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崩天蛇神の秩序維持  作者: てるてるぼうず
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プライド

「とにかく、あなた方が大人しくしていれば問題も悲劇も発生しませんよ」


 俺は騎士たちに適当に警告の言葉を口にした。果たしてこの言葉に従ってくれるのかは甚だ疑問だが。


「おい、これからお前たちに食事を運ぶ。変な真似をしたらこの部屋が死体置き場に早変わりすることになるからな。ゆっくりと一人ずつ取りに来い」


 この一言で再び部屋内部の空気が変わり始めた。とりあえず騎士達が張り詰めていた緊張の糸はぷっつりと切れたようだ。

 言われたとおり一人ずつ食事を取りに行った。


「一応聞いておきますが、一体誰が調理したんですか?」

「私よ」


 俺の問いに答えたのは背の高い美しい女性だった。第一印象は妖艶な、あるいは魔性の、といった感じか。藍色の髪がなんともいえない怪しさを醸し出していた。室内でありながら外套を羽織っているのは、武器を隠し持っているためか、それとも自分の間合いを悟らせないためか。


「貴女の手料理でしたか。食材のほうは納得してもらえましたかね?」

「ええ、何の問題もなかったわ。むしろどれもこれもが一級品で驚いたわね」

「王室御用達というやつですかね。とにかく、食材の方には何も小細工はしていないということがわかっていただければ結構です」


 それだけ言って料理を貰い受けた。その時である。彼女から独特の匂いが、しかしよく嗅いだ事のある臭いがしたのだ。

 鉄の臭いは間違いなく血液によるものであり、さらに微かだが脂肪の匂いも残っている。俺が今回運んだ食材の中には確かに肉類もあるにはあったが、どれも食用に育てられた家畜であり、当然血抜きもなされていた。そもそも体に脂の臭いが残るほど料理を頻繁にするなど、彼女のようなテロ生活では考えづらい。

 つまり答えは一つ、この女誰かを斬ったな? それもその臭いが落ちていないことから、ここへ閉じ込められる直前、つまり昨日の今朝方に大量の返り血を浴びたということだ。それが多くの人を斬ったからなのか、わざと返り血を浴び続けたからかはわからないが、前者ならば相当な手練であることがわかり、後者ならば相当猟奇的な嗜好の持ち主だ。

 どちらにしても緊急事態に対して即決で行動できる思考回路と行動力をもっているな。こういう何が起こるかわからない状況では、一番行動の読めないタイプだ。


「どうかした? 動きが止まっているけれど」

「いえ、何でも」

「本当に? 本当は気づいたんじゃない? 私と貴方は同じ匂いがする。一目見たときから感じたわ。貴方は同類だって」


 俗に言う『におい』で分かる! というやつか。もっとも快楽殺人鬼と俺を一緒くたにされるのは心外だが、一般人からしてみたらどっちもゲロ以下のにおいがプンプンするだろうな。


「結果的に同じになるからって、同類呼ばわりはゾッとしませんね。俺は戦いとかに楽しさは感じても、悦びや心地よさを感じたことは一度もない。そもそも貴女が望んでいるのはゲームのような高度な競い合いであって、俺が望むような原始的な争いとは似て非なる全くの別物ですよ」


 とりあえず相手の言った言葉に対して訂正の言葉を口にした。


「流石。私とは初めて会ったばかりなのによく分かってるわね。やっぱり、貴方とは別の形で出会いたかった。是非貴方の話が聞きたかったわ」


 そんな逝かれた内容で意気投合してたまるか。うれしくもなんともない。


「後が支えてますので、元の場所に戻らせてもらいますよ」


 さっさと彼女から離れることにした。これ以上話をして彼女が衝動に駆られるなんてことになったら早速この部屋は血の海だ。そんな面倒はぜひとも回避したい。


「お前、良くあの女と会話が成立したな」


 戻ってきて早々この一言である。そんなに突拍子もない会話をしていたとは思えないが。


「ああいうのには慣れているんで」

「そうか、なんにしてもペルケニルの吸血鬼に気に入られるとはなんとも不幸な男だな」

「吸血鬼?」


 何だと? そんなものまでいるのか?


