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崩天蛇神の秩序維持  作者: てるてるぼうず
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狩人の目線

「芝居というのは幽霊騒ぎをでっち上げたいんですよ」


 俺は騎士にそっと耳打ちをした。日の出とともに何処かへ移動する以上それまでに全員を生け捕りにするほかない。


「何を言えばいい?」

「適当にあたかも幽霊がいそうな演出をするので、それにあわせてください」


 緑髪の騎士は黙って頷いた。

 深夜になるまでまだ時間がある。それまでに色々と準備が必要だな。

 そうなると外の人たちの協力が欲しいところだが……。窓から外を眺めると、松明が見えた。どうやって外と連絡をつけるかだが……、駄目元で試してみるか。

 まずこういう状況での定番はモールス信号か? 下手に体を動かすとばれそうだから……瞬きで伝えられるか? とにかく試してみよう。

 『ヘ・ン・ジ・ヲ・ク・レ』と何度も繰り返して外へ伝えた。もし向こうにモールス信号を理解している人がいるなら何かこっちに伝えてくるはずだ。幸い敵のほうは狙撃を恐れて窓際には近づこうとしてこない。このチャンスを逃す手もないだろう。

 数分間ひたすら繰り返していると、外から松明の炎が動き始め、チカチカと光が点滅するのが見えた。

 モールス信号として解読すると『リ・ョ・ウ・カ・イ』と繰り返しているのがわかる。どうやら通じたらしい。

 このままモールス信号による通信を続け、時計台を鳴らすこと、そして置手紙を録音機に貼り付けることを頼んだ。手紙の内容は賛歌を一度止めた数分後さらに再生しろ、二度目の再生がゲームの合図だ。と書くように頼んだ。

 しばらく暗闇が続くと、了解との返事が来た。これで最低限のことは達成できたな。


「おい、食べ終わったなら速く片付けたらどうだ?」


 いわれてみたらそうだな。考え事をしていて、すっかり忘れていた。


「ああ、すみません。すぐに片して来ますね」


 そう言って立ち上がり、空の食器を運んでいると、クラウディア先輩と鉢合わせした。


「あ、どうぞ」


 先を譲った。特に理由はない。


「貴方の方が早かったわ」


 逆に譲られた。特に断る理由も無いのでそのまま先に食器を渡した。

 そうだ。先輩にも色々伝えた方が何かと都合が良いな。食器を渡して元の位置に戻るときに一言話しかけた。


「深夜に幽霊騒ぎを起こすのでフォローお願いしますね」

「わかったわ」


 これでいい。後は深夜になるのをひたすら待つだけだ。


◆◆◆◆◆


 深夜になると、この部屋に誘拐犯達がぞろぞろと集まってきた。見たことのない奴もいるな。総勢十二人か。


「交渉は決裂した」


 短い一言だが、はっきりとそう口にしていた。それと同時に他のメンバーにも緊張が走っていた。

 その後小声で何か会話をしているようだった。内容はわからないが、しばらく話をしていると、突然俺の方に注目してきた。俺がどうかしたのか? 少しざわついているが、まさか……こっちの計画がバレたか? どうしたものか、ここにいるのが全員だと盲信して一気に勝負を決めに行くか?

 そんな事を考えていると、例の旋律が流れてきた。その直後に誘拐犯の一人がウザったそうに怒鳴ってくる。他にもリーダーらしき人物がいくつか質問してきたが俺はなにも答えなかった。


「噂だ。無理に讃歌を止めるようとすると、不吉なことが起こると」

「そんなものを信じているのか? 誇り高き王宮騎士が?」


 全員が笑い始めた。その笑いには明らかに嘲笑が混ざっていた。

 案の定信じている奴は一人もいなさそうだ。実際そんな噂なんて無いんだから至極真っ当な反応だといえるだろう。


「怒るのよ、急に止めると」


 助け船を出したのはクラウディア先輩だった。


「へえ、誰が?」


 興味本位で一人が聞いてきた。一体なんて答えるつもりなのだろうか。


「殉教者よ」


 この一言でさらに爆笑が生まれる。

 しかしなるほど、殉教者か、確かにこの世に未練がありそうだ。それに異端者である彼らを憎んでいそうでもある。

 しかし殉教者か、そういう人が幽霊になって化けて出てくるのってどうなんだ? 騎士達も相当驚いている。


「な、何故クラウディア様が!?」


当然最も驚いていたのは俺が芝居を頼んだ緑髪の騎士だ。俺が細かい事情をあえて伝えておかなかったのは、そもそも真面目な騎士では単純に演技が下手そうだったからだ。


「知ってるわよ、噂だけど。確か非業の死を迎えたと聞いているわ」


 流石に政治家の娘だけあって嘘に淀みがない。いや、しかも噂で聞いた話という表現を使い予防線を張っておくことで、本当に嘘をついていないかのような演出までこなしている。


「じゃあ、あれか? 敬虔な信者が今もこの屋敷にいるって? 天に召されず? それじゃあさぞかし恨んでるだろうぜ、お前たち信者を」


 確かにその通りだ。俺ならここで話の整合性を繕うために少し間を作ってしまうだろうな。


「他の者達を守って死んだのよ、その殉教者は。そして今も守っているのよ、その殉教者は」


 適当にそれらしい理由を作ったな。しかしそれにしても頭の回転が早い、恐らく口喧嘩で彼女に勝てる奴は少ないだろう。


「バカバカしいな、とてもではないが信じることは出来ない」

「わかったわ。私がコードを切りに行くわよ」


 やはり最初に動くのは貴女か。この中で最も俺の行動の意味を理解しうるのはこの人しかいないだろうからな。その後仲間たちと何か会話をしているようだったが、結局彼女が二階まで行ってコードを切ることになったようだ。

