噂話
「カンケル、そろそろ見張り交代の時間だぞ」
俺の事を呼びかける声が聞こえた。時計はもうすぐで深夜をさすころだ。
俺は仮眠室として利用している部屋から自分の持ち場である人質のいる部屋へと向かう。
「何か異常はあったか?」
俺は同志であるタウルスに確認を取る。大柄で筋肉質な男だ。事実力の方も誘拐チームの中じゃ一番だ。
「いや、特にはねーよ。ただあの女……スコルピウス、そろそろやべーなあれは」
「おいおいまだ二日と経ってねぇだろ!?」
嘘だろあのシリアルキラー、もう殺人衝動が始まってんのか。
「ああ、全部あのガキのせいだ。人質の立場で平然としやがって」
「人質? 自分から来たっていう奴か」
タウルスは鼻を鳴らしながら答える。
「ああそうだ! 何考えてんだかよくわかんねー目つきしやがって。まばたきだってしやがらねぇ!」
「リーダーも相当警戒してたぜ。下手すりゃ儀式の供物を葬られるとか何とか」
俺と同じく休憩していたアリエスが口を挟んできた。
つーかいきなり縁起でもねーこと言いやがって、マジでそうなったら俺たちの今までの計画はどうなるんだよ。
「その心配はいらねーだろ。何せあの殺人狂に目をつけられたんだ、間違いなく次の獲物はあのガキで決まりだろーよ」
じゃあ、今あの女は獲物の前で見張りやってんのか? 明日の日の出まで我慢できんのかよ。
「今人質を見張ってるのはスコルピウスとゲミニか」
「ああ、リーダーのレオがウィルゴを人質の見張りに参加させるって言ってたぜ」
あいつまで見張りに駆り出されるのか。まああと数時間で目的達成なんだから最後まで油断するなってことか。
「あともう少しなんだな」
「ああ、だからさっさと見張りに行け」
俺は黙って頷くと人質のいる部屋へと向かった。
◆◆◆◆◆
俺は人質のいる部屋に入るとまず人質の人数を数えた。現時点での人質の数は六人、その全員がちゃんとこの部屋にいることを確認すると見張りをしている同志ウィルゴにあいさつをする。
「あと少しだな、気を抜くなよ」
「それはこっちのセリフよ」
相変わらず素直じゃない女だ。少しは愛想をよくしたらどうだよ。
「たく、……それで? スコルピウス姐さんがご執心だって言う奴はどの人質だ」
「騎士の装備をしていないあの男よ」
ウィルゴの指差す方角を見ると、確かに騎士には見えない男が座っているのが見えた。
この部屋の照明は外にいる敵からの狙撃をさせないために、あえて暗くなるように、それでいて部屋の中の人質が動けばすぐにわかるような明度を維持している。
そんな部屋の中で例の男をすぐに見分けることができたのは、あの男が窓際に腰掛けており、月明かりに照らされているからであった。
褐色肌に黄色い瞳という、遠目から見てもこの国の人間ではないことは一目でわかる風貌をしていた。
「ま、あの男は何かしようとしてもどっかの殺人狂が相手してくれるだろ」
「ええ、よりにもよってあの人に気に入られるなんて、不幸な男ね」
俺はスコルピウスのいる方向に目を運ぶ。当の本人は一見すると気品に満ち溢れた麗人と言っても差し支えのないほどに、優雅にシャンパングラスを手に持っている。目的が達成されるまで全員に禁酒の戒律が設けられたので、多分中身はただの水だと思うが、それでもこの薄暗い部屋の中でシャンパングラスに口を運ぶ動作は実に妖艶であると言わざるを得ない。
俺達のなかにも、あの姿を見たら心を奪われる奴がいるな。幸い今は侵入者を防ぐための罠を確認している最中だからこの部屋にはいないが。
そして、あろうことか人質になっている三人の騎士達の内の二人がスコルピウスに釘付けになっている。
俺たちへの恐怖、憎悪が閉鎖された空間の中で、いつしか共感、ないしは何らかの倒錯が始まる。所謂吊り橋効果、というやつか。それがいよいよ始まろうとしていた。
確か恐怖心が興奮を生み出し、その恐怖心と興奮が混ざり合い、頭がパニックになり、防衛本能だかなんだかが、その興奮を恋愛感情によるものだと錯覚してしまう現象だったか?
