命令違反
「……な、なに……?」
テリアル先輩はあっけにとられている。
他の人たちも似たような反応をしている。
「まさか、今の不意打ちを防ぐだなんて」
驚いた様子で委員長は俺のことを見つめてくる。
「あ、貴方本当にすごいじゃない!! すごいわ! 絶対剣術部に入るべきよ! ね、ね? 今すぐ入部しましょう!?」
クラウディア先輩が興奮気味に俺に詰め寄ってくる。
「い、いや、今はそれよりオリヴィエの心配を」
俺はオリヴィエのほうを見る。脱水症一歩手前の状態でほうっておくわけにもいかないからである。
ちなみに当の本人は、力なくうなだれている。さっきのデュエルの影響で全身汗や水でびしょ濡れの状態だ。それは俺も同じだが、決定的に違うのはオリヴィエが女の子であるということだ。彼女は例の黒い服ではなく、制服でデュエルをしていた。着替える暇がなかったからである。
そのため、上半身の服が水のせいで透けて見える状態なのだ。
今まではデュエル中だからということで意識しないようにしていたが、この状態で意識しないなんてことは不可能だろう。
「そうね、彼女の治療が最優先ね」
クラウディア先輩がそう言うと、女性部員を呼び出して、オリヴィエを保健室まで搬送してくれた。
「さて、あとは貴方の処遇についてね」
クラウディア先輩はテリアル先輩のことを一瞥する。
その後、委員長と目を合わせる。
「取り敢えず我々風紀委員が身柄を拘束しておく。処遇については審査委員会に一任する事になるだろう。構わんな?」
「ええ、あんな事をしてしまった以上仕方ないわね。でも」
「なんだ?」
「部長として彼には制裁を受けてもらうわ」
クラウディア先輩はどこからともなくセンスを取り出した。
「な、ま、待ってください! それだけは!」
「最期からの招待状」
突如、テリアル先輩から血飛沫が飛び散る。
その飛び散り方から切り傷であることがわかるが、刃物のようなものはもっていない。
つまり魔法ということだ。あれほどの裂傷を負わせる魔法となると、恐らく風属性魔法。……鎌鼬か?
「待てクラウディア! 彼については私が預かる! 彼への攻撃は越権行為だぞ!?」
委員長が大声をあげる。
「関係ないわよ、そんなの。無傷でデュエルに負けて、しかも腹いせに不意打ち。これだけやっておきながら怪我もなく審査を受けるですって? そんなことは私が認めないわ。他の部員に示しがつかないもの」
おいおい、まじかよこの人
「い、嫌だ! 助けて!」
……鎌鼬での出血量は想像するほど多くないと聞くが、あれほどの切れ味。死をイメージさせるには充分だろうな。
「大丈夫よ。多分」
「多分だと!?」
「私に詰め寄る暇があるなら彼を助けるのべきじゃない?」
そんなこんなで、いろいろあってテリアル先輩は保健室に搬送された。そしてこの場に残ったのは俺と委員長に剣術部の部長、そして一触即発の険悪な雰囲気だけだ。
周りの観客たちも完全に沈黙している。くしゃみ一つでもしたら、それが合図となり乱闘が始まりそうな空気だ。
「じゃあ、やるべきことも終わったし、そろそろおいとまさせてもらうわね。ああ、そうだ。天蓋君、あなた達は後日改めて部の紹介がしたいわね。用事の無い日で良いから是非見学にきてくださらない? いつでも歓迎するわ」
そういうとクラウディア先輩はとても優しそうな笑顔で俺に微笑みかけてくる。さっき人一人切り裂いた人とは思えないほどの穏やかな表情をしている。
そしてその表情を浮かべながら、アリーナから出て行こうとする。
「ちょっと待ってもらえませんかね! 一つ言わなければならない事があるんですよ!」
俺がそういうとクラウディア先輩はさっきまでの表情を崩さずに俺の方へ向き直る。
「あら、なにかしら?」
