追跡
「さて、どこまで逃げたか」
俺は彼女の逃走経路を思案した。
光速で追いかける攻撃を避けた以上、瞬間的であれ彼女は光速と同等の速度で移動したことになる。
ということは現時点で彼女がどの場所にいても矛盾は発生しないということになるが、それでもある程度は消去法で推察できる。
まず最初に宇宙空間への追放はありえない。そこまでの範囲まで攻撃命令を下してはいないからな。
次に現時点でも回避行動を取り続けているかといわれれば、その可能性は限りなくゼロだ。なぜならあの猟犬たちには光子を吸収することで威力が上がるという弱点がある。つまり一定以上の暗い場所へ移動した時点で、あれは攻撃として成立しなくなるということだ。
光速移動している以上、その安全地帯を通過する可能性は極めて高い。そしてそこへたどり着いた瞬間に回避行動も終了する。つまり、彼女は今光の差さない暗い場所にいる。
「この辺で光の当たらない場所……地下か」
たしかこの学園には地下室があったはずだな。まずはそこを探すか。
◆◆◆◆◆
くそ、予想以上に時間がかかったな。そもそも光は波の性質を持つのだから確率論的に居場所を特定できただろうが。
まあ、たどり着くことができたから別にかまわないが。ここは確か開き倉庫だったな、去年まではどっかの部活が使ってたらしいが。ここなら多少騒ぎを起こしても大丈夫だろう。
「ようやく見つけましたよ。クラウディア先輩……いや、見つけたは正確ではありませんね」
暗闇の中から風切り音が聞こえる。センスによる攻撃だな。俺は左腕で攻撃を防ぐ。
「よく見切れたわね」
「すでに身長は把握してますからね。声や呼吸音からあなたの口の位置はわかりますよ。そこからどういう攻撃が来るかも予測できる。それに香水もつけているでしょう? そんなんで闇討ちが成功するとでも思いましたか!?」
俺は声のする位置へ掌低を打ち込む。とはいえあたるはずもないが。
「暗闇へ追い込んだのは貴方でしょう? 突如身に覚えのない場所にワープするなんて。覚えがあるわ、確か雷による攻撃を回避したときね。あのときに似ているわ」
なかなか勘のいい人だ。もっともあれは雷ではなく光だが……電磁波という意味では同じだ。
「経験豊富ですね!」
再び声のする方向へ回し蹴りを行う。空振り。というより当てられるという感覚からしてない。おそらく何時間攻撃をし続けてもすべて紙一重でかわし続けるだろう。
「貴方だってこの暗闇の中的確に私のこと狙ってるじゃない。いい鼻と耳を持っているわ」
「そのセリフそっくりお返ししますよ!」
これ以上攻撃しても埒が明かない。幸い炎属性魔法の扱いには長けている。さすがに熱射病すら回避するということはないだろう。
俺はすばやく魔法を発動する。点や線を描くようなものではだめだ。面を、広範囲を同時に攻撃し、回避の方向を誘導させなければならない。
「インフェル……、……!? いや、だめだ!」
炎を発生させた瞬間、周りのものが照らし出される。空の倉庫だと思われていた場所には持ち主不明の芸術品? のようなものが並んでいる。
俺はすぐに発動させた炎を消滅させた。ここでこの魔法を使えば中にあるものがすべて燃え尽きてしまう。それに地下で火災があると後で色々と面倒なことになる。
「あら、意外と慎重なのね!」
先輩からの後ろ蹴りが飛んでくる。それを右手の甲で防ごうとするが、その蹴りは俺を外す。
……? 待て、なんだ今の動きは? なぜ今のが外れる。
「まさかその魔法、直接攻撃ができないのか」
「ええ、ご名答。だから当たる瞬間は攻撃し放題よ? 嫌な予感がしたから魔法を解かなかったけど」
なるほど、絶対に当たらないが絶対に当てられない魔法なのか。しかし今のはあの人がスライド移動したように見える。光速で回避できるのだから驚くことでもないが。
