冷やかし
「表舞台? 領主様って意味じゃないよね? ……一般人に潰されるってこと?」
「ああ。どんな環境であっても、自分が住んでいるところの治安は少しでも良くしたいってのが人間の欲求……安全に対する欲求だからな。組織レベルで存在している悪党集団なんてチャンスさえあればいつでも叩き潰してやりたいってのが住民感情だろ?」
まあ、だいたいは報復が怖くてあまり強気な態度ではいられないわけだが……それでも落ち目になって、かつての勢いが無くなったとなれば住民は反撃に出始めるハズだ。
「そりゃあ、いなくなって欲しいってのが本音だろうね」
「その本音や感情は恐怖によって抑制されて表に出せないでいるだけだ。抑圧された感情は抑えが無くなると一気に弾ける。風船が割れた時みたいにな」
「だから弱体化は許されないわけね」
「誰にも気付かれないレベルで徐々に力を落としているなら何とかなるが、明確に『弱くなった』と思われたらその時点でアウトだな。そもそも人数だけで言えば一般市民が一番多いんだから一致団結されたら大概の組織は一巻の終わりだ。住民感情はバラバラでいてもらわないと困るのは悪党の方だ」
本当に万民から恐れられてもそれはそれでやり辛いだろうからな。コミュニティ全体で考えがまとまらないって状況が続いてくれた方が何かと御しやすい。
「そう考えると思ったより敵は多いね」
「まあな。真っ当な組織は街どころか村レベルでも幾つかあるのに、悪党の組織は一つくらいしかないからな。一つになるまで勝ち続けるしか生き残る方法が無いわけだ」
一つの小さな村でマフィアが二つもあってそれぞれが縄張り争いをしているなんて相当なレアケースだ。そう何年も抗争が長続きするハズが無い。人材という意味でも資金力という意味でもすぐに枯渇するのが関の山だ。……まあ、金山だのダイヤが取れるだので一攫千金を狙いに来た人が集まったり、資金を実質無尽蔵に回収するなり出来るならその限りではないが。
「真っ当な組織なら一般人から警戒されないもんね」
「まあな」
「あ、もうそろそろ時間だよ」
「ん? そうか。……本当に冷やかしで出るのか……?」
せっかく店に入ったのに本当に何も買わずに店を出ようとするミーシャに、俺は思わず呼び止める。
「え? 全然平気だよそんなの」
ミーシャはそれが当たり前の事であるように……この店の常連のような立ち振る舞いを考えると今までも同じことをしていたのだろう……そのまま店を出て行った。




