帰宅
「そういえば夕飯は自炊してるの?」
唐突にウィルから質問された。
「ああ、そうだが、それがどうかしたか」
「ははは、僕も自炊してるんだけど、なかなかうまくいかなくて」
ああ、そういうことか。
「教えてやろうか? 基本的なものだけでいいなら」
「本当に? えへへ、ありがとう!」
十代後半の男のえへへってどういうホラーだよ。いくら女にしか見えない顔だからって……。
いや、そういう顔だからこそ言うべきじゃないだろ。こいつ絶対可愛いとか言ったら機嫌悪くするタイプだろ。
「やっぱり今のなしにしたいんだが」
「な、なんでさ!?」
「いや、悪寒がした」
「悪寒!? いったいどこに!?」
こいつ自覚なしか? どういう日常を送ったらこんなんなるんだよ。
「男の口からえへへはキツイ、かなり」
「そんな! いまさらそんなこと言われたって直せないよ……」
「まあどうでもいいか、俺には関係のないはなしだ。わかったわかった、料理ぐらい教えてやるよ」
「僕のこと子供扱いしてるでしょ」
いや、子供だろ。未成年なんだから。
「言っとくけど同い年だからね、僕たち」
すこぶる機嫌が悪くなったな。子供扱いするならご機嫌斜めのようだ、か。
もっとも実年齢は俺のほうが桁違いに年上だが。
「寮に着いたな。じゃあ、料理はあとで教えてやるから、またな」
「今日がいい」
「は?」
「今日がいいって言ったの! ね、いいでしょ?」
「やだよめんどくさい」
「なんでさ! 約束したじゃん!」
約束って、今日教えるとは言ってないだろ。
「疲れた、面倒臭い、ほかの人に教われ」
「いーやーだー! 今日じゃなきゃやだー!」
服をつかむなこの馬鹿! そして大声を出して騒ぐな。
俺はすぐにウィルを振り払った。
相当目立ってるぞ。
「おいおい、どうした?」
案の定声を掛けられた。どう説明するんだ、この状況、男が男にしがみついていて、それを振り払う。
どういう状況だよ。まったく。
「ミスター!? ミスターなのか? なぜミスターがここに? 自力で保健室から脱出を」
声のする方を向くとミスターが立っていた。
まさかあの怪我から復活していたとは。俺はミスターへ駆け寄るが、その瞬間である。
突然ミスターが俺の腹を殴ってきたのである。
ミスター、なぜ、お前が?
「俺はミスターではない……」
そ、そういえば聞いたことがある。本人から……俺をミスターと呼ぶなと。
「あ、あれ? 天蓋君と一緒に見回りしてた……保健室へ運ばれたんじゃ」
「ああ、地獄の底から這い上がってきた……ぜ」
ん? どうしたミスター。
「おい、天蓋」
「なんだよ?」
「なに堂々と女連れ込んでんだ、男装までさせて」
バッカお前、男と女の区別もつかないのか。やっぱり打ち所が悪かったのか?
「よく見てみろ男だよ。制服見ればわかるだろ」
「男? あれでか? 下手な女より……あれ? どっかで会ったな」
「見回りのときだろ」
「ああ、あの時か。え? まじで男なの? 演劇部の衣装着た女じゃなくて?」
「そんなに疑うなら聞いてみろよ」
ミスターはしばらく黙るとウィルに話しかけた。
「えっと、大丈夫かい? 怪我はなかった?」
え? お前なんか口調ちがくね?
「う、うん。大丈夫」
「えーと、君は……この寮に住んでるのかな?」
「え、そうだよ? じゃなきゃここに来ないよ」
ほらな。
「天蓋、本当にあいつは男なんだな?」
「なんど同じことを言わせるつもりだ。男に決まってるだろ」
「さっきから何の話をしてるの?」
ウィルが聞いてきた。
「いや、君の事を女の子だと勘違いしちゃってね」
この一言でウィルの態度が急変する。
「男だよ! 僕は男だ! なんで僕が女の子に見えるのさ!?」
顔を真っ赤にして怒っている。パッと見女だな。
「い、いやー、つい」
「つい!? それじゃあ僕が女の子に見えるってことじゃないか! 天蓋君も何か言ってよ!」
「悪いが俺も最初は女に見えた」
「なっ!? そんなのってあんまりだよ! 酷いよみんな!」
ウィルが騒ぎ始めて本格的に目立つ。
「おいおい何の騒ぎだ?」
「おい見ろよ! 男装女子がいるぞ」
周囲も騒ぎ始め、ウィルは泣き始めてしまった。
「違うよー! 僕はっ僕は男なのに……ぐすっ」
ここまでの騒ぎになったせいで、管理人も着てしまい、事態の収拾にいくばくかの時間がかかった。
「えーと? つまり、ウィリアム君のことをマクシミリアン君が女の子と勘違いして、それでみんなも勘違いして泣き出しちゃったと?」
「まあ、そういうことです」
俺は事情を説明すると、管理人はため息をつく。
「なんで男性寮に女がいると思ったんだ? こっちで気づくに決まってるだろ。普通。いくらお前らが女に縁がないからって男を女に間違えるなんて」
管理人の言葉に俺を含めた全員が猛反発をする。
「縁がないってなんだ!」
「そうだそうだ!」
「女なんてより取り見取りだっつーの!!」
「嘘付けバーカ!」
「うるせぇ! 彼女の一人や二人余裕でいるっつーの!!」
「吹いてんじゃねーぞこの野郎!」
段々お互いへの罵り合いに発展しだす。当然喧嘩も起こる。
「おい、お前ら喧嘩は外でやれ!」
いや、止めろよ! 管理人だろ!? 管理しろよ!
