本当の計画
ここ最近通信障害が発生していましたが、やっと投稿出来ました。
これからも頑張ります。
「はい、目的が相反する以上、相互理解は難しいでしょうね」
「……ずいぶん平然としているね?」
「何か慌てるような事でもありますかね? あなた方のこれまでの、そしてこれからの戦いに比べたら……ジョークみたいなものだ」
対面の男の顔をじっくりと見つめる。
その男の顔から汗が流れるのが見える。
「そうだね、あるいは……君の言うとおりかもしれない。だがそれでも、その落ち着き方は、少し不自然に見える」
不自然? そうか? しかし……そう思われるのはまずいな。
このタイミングで怪しまれるのは非常に面倒なことになる。
「落ち着くに決まっているでしょう。俺やあなた、そしてクラウディア様は生まれた時点ですべてが違う。それを考えれば、肌の色が異なる俺があなた方と同じテーブルにつくなんて、夢のような光景だ。実に感動的な話だ、これでどうして怯える必要があるのか? 思想に目的、利害関係なんて、こんなものはとるに足らない違いだ……。俺から言わせれば実に座り心地の良い椅子だよ……、この状況は」
いや、俺がその言葉を口にする資格はないか。
「なるほどね、どうやら君も……ずいぶんと、苦労してきたみたいだね」
「まさか、大した苦労なんてしてませんよ」
率直に思ったことを口にした。俺の今までの不幸なんてとるに足らない事ばかりだった。
「そうかい? それから話は変わるけど運ばれてきた食料がすべて食材だけだったのは誰の提案だい?」
「俺が提案しました。まともな食事を摂取しているとは思えないので、心配でしたら監視するなりあなた方の中の誰かが調理すれば良い」
目の前の男がなるほどね、と頷くとそのまま話が終わった。
「君たちには悪いがこれをつけてもらうよ」
目の前の男が他の男に指示すると、あるものを取り出した。
手枷か……。どこで見つけたんだ?
このまま手枷におとなしく繋がれて、別の部屋へと移動した。
その部屋には見張り役が三人立っており、騎士らしき人物が八人座らされている。
そして、他に離れた場所に女性が捕らえられている。
「あの人ですか? 姫様って。ずいぶん憔悴しきっているようですが」
俺達がこの部屋へ入った時の中にいた人の反応はまちまちだったが、騎士達らしき集団の反応は動揺している者が多いようだ。
「ええ、……彼女の近くへ行ってもいいかしら? 何か励ましてあげたいのだけれど」
先輩の問いかけに近くにいた誘拐犯のひとりが答えた。
「いいだろう。ただし変なマネはするなよ」
許可が出たため、先輩はミリア姫らしき人物へと歩いて行った。
俺はとりあえず騎士達が集まっている所へ移動した。
「どうも、皆様」
一応相手に挨拶を交わした。全員今の状況を理解しているようで、小声で話しかけてきた。
「どういうことだ!? 何故クラウディア様がこんな所に!」
「人質交換というやつです。この中から誰か解放されると思いますよ」
騎士達の動揺がさらに大きくなる。
「バカな!? 何故我々の代わりにクラウディア様が囚われることに」
「格上の人間用意しないと交渉に応じないでしょう。それだけ人命無視の強硬手段がとりやすくなるのですから」
「ミリア様に危害が及ぶ策を実行するはずがないだろう」
「危害なんて及ぶわけないでしょう。相手にしてみてもミリア様は命懸けで連れ出さなければならない大切な人質。なんとしても守りきると思いますよ」
俺の言葉に対し、彼らの反応は予想以上に落ち着いたものだった。憶測で物を語ったのだから、何らかの叱責は覚悟きていたが。
「我々ですらが失敗したのだぞ。どうやって奴らを倒せると言うのだ」
「それなんですが、何故こんなにも速く捕まってしまったのですか? まさかこっちの情報が漏れていたのでは」
俺の質問に騎士の一人が首を横に振る。
「いや、どうやら索敵魔法の使用者がいるようだ」
そういう奴もいるのかよ。
「具体的に誰だかわかります?」
「いや、わからん。全員が持っている水晶で確認しているようだな」
誘拐犯を観察してみるとなるほど、確かに水晶のようなものを持っている。魔法を使用したりマナの流れに異常があったりしたらすぐに発覚するわけか。
「じゃあ騒ぎを起こすとしたら、魔法を使用せずに素手でやるしかなさそうですね」
「本気で言ってるのか? まさかそのためにここまで来たのか」
「当然でしょう。もっともあなた方はじきに開放されると思いますが」
周りの騎士たちは訝しんで俺のことを見る。
「なぜそんなことが」
「わかりますよ。こんなところに魔術師大量に押し込んで万が一のことが発生したらどうするつもりですか? 姫様の無事は俺たちにしても向こうの連中にしても細心の注意を払わなければならないんですよ? そのリスクを考えたら人質はある程度少ないほうがいい」
