手料理
「手伝いましょうか?」
とりあえず聞いてみることにした。流石に全部まかせるわけにも行くまい。
というか、むしろ手伝いたい。
「私一人でも大丈夫だけど……そうね、お願いするわ。包みの中に材料とエプロンが入ってるから取って頂戴」
いわれた通り取り出して渡すと、すぐにエプロンを身につけてその後、肩まで伸びた髪を後ろに結った。
「それで何を作るんです?」
「オムライスを作るつもりよ」
予想以上に家庭的な料理だった。本当に大臣の娘か? この人。
あれ? そもそもオムライスって洋食じゃなくて日本発祥だよな? この世界じゃヤマトか。なんで先輩が知ってるんだ?
「タンポポオムライスですか?」
「失敗するのも格好悪いから簡単なやつにするわね」
「そうですか。ああ、ご飯ならあるので心配しなくても大丈夫ですよ」
「あら、そうなの? 一応持参してきたのだけれど……」
タンポポオムライスとはチキンライスの上にプレーンオムレツを乗せてそれを切り開くことで、チキンライスを包み込むタイプのやつだ。火加減が難しいが。
どうやら先輩が作るのは、もっと簡単なやつのようだ。
「流石にありますよ。自炊してるので」
「そう、油とか全部持ってきちゃったけど失敗したわね」
「それ、俺のこと嘗めてませんか?」
「じゃあまずはチキンライスから作りましょう。悪いけどたまねぎのみじん切りは任せたわよ」
無視された。それに地味に面倒なのまわしてきたな。
「わかりました」
たまねぎの皮を剥いてみじん切りにしている横で先輩はにんじんをすばやく切り、鶏肉を切り始めている。早すぎだろ。
「切り終わったわね? 次はフライパンに油を引きましょう」
そういうと先輩はフライパンに油を引き、空焼きし始める。
二分後、鶏肉とたまねぎを投入、色が変わったら調味料を入れ始めた。
そのあたりでコーンとか色々投入し始めた。
「そろそろご飯入れて」
「はい。ケチャップも入れときますね」
そのまま炒め続ける。
「ちょっとフライパンお願い」
そういうと、卵を割ってボウルに入れて溶く。
おいおいウッソだろ、片手で割れるのかよ。
「牛乳は入れないんですか?」
「必要ないと思うわよ、多分」
「あ、ライスこれでどうです?」
「いいわね。じゃあ、卵を焼きましょう」
ここからが先輩の本当の腕が見れるのか。
「このコンロ火力が弱いわね、ちょっと魔法使って頂戴」
「え? ここでですか?」
思いがけない言葉に耳を疑った。部屋の中で魔法要求とか正気か?
「ええ、これじゃ火力が足りないわ」
「流石に無理です」
「そう? じゃあ仕方がないから油を多く引きましょう」
最初からそうしてくださいよ。
「ああ、そうだ。私が卵を焼く前にお皿にご飯よそっといてね」
言われるがままに、チキンライスをいい感じに形を整えてよそる。二人分。
フライパンに卵が投入された。手際よくかき混ぜている。
「あ、これタンポポオムライス狙えるわね」
卵をヘラで片方に寄せると例のあの手首をトントンするアレをやる先輩。
するとどうだろうか、なんかすごくいい感じに綺麗なオムレツになったではないか!
「皿」
「あっはい」
すぐに皿を差し出すと、チキンライスの上にプレーンオムレツが乗った。
あとはナイフで切って、ケチャップを掛ければ出来上がりだな。
……ん? ナイ……フ? あったっけ? そんなの。
「ねえ、次の皿は?」
「え? あ! すいません」
「もう、しっかりしてくれないかしら?」
ナイフなんてないよな、確か。いまさらだけど。
「早くテーブルに運んで頂戴? 冷めたら美味しくないわ」
「わかりました」
テーブルに皿を並べる。そして食器の探すとなるほど、間違いなくナイフが無いことを確認した。
「準備は終わったわね。早速いただきましょう?」
「済みません。ナイフありませんでした」
「ちょっと冗談でしょ? じゃあ、なんでタンポポオムライスなんて言い出したのよ?」
先輩が呆気に取られながら聞いてくる。
「本当に申し訳ありません」
「仕方ないわね、魔法で切り開きましょう」
そういうと先輩はセンスを取り出す。え? まさかあの魔法ですか? 部屋の中で? 鎌鼬を!? ちょっと待ってくださいよ!