「大したことではありませんよ。ただ、問題のある行為をした人に警告するのが仕事ですので」
「……! フ、フフ、なるほど。そうよね、それがあなたの仕事だものね。それで? 警告というのは?」
「まあ、次問題を起こしたら拘束しますよ。とでも言うべきなのでしょうね」
「へぇ? できるかしら、貴方に、私を捕まえることが」
「仕事、ですからね」
その直後、クラウディア先輩が一気に距離を詰め、持っていたセンスで思い切り俺の頬を叩きつけた。
「鬼ごっこ開始ね。貴方だったら……私のことを楽しませてくださるのかしら?」
クラウディア先輩はどこか顔を紅潮させながら、俺のことをじっとみつめる。
「随分と余裕ですね!」
すかさず手刀をクラウディア先輩の顎目掛けてあてにいく。
しかし、その手刀が当たることはなく、回転しながらこれを回避。その回転を利用しながら、俺の首にセンスを思い切り叩きつけてくる。
「そんな攻撃では私には触れられないわよ?」
俺は素早く十手を取り出し攻撃を仕掛ける。
しかし、俺の攻撃はすべて肌に触れるギリギリで回避されてしまう。……この動き、みたことがある。たしかナタクが使っていた技、消力とかいったか? 相当難しい武術だときいたが。
それならばと、俺は炎魔法を使用し、彼女の視界を塞ぐ。見えない攻撃に対しては、反応できないのだから当たるはずだ。それに追加で人間の反応速度をはるかに上回る速度で攻撃しよう。
これで終わりのはずだった……が、彼女はすべての攻撃を寸前で交わし続ける。
信じられん。明らかに人間の骨格的に不可能な動きで回避行動してくる。これは一体?
「どうかしら? 私の回避魔法は」
回避魔法!? あれ魔法なのか!? しかし、そうでなければ説明できないことも確かだ。
俺は更に攻撃を仕掛ける。すると、彼女はアリーナの外に、正確にはアリーナの屋上へと逃げていく。
俺も屋上へ昇った時に、通信が入った。相手は会長のようだ。
「こちら天蓋」
「貴方なにをしているの!? クラウディアと戦っているって聞いたわよ!?」
会長からの怒号がとぶ。
「その通りです」
「すぐに中止にしなさい!」
「なぜです?」
「あれは下手に相手にしないほうがいいのよ! ほったらかしにしておけば基本的には人畜無害な奴なのよ!」
なかなか非道い発言だな。放置安定って。
「あら、何の話かしら?」
「上からの警告ですよ、あなたには手を出すなと言われました」
「それは私の父が大臣だからかしら?」
「いえ、そういう意味ではなさそうでしたが?」
「そう、ま、どうでも良いことよね」
「わかったわね! 天蓋君! すぐに生徒会室まで戻ってくるのよ!?」
「そんなこといわれてるけど、いいの?」
俺は笑って答える。
「ええ、要するにあなたを拘束すれば良いだけの話ですから」
「そう? じゃあ、もっと楽しみましょうか!」
「いいや、さっさと戻れとのことですので。これで終わりにしましょう」
そういうと俺はゆっくりと呼吸を整える。
俺は蛇神だが、分類上は太陽神に含まれる。干魃を発生させる魃の末端だからな。つまり、ほんのわずかだが、俺には光を操る力があるといえる。
せっかくだからお見せしましょう。光速の攻撃を。
「光子誘導弾!!」
一定範囲の全光源体に攻撃命令を下す。
光速で動き、自動で追尾する攻撃。果たして!?
「ク、クク、ククク。ハハハハハハ!!!」
俺は思わず笑い出してしまった。まさか、まさか本当に!!
光速での攻撃を避けきるとは!? これほどの敵など一体いつぶりだ!?
「天蓋君!? どうしたの!?」
「会長、生徒会室にいくまでに少し時間がかかりそうです」
「え!? 駄目よ! すぐに」
「あれは俺の獲物だ。俺だけの獲物だ!」
そういうと俺は通信機のスイッチを切り、クラウディア先輩の追跡をはじめた。