確かにあの女が相手だったらそういう感情を持つのも頷けるか。何も知らなければな。
俺はあの女と何度か同じく行動を共にしたが、正直身の毛もよだつ経験を毎回味わった。特にあの女が酒を飲んだ後は決まって血の海が出来上がるのだから、その時のこっちの気分は最悪だといえるだろう。いくらあの女が『マナを愛する者達』の中でも随一の実力者とはいえ、何度も何度も惨殺事件を目の当たりにしなくてはならないこっちの身にもなってほしい。
「なんでスコルピウスはこの教団に入信したんだ?」
とてもじゃないが何か信心があるとは思えない。いや、それ以前に明らかに集団行動や組織というものに馴染めないタイプだろう。
「聞いた話だと、教祖様自らが招きいれた人物らしいわね。素晴らしきはあのような殺人狂すら説き伏せて心酔させてしまう教祖様の御力ね」
ふん、何が心酔だ。あの女が教祖様とやらを崇拝している瞬間など見たことがないぞ。
「俺は一度も教祖様にお会いした事がないんだがな。お前はどうだ」
「私もお会いできたことはない。だがもしも使命を成し遂げれば、あるいは……」
使命、ね。俺から言わせれば任務でしかないが。
「教祖様と面識があるのは二人だけだったか? リーダーのレオとスコルピウスの」
「ええ」
「それでか? あの女の凶行が許されているのは。正義なら何やっても良いってか。大して変わらんな」
そんなことを言っていると、部屋の扉が開き、他のメンバー達が全員集まってきた。
「交渉は決裂した」
ただ、その一言だけだった。
一言だけ、部屋に入ってくるなり言ったセリフはそれだけだった。
そのリーダーの言葉ひとつで、俺たちのやるべきことはただ一つに定まった。つまり日の出まで供物を死守せよ、だ。当初のやるべきこととなんら変化のない、要するに他の雑用が全部片付いた、それだけのことだ。
「この部屋で夜を開ければ全てが終わりだ。全員、気を抜くなよ」
全員が大きい声で返事をした。俺を含めた十二人全員、みんながさらに緊張し始めているのがわかる。
供物……いや、姫君の様子を見てみると酷く怯えているのがわかる。近くにいる人質、たしか大臣の娘だったか? そいつの手をしっかりつかんだままだ。 息を呑むほどの麗しい顔は、うつむいていている為よくわからないが。もっともこの薄暗さじゃあ、顔を上げていてもわからんか。
「他の人質はどうする?」
ピスケスがリーダーに質問した。
「このまま放置しておいてもいいが、しかしどこから情報が漏れるかわからんからな。全員ここで皆殺しにするしかないのかもしれないな。やむを得ないが」
何がやむを得ないだ。初めからそのつもりなんだろう? でなきゃ何故スコルピウスやタウルスをこのメンバーに入れたんだ。完全に諜報工作など度外視の、殺しが専門じゃないか。
「待ってたぜ、その命令を」
「獲物の振り分けはどうしたらいいかしら? 出来れば是非、この手で切り開きたい人がいるのだけれど」
案の定二人の目の色が変わる。また惨殺事件か、吐き気がする。
「それは二人で分け合えば良いだろう。ただし時間がない上に奇襲もあり得る。迅速に一撃で、だ」
「そいつはないだろう」
「駄目だ。殺すだけだ。それ以外何もするな」
リーダーの強い言葉にタウルスも渋々といった感じで引き下がった。女のほうはさっきから殆ど表情を変えていない。すでにどう殺すか決めているのか、それとも夜からずっと考え続けているのか、それは判断できんが。
「じゃあ、善は急げだな」
タウルスがそういうと騎士たちの中から一番弱そうな奴に近づいた。
「まずは、こいつからだ。楽しみは最後まで取って置かなきゃなぁ。お前は誰が良い? 大臣の娘以外なら誰でも良いぞ」
やっぱりそいつ狙いか。相変わらず悪趣味な奴だよ、相手は未成年だというのに。こいつは死んだら間違いなく地獄行きだな。
「私は褐色の彼だけでいいわ。後はいらない」
周りが少しだけざわつく。そりゃそうだろう、こいつが獲物を厳選したなんて噂話でも聞いたことがない。いつもどれだけ多く、って考えている女だと思っていたが。
「ずいぶんな入れ込み具合じゃねえか? それとも何か変な物でも食ったか」
「彼を切るその前後で刃を汚したくないのよ。ちゃんと凶器を飾らなきゃならないのに、汚しちゃったら元も子もないじゃない」
それはずいぶんと気に入ったようだな。同情するぜ、あの男。
そんなことを考えていると、突如聞いたことのある旋律が流れてきた。夕方、食事の直前に聞いたあの賛歌だ。昨日はこんな時間に流れなかったが、何故?
