個人の限界
「まあ、そこは時代の移り変わりというものだろう。本の一冊でもまともに現存していれば貴重だった時代と、現代とでは価値観は違うハズだ。実際、私には想像もつかない事だしな」
「確かにお前の場合、欲しい物が手に入らない事の方が珍しいかもな。それに、下手したら当時でも家に本が置いてあっても不思議じゃないくらいじゃないか?」
いかに魔物の大軍団に襲われたと言っても、本当に全てを根こそぎ焼き尽くされたってわけでもないだろう。もしそうだとしたら魔王軍との戦いの前の時代と後の時代で知識の分断が発生している事が起こりかねないからな。
「いや、流石のヴィンクラーでも当時は無名……というかそれ以前に存在していたかどうかも怪しいな」
「ん? そうだったか? 確か八百年前には存在していたみたいな話をしてなかったか?」
「まあな。だが、それでも個人の家の限界というものでな。こちらで確認が取れる遡った過去は約四百年前が限度だ。それより前は国か王立図書館等の資料を参照するしかない」
こいつの家そのものには、こいつの家の歴史に関する資料は限られた範囲までしか残っていないのか。
「……まあ、百年以上、情報を記録しておくってのも簡単な話じゃないしな。紙媒体の記録じゃ四百年残ってるだけでも上等か。それ以上前のは本当に跡形も残っていないのか?」
「一応、私は立ち入り禁止だが、ある書庫にもっと昔の事が記載された書物があるという話はお婆様から聞いた事はあるが……どこまで本当かはわからんな。そもそも、ヴィンクラー家が一族の歴史をまとめ始めたのは貴族階級になってからの話だ。必然、それより前の話となると、ヴィンクラー家が貴族になる前の話という事になるのだが……そんなものをわざわざ几帳面に残していたかどうかは正直微妙なところではあると思うぞ」
なるほどな……約四百年前ってのはそういう意味か。……で、それより前の情報は国が管理しているデータベースに限られるってのも道理だな。貴族になる前に歴史を記録しておくなんて一般の家庭でやるのも変な話だしな。そして、国としてはヴィンクラー家に爵位を与えるだけの功績を残したという正当性を根拠を交えて説明する必要があるわけだから、もっと前の情報が残っているのも当然の話だ。