「いやいやいやいや、タイムタイム!」
「え? なに?」
急いで待ったをかけた。
「いくら何でも風魔法はまずいですって! それにその何か不都合があったら迷わず魔法使うのやめましょうよ! 危ないですって!」
「む、貴方もしかして、私の魔法の腕を信用してないわね? いいわ、ここで証明」
「いや、信頼してますって! だからここは包丁にしときましょうよ!」
かなり乗り気の先輩を全力で制止した。
「そう? わかってればいいのよ? 包丁取ってくるわね」
先輩は包丁を持って来てオムレツに入刀した。しかし、力加減を間違えたのか、包丁は深く刺さり、カツと皿に当たる音がした。
「あっ」
つい、思わず声を出してしまった。その声は先輩の耳に届いており、そしてそれは先輩の機嫌を損ねるには充分な理由だった。
「だから、言ったじゃない。魔法ならこんなことには……それ以前にナイフがあればこんなことには」
「それは謝ったでしょう。それにこれぐらい大丈夫ですって。味には影響しませんよ」
納得がいかないようだが、もう一つのオムライスのオムレツ部分は綺麗に切り分けることができたことですこし機嫌をよくしたようだ。
ちなみにご褒美ということで、出来のいい方を渡された。
「いただきます」
「いただきます」
とりあえず食べることにした。スプーンでオムライスをすくい、口に運ぶ。
……! これは、すごいな。やわらかいオムレツとチキンライスの風味が見事に重なり合っている。そしてコーンの持つ独特の甘さと、たまねぎの香ばしさが俺から雑念を取り払い、自然と俺の心を落ち着かせる。
本当に美味しい料理を食べると食べることに集中してしまう性質だが、これほど美味しい料理を口にしたのはいつ振りだろうか? 少なくとも自分で作った料理ではおぼえがない。
「え、えっと……どうかしら?」
「……。とても美味しいです」
「そう? 無表情で食べてるからもしかして、と思ったのだけれど。どうやら杞憂だったようね」
「それほどおかしいことでもありませんよ。第一俺がオーバーリアクションしてたら気持ち悪いでしょう?」
「それは、まあ、そうね」
そのまますべて食べ終わった。久しぶりに時間を忘れて食事をすることができたな。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
「食器は俺が洗っておきますね」
「それぐらい私がやるわ」
「いえ、美味しい食事を作っていただいたお礼ですよ」
「じゃあ、片付けるのも食事で貴方をもてなすことに含まれるんじゃない?」
まっすぐ俺の目を見つめてくる。
「……。わかりました。それではお願いしますね」
「ええ、どういたしまして」
そのまま待機する俺。
どうやら洗物が終わったようだ。先輩がこっちに戻ってくる。
「これで、貴方へのご褒美はおしまいね? つまり約束を果たしたことになる」
「はい、そうなりますね」
「では、心置きなく貴方を剣術部に勧誘できるということになりました」
「本音はそれでしたか」
まだ諦めてなかったのか。
「そうよ? 興味がないといっていたから、まず興味を持ってもらうことにしたわ」
そういうと先輩は包みからスケッチブックのようなものを取り出す。
「なんですそれ?」
「それでは、貴方が剣術部に興味を持つように表を使って説明しましょう」
あ、そのスケッチブックにグラフが書き込まれているんですね?
スケッチブックをめくると手作り感満載のグラフやイラストが描かれていた。
「まず、我がロレット学園剣術部に入っていないA君が剣術部に入部することによって素晴らしい学園生活を送る実話を教えましょう」
お、話が始まった。なんかA君が幸せな人生歩んでる。
これ、あれじゃないのか? どっかで見たぞ。ゼミの付録の漫画だろ。
「いや、別に入部しなくてもいいことぐらいありますよね?」
俺がそういうと、突然数ページめくり始める。
「それじゃあ、剣術部に入らなかったために不幸な学園生活を送ってしまったa君の実話について教えましょう」
「そんなものまであるんですか!?」
それ完全にゼミの付録の漫画のあのパターンじゃないですか。
「いや、いやいやいや。そうやって不安を煽るのって宗教勧誘と同じですよね?」
「何を言ってるの? 部活動勧誘よ」
「大して変わらないでしょう!? どうせ上手くいかなかったら信心とかお布施とか言い始めるんでしょう!?」
「言わないわ。まず一週間だけでも」
それこそまさに常套手段でしょうが。
「何なんですかその漫画は!? 誰が描いたんです!?」
「私よ。今日、暇だったから」
数時間で!? はえーよ。
「とにかく、入部はしません」
「今月大会があるのよ! せめてそのときだけでも入部してよ! あ、大会に出てくれればその都度辞めていいわよ?」
それは相当顰蹙を買いますよね? そこまでしますか普通。