「また忌々しい曲か!」
タウルスが大声で吠える。相変わらず耳障りな汚い声だ。
「どういうことだ? 何故今この曲が流れる?」
リーダーが人質達に話し掛けるが、全員知らないと首を振るだけだった。
「なら何故流れる!? 何かの策か!?」
「そんなはずはない! 姫様の無事が確約出来ない状況で我々に出来ることなど何もない」
「じゃあ、説明してみろ!」
「それは、よくわからないが、もしかしたら二階の時計に問題があるのかもしれない。これが狂っているか、時計と連動している録音機にトラブルのせいで誤作動を起こしているのかもしれない」
「誤作動だと!? そんな話を……いや、まあいいだろう。どうしたら止まる?」
リーダーは怒りを突然沈めると、冷静に聞き直した。恐らく何か策があったとしても冷静に対処すれば問題ないと判断したのだろう。
「この明るさでは修理は無理だ。時計と繋がっているコードを切断すれば物理的に停止するはずだが……」
そこまで言ったあと、急に口ごもる。明らかに何か隠しているな。
「だが、なんだ? 隠し立てすると……」
「噂だ。無理に賛歌を止めようとすると、不吉なことが起こると」
「そんなものを信じているのか? 誇り高き王宮騎士が?」
周りから嘲笑が出てくる。残りの二人の騎士も横目で見ている。
そして、その笑いを止めたのは大臣の娘の名前は確か、クラウディア様とか呼ばれていた女だ。
「怒るのよ、勝手に止めると」
「へぇ、誰が?」
「殉教者よ」
その一言で一瞬だけだが、沈黙するが次の瞬間爆笑に変わった。
「誰!? 誰だって!? 殉教者!? ははは! 面白い冗談だ」
普通誰がどう考えてもあり得ないと思う。無論、人質の方もまさかの言葉に唖然としている。当然だ、この状況で冗談を言えるなんて相当ふざけた心臓の持ち主でなければ出来ない。
しかし、その中で一人だけ、他とは違う動揺の仕方をしている騎士がいる。
迷信を信じている騎士だ。
「な、何故クラウディア様が!?」
「知ってるわよ、噂だけど。確か非業の死を迎えたと聞いているわ」
「じゃあ、あれか? 敬虔な信者が今もこの屋敷にいるって? 天に召されず? それじゃあさぞかし恨んでるだろうぜ、お前たち信者を」
ピスケスは減らず口を叩いた。まあ、言われてみたらまさにその通りの話だが。
「他の者達を守って死んだのよ、その殉教者は。そして今も守っているのよ、その殉教者は」
「バカバカしいな、とてもではないが信じることは出来ない」
「わかったわ。私がコードを切りに行くわよ」
スコルピウスが突然言い始めた。
「罠かもしれないのにか?」
「だから、私が行くんじゃない。あなた達じゃ引っ掛かりそうだもの」
「……わかった。場所は把握しているか?」
リーダーの問い掛けに無言で頷くと、そのまま二階へと上って行ってしまった。
その後、数分で旋律は突然止まり、コードが切断されたのだろうと皆はそう思ったが、彼女は何分経っても降りては来なかった。
まるで、さっき流れた旋律は彼女の為のレクイエムであるかのように。
そして数分後、この屋敷のどこかからか、再びあの旋律が流れ始めた。
あたかも、殉教者が奏で始めたかのように……