俺の言葉に対して騎士たちは尚も半信半疑といった様子だ。
「だとしても自発的に騒ぎを起こす者など我々の中にはいない。いるとしたらお前だけだろう。だとしたら送り返されるのはお前だけなんじゃないのか?」
ああ、なんだそんなことか。
「問題ありません。何故ならこの状況で騒ぎを起こす以上、相手は何か策があると考えるでしょう。それをやりかねないのはさっきまでは俺だけでしたが、あなた方と接触して断定できなくなりました。俺があなた達に何か伝言をしたのではあるまいか、と考えるはずですよ、普通は」
「それでは我々を人質にしておくには危険すぎると判断するということか?」
彼らの問いかけに黙ってうなずいた。
「だが危険なら、もっと確実な無力化があります。そうなったらお手上げですね」
「そ、その方法というのはつまり……」
騎士が口籠る。その雰囲気を察して他の騎士たちも次々と青ざめていく。
「ご想像通り、息の根を止める。という可能性も捨てきれませんが……それは安心していいでしょう」
「なぜ?」
「この屋敷の中で殺し合いになれば姫様に危害が及ぶ可能性がある。あいつ等が手荒な真似をしてこないのも、あなたたちが一か八かの賭けに乗り出さないのも、万が一のことを恐れているからでしょう? この均衡を自分から崩すバカな真似はしないと思いますよ。彼らは考えさせられているはずですよ、俺が来たことによって」
周りから再び疑問の声が出てくる。どうやらまだ気づいていないらしい。まあ、この国の騎士ならば当然のことだが。
「どういうことだ? 何故お前が来たら……。奴らは何を考えるというのだ」
「わざわざこんなことを言う必要も無いと思いますが、俺はこの国の人間ではありませんし、この国の宗教とも関係ありません。そしてそのことはすでに彼らにも伝えてあります」
俺はいったんここで言葉を区切ったが、彼らは何も返事をせずにただ聞いているだけだった。
そのため俺は続けて話した。
「この国とは一切関わりのない者が現れた。この特殊な状況で、おそらく危険な策を持って」
「待て」
「気づきましたか? だからこそ彼らは俺が危険な策を持っていることを承知した上で、ここへ連れてこられたんですよ。纏まる筈がない、同士討ちが始まる筈だと思って」
「ふざけるなよ」
騎士の一人が今までにない表情で俺のことをにらんでくる。その表情には怒気が多分に含まれていた。
「ふざけるな? ふざけているのはそっちでしょう。万が一にでも魔王が復活したら世界は終わりですよ? その危険を理解した上でこんな風に手をこまねいているんだ。この世の中にはなんとしても復活を阻止したい奴がいるんですよ」
そう、例えば俺とかな。
「そんな御伽噺を一体誰が信じるというのだ?」
「御伽噺? だったらなぜ彼らはこんな無謀な真似をしたんです?」
「奴らが狂人だからだ!」
「ならば何故、この国の上層部はこんなに早くあなた達を突入させたんです? 下手なことをしたらミリア様に危害が及ぶと何故そこに思い至らない? 答えは一つ、その心配は絶対にありえないから、魔王復活の儀式に必要な生贄に危害を加えるなんてことはありえないから。つまり認めているんですよ、本当は。御伽噺なんかじゃないって。あなた達も何か違和感はありませんか? いくらなんでも早すぎると、要求も確認せずになぜ突入命令が下されたのか」
明らかに全体に動揺が駆け巡っている。
「つまり、こういうことか? 魔王復活は何を犠牲にしても阻止しなければならない、と」
「一国と世界、どちらに天秤が傾くかは自明の理でしょう。世界なくして国はありえないが、国なくしても世界は存続し続ける」
「この国の人々がそんなことを考えると思うのか⁉」
「だから俺がここまで来た。すべては『こういうシナリオもあり得るぞ』と奴らに思わせるために。そして奴らはこの計画が空中分解することを狙った。だから俺はここまで無傷で来られた」
再び長い長い静寂に包まれた。ここで誰も俺につかみかかってこないのは、俺の言葉の裏の意味に気づいたからか。
「つまり、黙って言う通りにしろというのか? 俺たちが邪魔だと?」
「少なくとも、犠牲者は最小限に済ませたい。それはあなたたち次第だ」
そう、これで騎士たちは俺への攻撃が出来ない。少しでも騒ぎが起こればそれを引き金に姫様暗殺計画が実行される可能性を恐れるからだ。そして誘拐犯達が俺を野放しにしておくのは、その計画が実行されても無事に連れ出す自信があるから、か。
これで良い。重要なのは深夜まで膠着状態が続くことだ。それもできれば少しでも精神を削れる状況に曝し続けたほうが、俺の本当の計画は成功しやすい。
実際のところ、騎士たちが何人開放されようが俺には関係のないことだ。要は死傷者を出さなければいいだけの話だからな。




