちならば出来るはずだ! いや、出来なければならない! 秩序を乱すものを秩序に依って治められなければ、それは敗北と同じではないか!? 貴族の敗北が何を意味するかもう一度考えてみろ! テロ行為は今以上に激化するぞ!」


 俺の言葉にしばらくの沈黙。静けさを破ったのはクレアさんだった。


「つまり、この程度の事に強権を行使するようではこの先テロリストがこぞって真似をすると?」

「少なくとも、付け入る隙があると自ら吐露するに等しいことかと」

「黙れ! 貴様の言っていることは徒にこの場を混乱させているだけだ!」

「お待ちください! ……私は彼の言葉を尊重すべきだと思います」


 周囲にどよめきが走る。その反応は様々なものだった。


「正気ですか!? 万一のことがあったら」

「だが、もし全員を裁判に掛けることが出来れば、わが国の司法が磐石であることを民衆や他国に知らしめることが出来るぞ」

「危険な賭けだ」


 しばらくの議論の末、一人一人を然るべき場所に護送出来るならば裁判を受けさせ、その余裕が無ければその場で処する。という結果に落ち着いた。つまり完全に全員を戦意喪失させるか、行動不能の状態まで追い詰めなければならないというわけか。


「わかりました。ではこれから他の者を捕らえてご覧にいれましょう」


 そう言うと肩に担いでいた女を渡して、屋敷へと歩を進めた。


「待て! もうじき救出メンバーが揃う。なんなら君もそのメンバーに」

「いえ、俺は単独で彼らの数を減らしておきますよ。その方があなた達の負担も軋轢も減るでしょうからね」


 それだけ伝えると屋敷へと向かって行った。単なる生け捕りではなく、戦意喪失までさせるとなると今の俺では少々手に余るか。ならば、俺の本当の姿を見せる必要がありそうだな。

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