能力発動
「さて、ずいぶんと水のかさが増えてきたな」
デュエル開始からまだ数分と経ってないが、すでにデュエルフィールドにたまった水はひざの辺りまで浸水している。
それにこの二人の戦術は俺を完全に放置してオリヴィエを集中攻撃することのようだ。
十分に離れたところから水魔法遠距離攻撃を仕掛け続けているが、オリヴィエはそれを爆発でうまく相殺している。
しかし水の多くなってしまったこのフィールドで炎魔法をガンガン発動してしまった結果フィールド内はすでに気温60度以上、湿度は80前後まで上昇している。ちょっとしたサウナ状態だ。当然オリヴィエも相当な量の汗を出している。あと五分もしたら脱水症で戦闘不能になるな。
「おい、焦りすぎだ。少し魔法は控えろ」
いくらなんでもハイペース過ぎるオリヴィエに対し、ペースを下げるよう説得を試みる。
「それではこの二人を休ませてしまうだろう」
「別にいいさ、どうせ接近戦になったらこっちが有利なんだ、遠距離からの持久戦を向こうから望んでいるのだから乗ってやればいい。相手が油断するまで温存しておけ」
「そんな時間が残っているのか? これ以上浸水が進んだらこっちは身動きできんだろう」
「安心しろ、この程度の水ならどうとでもなる」
もっとも、この力を使うほどの相手とは思えないがな。
「いやーさすがに強いですね、あの二人は」
実況が再開される。
「ええ、しかしオリヴィエ選手もあの二人相手に互角の戦いをしてますよ」
「それなんですけど、ずるくありません? 二人掛りで女の子を襲うなんて」
「ずるくはないでしょう。どちらかを倒せばいいわけですからね。一人を集中攻撃することはタッグデュエルの常套手段です。しかしそれを差し引いても狙うべきは彼女ではなく、彼だと思いますが」
「微動だにしてませんね。ずっと仁王立ちですよ」
確かに実況のいうとおりだ。そろそろ動くか。
「オリヴィエ、合図を送る。そのときは俺もろともでかまわん、爆破しろ」
「接近戦を仕掛けるつもりか!? 相手のほうが速さは上だぞ」
「動きを制限させればいいだけの話だ」
そういうと、俺はゆっくりと敵に向かって歩き出す。
「なんだその亀みたいな動きは! てめえ何ざ倒しても箔がつかねえんだよ!」
「ほおら早速油断だ」
こいつらは自身の体に水を纏わせて戦っている。炎をから身を守り、同時に浸水したこのフィールドを自由自在に動き回れるのもその魔法のおかげか。だが一向に近づいてこないところを考えると、あの水の鎧は恐らく物理的な防御能力には乏しいということだ。つまりレイピアで刺されたら普通に致命傷になる。
つまり殴ればいいというわけだな。
「烈火之壁」
二人を囲うように炎を発動させる。接近戦を避ける以上防御も左右への回避も得策ではないだろう?