「おい、ミスター! 風紀委員なんだから止めに入れ!」
「誰がミスターだ! ぶっ飛ばすぞ!」
「さっき殴っただろうが!! さっさと止めろ!」
結局のところ三年生の風紀委員が止めに入り、俺たちは全員自室へ戻ることになった。当然外出禁止だ。
「なんでこんな目に」
俺は一人でぶつぶつ愚痴をこぼす。
こんなことしても何も始まらん。夕食でも作るか。
そのとき、窓からドンドンと何かでたたく音がした。
誰だ? 外出禁止のはずだが、いたずらか?
なおも窓をたたく音が聞こえる。気になったので窓を開けてみると、そこには自室で謹慎のはずのクラウディア先輩が立っていた。
大きな包み紙を抱えている。
「なんで先輩が、謹慎中では?」
「あら、謹慎は部活動勧誘中のときだけよ?」
そういえば、そうだったか?
それだけ言うと先輩は俺の部屋に勝手に入る。
「ちょ、なんですいきなり!?」
「ふーん、結構片付いてるわね」
「人の話を」
「約束したでしょう?」
約束? 何かしたか?
「憶えてない? 勝ったらあげるって言ったじゃない、ご褒美」
ああ、それか。確かにそんなこと言ったな……。
……え? マジ? マジでご褒美くれんの? 嘘だろ!?
「え!? それじゃあ、その包み紙はまさか!?」
マジで!? 男と女が同じ部屋で!? 本当に貰っちゃっていいんですか!?
「あら、もしかしてわかっちゃった? じゃあ隠さなくてもいいわね。今日は特別にお夕飯を作ってあげるわ。特別に」
やった! ご褒美……。……。え?
「あ、あの、今なんて?」
「……? 料理を作ってあげるって。え、何でそんなに残念そうなの?」
い、いや。残念ではないですよ!? 残念なわけないでしょう!? 綺麗な人から手料理を振舞って貰えるのに残念がるやつなんて存在するわけないでしょう!!
嬉しいに決まってる! 嬉しいですよ!? 確かに嬉しいんですよ! でも一つ! 一つだけいいですか!?
もっと自分のことを客観的に判断してくださいよ!
鏡で自分のこと見たことあります!? その完璧なプロポーションでご褒美といったら違うでしょう!! 手料理とかそういう家庭的なことじゃなくて、もっと扇情的な内容の! 普通男は貴女にそういうことを期待しますよ!?
嬉しいのに! 確かに嬉しいのに! あんたが言うべきご褒美はこんなことじゃない! こんなことならご褒美という単語を使うべきではなかった!
「あ、あら……なにか不服だったかしら? あ、もしかして私の腕? 疑ってるのね?」
「いや、違うんです。そういうことじゃないんですよ!」
「……? でも、ほかに何も用意してないし……これで我慢してもらうしか」
違う! これは妥協ではないんだよ! 我慢とは違う! なのに説明できない!
ていうかこれを残念と捉えられるわけないだろ! 嬉しいよ! そうさ、俺の心が穢れててだけさ! 期待してなにが悪いんだよ!?
「いえ、とても嬉しいですね。先輩のような綺麗な方から手料理を振舞ってもらえるなんて」
「顔と料理の腕は関係ないと思うわよ? もっとも私は料理の腕にも自信はあるけど」
つまり料理の腕に自信がなければ……。
クソ、天のやつ、なに二物を与えてんだ。怨むぜ。
「台所使うわよ」
「あ、どうぞ」
いや、落ち着け。これはこれでラッキーだろ。そうさ、これを不幸と捉える理由は一切ない。もしこれを不幸だというやつがいるとしたら、そいつは間違いなく地獄に落ちる。ていうか落とす。




