面倒
「自分に生徒会の仕事を手伝えというのですか、会長」
入学から数日たったある日、俺はカルラに頼みごとがあるから来てほしいと言われ、生徒会室にまで足を運んだ。カルラは生徒会執行部に入ったようだ。
「生徒会じゃなくて、風紀委員の仕事を手伝ってほしいのよ」
「大して変わらないでしょう。それ」
「まあ、そういわずに話だけでも聞いてくれないかい? 天蓋君」
ナタクが話しかけてくる。
「俺は面倒が嫌いだということは知っているでしょう。なぜ俺なんです? ほかの人に頼めばよろしいのでは」
「それが恥ずかしい話ことごとく断られてしまってね。もっとも風紀委員の仕事を手伝うといっても簡単な話ではないんだよ。当然のことながら手伝うという以上風紀委員と同じ権限は与えられないし、その割には危険が付きまとう内容だからね。君以外に頼んだ人だってほんの数名だし」
それって滅茶苦茶面倒ということじゃないのか。
「そこまで言われてやるやつなんていないでしょう」
「そこを何とか頼むよ。ほら、君なら怪我をする心配もないだろうし」
それが本音か。
「そもそも俺に何をしろというのです」
「ああ、明日は部活動紹介があるから一日中休講だろう? そのときは今いる人数だけでは足りない可能性が高いんだよ。勧誘が激化するからね。当然問題も多発するだろう?
そのときに発生した問題を正確に、かつできる限り穏便に処理できる人材がその日だけ必要なんだ」
つまり、生徒の奪い合いになった挙句、喧嘩にまで発展するかもしれないから、そのときは怪我するかもしれないけど、しかもなんの権限も与えられないけど、頑張って仲裁してねってことか。
なるほど、確かに誰もやらないだろうな。そんな手伝い。
「その人材が俺だと」
「君が適任だと思う」
「そうよ天蓋君。明日は生徒会を含めててんやわんやになるわ、そんな中でカルラちゃんや私みたいな可憐でか弱い女の子がぼろぼろになりながらも頑張って事態の収拾に取り掛からなければならないの。その事実に対して何か思うところがあるでしょう?」
さらりと自分のことを可憐でか弱いって表現したなこの人。
そうか、自分が可愛いという自覚をもった上で人に頼みごとをするタイプの人か。となると、いいようにパシられたやつも多いだろうな。
「とても、『可哀想』だと思います」
あえて上から目線で言ってみる。こういう面倒なことは喧嘩腰で断ったほうがあとあと穏便に済むからな。しつこく頼まれることもないだろうし。
「そう、『可哀想』よ。つまり?」
「手伝って『あげよう』かな?」
「その通り! 正解よ百点満点あげちゃう」
しまった、この女予想以上に強かだ。上から目線での言葉が完全に裏目に出た。
これ以上煽っても自分の首を絞めることになるだけだ。自分の失言である以上、ある程度の面倒はやむをえん。問題なのはいかにして面倒を最小限にするかだ。
「その一日だけ手伝えばいいんですね」
「うーん、できればその後も風紀委員として頑張ってもらいたいなぁって……駄目?」
上目遣いで俺を見てくる。これで騙されたやつ結構いるだろ。俺とかモロ引っかかるぞ……多分。
いや、流石に風紀委員に入るとかは無理だろ。……違う! そもそも手伝うのが仕方ないと思ってる時点で会長の手のひらの上か。
「まあまあ、もっと前向きに考えたらどうです? 先輩たちの新入生の勧誘は相当しつこいですからね。自分は仕事があるから部活を見て回ることはできませんって言い訳できると思えば、面倒を避けることができるのでは?」
たしかにそういう考え方もあるが、だったら最初に言わないのはおかしいだろ。確実に言い訳にできないような状況になるってことだろう?
「手伝いだけはしますよ」
率直に意見を言った。それ以上のことはしないよ、という意味をこめて。
「本当に!? ありがとう! お礼にお姉さんがお昼ご飯をおごってあげるわ」
「それは……、丁重にお断りさせていただきます」
なにかいやな予感がする。会長と二人で食事をしたらなにかとんでもないことが……とてつもなく面倒なことが起きる気がする。
「そう? それは残念……」
「そういうことですので、俺は帰ってもいいでしょうか?」
「ええ、もう大丈夫よ」
そういわれたので俺はさっさと食堂に向かうことにする。さっきからいやな予感がする。なんだ? この感覚は?
「お兄様、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……!? カルラ!? 生徒会室から出てもいいのか?」
突然カルラから声をかけられた。完全に油断していた。
「ええ、お弁当を忘れてしまったので」
だそうだ。そういうわけで二人で食堂へ向かう。
◆◆◆◆◆
食堂へついた。みんな食事している。
「なんだ、おそかったな」
「ああ、会長から面倒を押し付けられた」
「面倒? ああ、明日のことか」
そんなに有名なのか……この学園の部活勧誘。
「そういえばさくらはどうした?」
「さくらならコーヒーを注文しに行ったぞ」
マジかよ、あの呪文を唱えるのか。
そんなことを考えているとさくらが帰ってきた。
「あ、天蓋さん。私も勇気を出してコーヒーを注文してみました。まっちゃらてあーてと言うももみたいですよ」
「そうか、すごいな……俺なんて怖くて水しか頼めない」
「そうかな? 紅茶とかなら簡単に頼めるけど。ためしに僕の飲んでる紅茶でも飲む?」
ウィルが話しかけてくる。
いや、紅茶を頼めないのはお前が熱く語って俺がついていくことができないからで。
コーヒーも呪文がわからんし、緑茶は売ってないし。消去法で水なんだが。
「あー、私どうしようかしら。部活」
「そういえば決めたやつはいるのか? 俺は帰宅部だが」
「私は……ドラゴン研究会に入ろうと思う……」
ミーシャの発言に全員驚く。
「え、なんでいままで言わなかったの」
「聞かれなかったから」
「いや、俺が」
「私の名前……呼ばなかったから」
怒ってるな、これは。ゲイルお前何やらかしたんだ?
「いやいやいやいや! 名前って俺ウィルのことしか名前で呼んでねーし!」
「じゃあ、ウィルにしか聞いてないと思ったんじゃないのか」
「んなバカな!?」
「というより、ドラゴン研究会なんてあるんですね」
「興味あるのか? カルラ」
そういえばこいつ昔はドラゴン常食してたな。厳密には蛇族だが。
「興味があるなら一緒に入る?」
「いえ、私はそういうのにはあまり……」
「ドラゴン、そういうのもあるのか」
オリヴィエが興味を示している。俺も興味あるが。
明日平和だったら眺めにでもいくか。
まあ、平和じゃないから俺が風紀委員を手伝うことになったんだが。
流石にそんなにやばいことはおきないだろう。
いくらなんでも一つも見学できないほど忙しくそこらじゅうを走り回るなんてことにはならないはずだ。
そんなことを考えながら午後の授業が始まる。といっても皆明日のことで話題が持ちきりであり、先生も流石にとやかく言うことをあきらめているのは元この学園の生徒だったからというわけではなさそうだ。それ以前の問題で収集がつかなくなっている。
前日でこれとは、当日はどうなるんだという一抹の不安を抱えながら授業も終わり、寮に戻る。
明日は平穏でありますように。そう願いながら……。