どちらにせよ俺たちを近寄らせる隙ができてしまう。
案の定敵は上空へ飛び跳ね、俺たちの頭上を通り抜けようとする。
「オリヴィエ!」
「わかっている!」
俺はオリヴィエのほうを向くと手を組み姿勢を低くする。
そしてオリヴィエは俺に向かってジャンプし俺の組んだ手を踏み台にしてさらに大ジャンプする。要するにチアリーディングで行われる協力ジャンプというやつだな。
「なに!?」
驚くのも無理はないな、ひざまで水に浸かってる状態でこれだけ高く跳べるとは誰も思うまい。
オリヴィエはすばやくレイピアを出現させると、片方の敵、マルクスを袈裟斬りにした。
「ぐああっ!」
斬撃の痛みからか集中を切らしたからか、奴を覆っていた水の鎧は一瞬だが明らかに弱体化する。その瞬間を見逃すはずもなく、オリヴィエはプロミネンスを瞬時に発動させてマルクスに追撃を行う。
爆風で吹き飛んできたマルクスを俺は捕まえて、障壁のあるほうへ投げ飛ばす。
障壁にぶつかりそのまま倒れこむマルクス。
この時点ですでに大ダメージを負っているように見えるが、俺はそんなことなどかまわずマルクスの首を掴み持ち上げる。
「今だ、やれ!」
オリヴィエに合図を送る。その直後俺もろともマルクスにプロミネンスが直撃する。水によって軽減がなされていない爆発の直撃にさらされたマルクスはうめき声を上げる暇もなく意識を失う。俺はそっと掴んでいた手を離し、障壁に背中が当たるように横たわらせる。
「これは……」
ジャッジがマルクスが気絶していることを確認すると。
「マルクス選手、戦闘不能! よってオリヴィエ、天蓋チームの勝利!」
一瞬の出来事に静まり返る観客たち。この静寂を打ち破ったのはやはりというか予想通りというか、実況の二人だった。
「な、なんということでしょうか!? 一瞬!! 天蓋選手が動き始めた直後! 流れるような連携でマルクス選手を投げ飛ばし爆発によって試合が終結してしまったー!!」
「ば、ばかな! なぜプロミネンスの直撃で立ってられる……?」
「それほどの防御魔法を使用したということでは?」
「よく見てみろ! ノーダメージだぞ!? あんな芸当ができるものがこの学園に何人いると思う!」
「さ、さすが……オリヴィエ選手のパートナーと言ったところでしょうか」
「ああ、味方の攻撃を貰いながらも攻撃を続けられるとしたら、一般的なセオリーを完全に無視できる。戦略的にまったく違う行動をとられる以上完全な初見殺しだぞ、あんなの」
それでも静寂は続く。信じられないものを目の当たりにしたように。
「く……」
障壁が消えた直後にオリヴィエがふらつく。恐らく外気温が一気に変化したことによる立ちくらみだろう。俺はすばやくオリヴィエの肩を支える。
「大丈夫か? 脱水症も併発している可能性があるな。委員長、すぐに彼女を保健室に」
「ああ、わかった」
「大丈夫だ……少しめまいが、しただけだ」
「駄目よ、すぐに治療をうけなさい」
「クラウディア先輩」
いつのまにかクラウディア先輩はフィールドに上っていた。
「すばらしいデュエルだったわ、本当にこの二人を……しかもほんの数分で」
「ク……クラウディア様」
よろよろとマルクス先輩が立ち上がる。この世界の連中は案外丈夫な奴が多いようだな。
「あら、もう動けるの? だったら私が肩を貸す必要はないわね」
「うっ」
突然マルクス先輩が倒れる。やはり無理をしていたのか……。
「そう、自力で帰れないの……テリアル、貴方ずいぶんな体たらくよね? 貴方たちには期待してのですけど」
「お、お待ちください! あれは油断したから、マルクスが!」
「素直に負けを認められないの? 残念ね、それより貴方たちすごいわね。これは是が非でも剣術部に……」
「待ってください! 俺はまだ負けてません!」
「負けたじゃない。さっき」
「認められる訳ないでしょう!? こんな決着! 俺達はまだ本気を出していないのに! あの男だってほとんど戦っていない!」
「そんなことは関係ないわ。負けたのよ、ルール上、なんの問題もなく」
テリアル先輩が俺をにらんでくる。しかし勝ったのは俺だ。文句があるならデュエルで決着をつければいい。だとしてもさっきのデュエルの勝者が俺達であるという事実は変わりようはないが。
「許さん。許さんぞ! 俺が築き上げてきた実績! 信頼を! こんなつまらないことで壊しやがって!」
「だったら初めからデュエルなんてしなければよかったでしょう」
「貴様!! いいだろう。どっちが本当の意味で強いのか教えてやる。デュエルなんかでは味わえない戦いを教えてやる!」
……言葉には気をつけろよ。デュエルなんかだと? 貴様はいずれ叩きのめしたほうがよさそうだな。
「食らえ! 超純水!」
なぞの液体が俺に、いやむしろこれはオリヴィエを狙っているのか!?
しかもこれは……超低張液か!? こんなものを肌に浴びたら、細胞が浸透圧で破壊されてしまうぞ!?
……やむをえん。この能力を発動するか……
「枯渇せよ」
その一言とともにテリアル先輩の発動した液体は完全に消失した。




