濡れ衣
「特に話す事もないからな、さっさと試合を始めよう」
俺は差し出された手を握り返し、試合開始の合図を待った。
「……」
「……」
「……」
おかしい。試合が始まらない。もう準備はすべて整っているはずだが。
「おっと両者共に睨み合っております!」
いや、いつまでたっても試合が始まらないだけだ。
「……おい、話はもう良いのか?」
「……? 何の話をですか? 主審」
突然審判に話しかけられたため、驚きより先にほんの少しばかり茫然自失としていたが、とりあえず主審が何を言いたいのかから聞き返した。
「い、いや、話すことが無いなら試合を開始しよう」
「……?」
なんだ? 主審はいったいどんな話があると思ったんだ?
「お、おや!? 試合が始まってしまいそうですよ!?」
「そのようですね。これは珍しい事になりました」
だからいったいなにがそんなにおかしいんだ。
「フードなどで顔が隠れているためよくわかりませんが、これはもしかしたら天蓋選手は偽物である可能性が浮上してきました!」
……は? 俺が偽物? いやいやいや、何でそんなことになるんだよ。仮に俺が偽物だとしたら俺はいったい誰なんだよ。
「……実況席でなんて話をしているんだ……? 本気にする奴がいたらどうするつもりだ」
「……」
「なんだ? 俺の顔がそんなに珍しいか」
「い、いや、何でもない」
「目の前の俺より実況の言葉の方が信じられるのか?」
だとしたら、武術家として節穴も良いところだな。普通歩き方だとか体格である程度の事は見抜けるはずだが。
会場の方もざわつき始めてきた。まさか本当に俺が偽物だとでも思ってるのか?
「いや、そういう訳ではないが、俺達のことをどれだけ煽っ てくるのかと思っていたからな。肩すかしを食らったように思っただけだ」
「そうだ。だからこそ私も君が彼を挑発するのを待っていた」
「!? そんなバカな話が……冗談でしょう……?」
「……いや、本当だ」
主審はゆっくりと首を横に振り、俺の質問に答えた。
「信じがたい話だ……」
「そもそも偽物なら私が気づくだろう」
「それは勿論そっちもぐるという事になる」
まあ、替え玉作戦なら当然の話だが。
「それはいったいどういう状況だ……? 天蓋が試合に出られない理由なんてあるのか?」
「いや、正直俺だったら……一緒に試合は……」
おいそれむしろ替え玉に替えなかった俺がおかしい人みたいに聞こえるだろ。止めろよそういう言い方。
「ふん、天才との差を知ることがそんなにも恐ろしいか……? 程度がしれるな」
「うーん、そうじゃなくて……肩を並べる事自体が負けみたいな?」
「まあお前では肩を並べたら負けだろうな。頭が肩に届いていないのだからな」
「な、なんだとう!?」
今度はオリヴィエと小柄な男が喧嘩し始めたな。
「主審。もういい加減試合を始めて貰えませんかね? 観客はこんな醜い争いなんてみたくないはずです」
「そ、それもそうだな」
やれやれ、やっと試合が始められる。