「ああ、もちろん本物じゃないぞ。異教徒どもの中でも特に多くの騎士たちを殺しまくった女だ。あいつが殺したと思われるやつは全員血抜きがなされていたからそんな通り名がついたんだ」


 なるほどあだ名ってわけか。

 ……まてよ、その言い方だとやっぱり本物の吸血鬼はいるってことになるよな。


「なんでそんな殺し方を」

「知るか、本人に聞け」


 まあ、分かったら逆に引くが。

 こういうので多いのは飲んだり浴びたりだが、この人の場合は浴びるパターンか。それだと吸血鬼にならないが。


「まあ、とりあえず大人しくしてればいいんですよああいうのは。まともに会話しようとしても話が通じませんからね。話半分に聞くか、とにかく踏み込まないのが身のためですよ」

「身のため? この私があんなふざけた犯罪者に遅れを取るとでも?」

「あー。そういう意味ではなくてですね。ああいう、所謂猟奇的というか、ある種の天才というのは人心掌握の天才でもあるので、あまり関わりすぎると魔に魅入られたりするんですよ」

「あれに感情移入するのか? そんなことあるわけ……」

「それが意外とあるんですよね。自分にとって得なことに対しては迷いなく行動したりするんで、彼女のことを知らないやつに話をさせると大概の人がいい人だとか、カリスマ性があるとかだとか勘違いすると思いますよ」


 俺に話しかけてきた騎士はまさに何言ってんだこいつ、といったような表情で俺のことを見ている。


「馬鹿馬鹿しい話だ」

「ええ、深く考えないほうが賢明ですね」


 そういいながら渡された料理を口にした。

 意外とうまいな。


「料理の腕もなかなかのものですよ。彼女」

「一つ聞いていいか? 何故食材を持ってきた?」

「ミリア様がここに閉じ込められてすでに30時間近く経過しているでしょう。それまでまともな食事も出来ていないとなると精神的に疲弊している可能性があると判断しました」


 その一言でその騎士の表情が少しだけ曇る。


「なるほどな、それは思い至らなかった。それからクラウディア様まで巻き込んだ理由は何だ?」


 それ一つじゃないですよね?


「ただの偶然です。とはいえミリア様にしてにても、自分に近しい人が一緒にいれば安心するだろうと判断したので本気では反対しませんでした。したとしてどれ程効果があったかはわかりませんが」


 出来れば俺の想定内の行動をしてほしいからな。心身衰弱による不確定のリスクは積極的に排除したい。


「おい! これから人質を数名解放する。我先に助かりたいという者は挙手しろ」


 お、交渉人は相当優秀なようだな。もう人質解放にこぎつけるとは。

 とは言ってもその言い方だとプライドの高い騎士たちから反感を買うぞ。それともそれが目的か?


「……」


 何故か部屋中が静寂に包まれる。どういうことだ? こいつらのプライドを考えたら毅然とした態度で、あるいは義憤の念を込めて反対すると思うんだが……、何故お互いを見合わせる。


「誰もいないか。ならばそこの三人でいい。こっちに来い」


 そういうと犯人グループのリーダーらしき男は自分の一番近くにいた三人を呼び出した。これで残りの騎士は五人か。


「あの三人か、まあ妥当だな」

「どういうことですか?」

「あいつらは小心者の節があるからな。下手にここに残るとどんな恥を晒すかわからん」

「なんでそんなのが救出メンバーになれたんですか」

「政治的判断だとか貴族の意地や面子の問題だよ。見ろ、無事に開放されると思って安心しているだろう」


 今それって重要か? というより、よく見るとおびえている騎士たちが何人か他にもいるな。


「骨のあるやつは貴方だけですか」

「それは違うな。私はただ諦めただけだ」

「諦めた? 何を」

「この計画が失敗した時点で私の騎士としての人生は終わりだ。しかも敵の手に捕らわれ、公爵家のご嫡男に危険を及ぼすなど、間違いなく騎士の称号も剥奪だろうからな」


 そんなやつまで紛れ込んでんのかよ。信じがたいな。


「だから私は助かろうなどと考えてはいない。いやむしろここで死んだほうがはるかに名誉なことだ」

「体裁を整えるためのスケープゴートですか。貴族もいろいろと大変ですね」


 まあ、組織である以上誰かが責任を取らされるわけだが、こんな子供に責任を被せるのか? 年だって十代後半ぐらいだぞ。

 ……こいつの責任を軽くするには犠牲者ゼロで解決するしかないか。面倒な話だ。

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