 そしてこちらの思惑通り一度停止した旋律が、数分後再び流れ始めた。

 当然誘拐犯たちは騒ぎ始める。ここまでは俺の予想通りだが、ここで少し予想外のことが起こる。

 なんとあの女を探しに二階へ出向くという動きをし始めたのだ。いくらなんでもその判断は早計すぎるだろう。これが罠ならばすでに一人が捕まっている状態なんだぞ? なぜここまで迅速な判断が採れるというのだ? それ程までにあの女がこっちの罠に引っ掛からないという確信があるのか。

 まずいな……どうにかしてこいつらをこの部屋に釘付けにしなくてはならない。

 やむを得ないな、枯渇能力でガラス表面の水分を乾かしたり戻したりするか。流石にこれだけ人数がいたら一人ぐらいは窓ガラスが曇ったり乾いたりしていることに気づくだろ。


「なんだ? あれは」

「どうした?」

「窓の向こう側……、何かいないか?」


 よし、さっそく気づいたな。窓の外側に何かいたら一旦立ち止まる他あるまい。

 誘拐犯のうちの一人が窓に近づいてくる。


「馬鹿! 窓に近づくな! 外には敵がいるんだぞ!」


 リーダーらしき人物が思慮深くて助かるよ。何かの気のせいだと思われてしまうのは非常に困るからな。


「おい、誰か窓を開けて確認してくれ。もちろん嘘なんてついたら容赦なく粛清を行う。少しでも長生きしたいなら、大人しく従うんだ」


 まあ、そうするしかあるまい。敵が近づいているのかどうか確認せずにこの部屋の人数を減らすのは自殺行為だからな。


「俺が確認しよう」


 これで上手いこと幽霊がいるかのように演出できれば奴らの行動を色々牽制できるはずだ。


「そうか、……名前は……」

「……素良天蓋だ」

「そうか、素直にしていれば何もしないよ」


 それは実に助かるよ。

 さて、さっさと窓を開けたいところだが、それは怪しすぎるか。


「窓の外には誰もいないと思うが……。ああ、いや、正確には誰かがいるようには見えない、だな」


 実際近くに人がいるはずないからな。


「ちゃんと窓を開けて確認しろ」


 むしろ開けていいのか?


「それは構わないが……罠だったら、催涙弾か何かを投げ込まれるかもしれないぞ」

「そんなことはどうでもいいから、ゆっくり窓を開けて確認してくれ」


 俺は言われた通りに窓を開けた。まあここで嘘を言う理由もないか。


「近くにいるのは……フクロウが二羽、木に留まっている。それに蛇が一匹壁にいるな」

「それ以外には?」


 何もないように見えるが、一応上下も見てみるか。下を見ると深い堀があるのがなんとなくだがわかる。


「お、おい……気をつけろよ?」


 どうせ落ちるつもりなんですから多少無茶な体勢の方がいいんですよ。


「大丈夫ですよ、これぐらい……ん? あれは……」


 上を見上げてみると、あの女が満面の笑みでこっちを見下ろしているのが見えた。

 いや、怖えよ。こっちの意図を読んでくれたのはわかるが……いくらなんでも俺の行動を読み過ぎだろう!? 何で俺が窓から首を出して、上を見上げるとわかったんだ!?


「な、何だ!? 何を見つけた?」

「よく見え……えっ」


 突然の質問に何とか間を置かずに応えることができたが、上に気を取られすぎて下への注意が疎かになっていたのか、手を滑らしてそのまま落ちた。

 クソ、何かがいるかのような演技が出来なかった。落ちたあと地面を見ると、槍だとか棘だとかが上を向いているのがわかった。どうやら上から落ちてきた奴を串刺しにするためのものらしい。

 さっさと這い上がって向こうの連中と合流することにした。何せ幽霊の正体は殉教者だから、それなりの格好をしなければならない。


「おい、天蓋!」

「ゲイルか?」


 屋敷の近くに隠れていたゲイルと合流した。他にも何人かいるようだった。


「あなた方は?」

「交渉人のアレン・ローレンスだ。彼らは私の部下たちだよ。時間が惜しいから挨拶は抜きにしよう」

「そうでしたか。素晴らしい交渉術でした。俺の名前は」

「聞いているよ、天蓋君」

「それなら時間が押していますので率直に言いますが、修道服を一着用意してください。それからさっき幽霊騒ぎを起こしたのでそれらしい事を誘拐犯たちに伝えてください。内容は俺が落ちたのは何かが俺の手を掴んだからとでも」


 俺の要求に即座に了承してくれた。


「わかった。それからまずいことになっているんだが、応急の連中が再び救出チームを編成しているようなんだ。恐らく夜明けと同時に突入するつもりらしい」

「それでは間に合いませんね。急がせてください。奴らは夜明けと同時に逃げるつもりです」

「止めないのか!? 人質に危害が及んだら」

「それまでに俺が戦意を削ぎ落としておきますので、メンバーは短絡的な行動をしない人たちで厳選してくださいね」


 言いたいことを言い終わったのでさっさとあの女を捕まえに行くか。


「あら、ゲームはもう始まっているのに随分と呑気なのね?」

「な!? あ、あんたは!」


 驚いたな……まさか自分から来てくれるとは。


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