じゃあ、なぜ魔法で攻撃してこないのか? 攻撃魔法と回避魔法は同時に発動できない? 楽観的思考か? これは。
「もしかして、同時に複数の魔法を発動できないとか?」
一応聞いてみる。答えてくれるとも思えないが。
「答えてあげてもいいわよ? 入部してくれるなら」
「じゃあ、遠慮しておきますよ!」
このまま攻撃を続ける。この回避力が魔法によるものである以上、無限ではないはずだ。いつか必ずマナが尽き果てて攻撃が当たるようになる。そのときが最後ですよ……先輩。
「フフフ! すごくいいわ貴方! 蝶のように舞い、蜂のように刺すがモットーなのに、避けることしかできないなんて!」
「精魂尽き果てるまで、踊ってもらいますよ! 死のダンスを!」
「あまりしつこい殿方は女性に嫌われるわよ!」
「こっちは上からの命令を無視してまで戦っているんですよ!? 嫌われるのが嫌なら初めからしつこく戦ったりなんてしませんよ!」
「あら、じゃあ貴方は私のことが嫌いなのかしら?」
突然の質問に少し驚いたがすぐに答える。
「まさか! タッグデュエルを申し込んできたときなんて言ったか覚えてます!? オリヴィエを味方にしていい、ハンデとして小さいフィールドでいい! バッチリ対策を立てておいて!」
「嫌いになる理由ばかりね」
「逆ですよ! 後輩に対してありもしないハンデを与える似非気遣い! まさしく組織の上に立つ人間の資質ですね! 決して嫌いではありませんよ!? そういうの!」
なおも攻撃を続けるが、突然先輩の声色が変わる。
「そ、そう? 敵にそういうことを言われたのは初めてだわ?」
「どうしたんです? 急に声色を変えて」
「え? な、何でも……」
先輩の突然の変調に思わず攻撃を中断してしまう。暗闇でまったく顔色が見えないが、息を切らしているのがわかる。
「……もうお終いなの? 攻撃」
「いえ、急に取り乱しているようなので、つい」
しばらくの沈黙。
「別に取り乱してなんか……、少し意地悪が過ぎるんじゃない?」
「……? 相手の嫌がる行動をとるのは当然でしょう?」
「じゃあ、味方なら好かれる行動をとる?」
なんだ? 何の話を。
「まあ、そうなるんじゃないですか?」
適当に答える。
「そう、味方なら……。じゃあ、やっぱり剣術部に」
「入りません」
即答する。
「それは」
「興味がないからですね」
再び沈黙が続く。今度のは長いな。
「わかったわ。降参よ」
「いったい何を」
「貴方の目的は私を捕まえることでしょう? 捕まるわ、大人しく、できれば自首にしてほしいのだけれど」
な、何を言い出すんだこの人は。何か企んでいるのか?
「本気ですか!?」
「信じられない? このまま戦っても千日手が続くだけだし、私のほうから折れれば貴方は目的を達成できるでしょう?」
それは、そうだが。
「何故今になって」
「んー、私としては貴方には剣術部に入ってもらいたいのだけれど、意思は固そうだし、だったらゆっくりお話して興味を持ってもらったほうのが現実的じゃない?」
「……」
「さ、生徒会室まで行きましょう?」
相手に戦う意思がないなら、ここで終わりか。
俺は通信装置のスイッチを入れて会長に報告する。
「もしも……」
「あなた今どこにいるの!? みんなあなたのこと探しているのよ!?」
相当怒ってるな……これは。
「す、すみません。クラウディア先輩との戦いが長引いてしまって」
「まだ戦ってたの!? 今何時だかわかってる!? 一時時間以上音信不通だったのよ!?」
そんなに時間が経ってたのか。暗闇でわからなかった。
「わかりました。すぐに先輩連れて戻ります」
「え!? 説得できたの!?」
「え、ええ。一応」
「何でもいいから早く来なさい! わかった!?」
「は、はい! すぐに!」
そういうわけで俺は先輩を連れて生徒会室へ向かう。相当怒っていたからな、面倒な事になりそうだ。




