コーヒーには砂糖とミルクを入れよう
「ベンティアドショットへーゼルナッツキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノと、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノでお待ちのお客様」
食堂の店員がなにかとんでもない呪文を詠唱し始めた。その呪文の詠唱が終わると、男女のカップルが店員に近づき、一見するとパフェのようなものを渡されている。あれはいったい?
「え、あんなふうに頼まなければならないんですか?」
「頼む? 何を」
「コーヒーをですよ」
「食券を渡せばいいだけだろ? え、なんかほかにあるの?」
俺は逆にさくらに聞き返す。
「だ、だってコーヒーの……トッピング? と呼べばいいんでしょうか? そういうものを注文しているみたいですよ? 皆さん」
なん……だと……。すると何か? 食券を渡すときにさっきみたいに、サモサモキャットベルンベルンDDBDDBみたいなことを言わなければならないのか。分けがわからないな。
とりあえず何でかはよくわからないがそこはかとなく店員が言った言葉とアサルト・ソニック・バーンという言葉と何か共通点……あるいは親和性がある気がする。
やっぱり違うかな?
「安心しろ。あのコーヒーでそういう注文するやつなんているはずがない。もしいるとしたらそいつは余程のバカか、もしくはただカッコイイ単語を言いたいだけの間抜けかのどちらかだ」
そうか、それを聞いて安心したよ。
「じゃあ、私は……」
さくらが不安そうに尋ねてくる。そういえば普通のコーヒーを頼むんだったな。
普通ってなんだよ。
「まあ、適当に頼めば大丈夫だろう」
「そんな無責任な」
さくらは泣きそうな顔でこっちを見てくる。残念だが俺がしてやれることは何もない。一歩間違えば俺だって致命傷になっていたのだからな。下手に助言すると逆にさくらを追い詰めかねない。
「おい、何をしている? さっさと頼みに行くぞ」
「そんなこと言ったって……」
「はあ、じゃあ私が代わりに頼んでおいてやる」
「よろしいんですか?」
さくらから安堵の声がこぼれる。
「ああ、適当でかまわんよな」
「じゃあ、俺の分も頼む」
どさくさに俺も頼んでおく。
「そうか、砂糖とミルクはつけなくて大丈夫か」
「大丈夫だ、問題ない」
俺がそういうと、オリヴィエは一人で店員のところまで注文しに行った。俺たちではこれ以上先へ進むことはできないからな。だがこれで一安心だ。
すこし待っていると、オリヴィエがコーヒーを持って戻ってきた。
「これが……」
俺はコーヒーを凝視する。一見するとなんの変哲もない意外と量は少ない一般的なコップに注がれたコーヒーだが、おそらく何かが違うのだろう。
さっそく一口飲んでみた。
「……」
苦い。予想していたより。え? 何これ? こんなに苦……え? 高級なコーヒーってこんなもんなの? 安物との違いがまったくわからん。
むしろまずいんじゃないのかと思えるぐらい理解ができない。
「どうだ、飲んでみた感想は」
「本当に申し訳ないと思っている」
「お口にあわなかったんですね」
俺の心に深い罪悪感が芽生える。わざわざ高い金を出しておごってもらったという事実が俺に重くのしかかる。
「だから聞いたんだ」
「……済まぬ」
「改めて聞くが砂糖とミルクはつけなくて大丈夫か」
「一番いいのを頼む」
「貴様、それまでおごれというのか。まあいい、買ってきてやる」
本当にあるのかよ……、有料の砂糖とミルク。
そんなこんなでオリヴィエが砂糖とミルクを持ってくる。
「ほら」
「お、ありがとう」
コーヒーに砂糖とミルクを入れて改めて飲みなおす。
なるほど、たしかに今まで飲んだものよりは美味い。
……高い金払ってまで飲みたいかと聞かれたらそこまでではないと答えるが。
コーヒーを飲んでる最中に気になったことがあるので、聞いてみた。
「そういえば、カップの取っ手に指を突っ込んで持つのはマナー違反みたいだな」
オリヴィエとさくらは人差し指と中指、そして親指でつまむように取っ手を持っている。
「あまりお気になさらないほうが」
「そうだ、単に習慣でこういう持ち方をしているだけだ。こんなところで礼儀作法だとか、マナー違反だとか気にしているほうがどうかしているな」
そういうものか。なら安心して飲めるな。
「そういえば、どうなさったんですか? その腕」
さくらがオリヴィエに話しかける。おそらく包帯のことを言っているのだろう。
「ふ、これか……私がまだ未熟だという証さ……」
「お怪我をなさったんですか?」
「いや、授業中に怪我をしているようには見えなかったが」
「違う! これはそういうことではなく……その、この包帯は封印だ! 解いたら私でも制御できないほどのパワーが溢れて……」
「いや、だから授業中つけてなかったっだろう」
「仕方ないだろう。規則では正当な理由もないのに包帯を巻いてはいけないんだから」
「あの……、制御できないほどのパワーが溢れてしまうのでは……」
「う! うう、それは。……黙れ! この話はもう終わりだ!」
どうやら怒ってしまったようだ。
「ご、ごめんなさい」
「お前規則規則というが、だったらなんでもっと規則の緩いところへ入学しなかったんだ」
「ここが一番規則がまともだったからだ。他はどこも常時制服を着させられるところだった」
「まさか、その格好がしたいからこの学園に……?」
「したいではなく、この格好こそが私の本来あるべき姿なのだ」
「ほ、本来ですか」
そんな理由で入学したのか。制服が気に入ったからとかそういう普通の斜め上をいく理由だ。
「今までの大会でその格好をしなかったのは」
「規則で禁止されていたからだ。愚かな規則だ、より戦いやすい服装のほうが正確な成績が出せるというのに」
まあ、確かにその服のほうが戦闘には有利だろうが。
「服にまでこだわるだなんて、私なんてまだまだですね」
さくらは自信なさげに発言する。
「これから強くなればいいだけの話だろう。もっともこの男と仲良くしていながらそんな小心者では難しいかもな」
「いや、一日二日で性格変わるとか怖すぎだろ」
「何を言っている? 一緒にこの学園に入学してきたのだろう?」
「いや、ばらばらだ。さくらとは入学式の時初めて出会った」
「な、何をバカなことを……。私なんて知り合うどころか誰からも話しかけられなかったのに……。いや、別に私は自らの意志で孤独となっているだけだが。全然辛くなんかないが」
「お強いんですね。私なんてお友達ができなかったらどうしようと心配で心配で」
「か、勘違いするな! 私は作れないではなく作らないのだ。私のレベルに合うやつがいない以上仕方あるまい」
お前の血筋やこれまでの実績だけでその発言を聞くと、なんて傲慢不遜な女なんだと普通は思うんだろうが、その格好で言われるとギャグにしか聞こえないな。
「そんなレベルが合うだなんて」
さくらが照れている。照れるような要素なんてあったか?
ああ、そうかレベルが合うというのは服のセンスではなく、実力だと捉えたのか。そもそもセンスだと思ったのは俺だけか。
「ふ、ふん。独りというのも少しばかり飽きてきた頃だからな。貴様らの集まりに属してやってもいいと思っただけだ」
お前も照れてんじゃねーか。
「あ、集まりと言ったらお二人は部活は何をなさるんですか? 私はまだ決めかねているので。できれば皆さんと一緒の部活に入りたいと」
「俺は部活をするつもりはない」
「私もだ」
「そんな……」
俺は面倒が嫌いなんだ。わざわざ部活動で時間を浪費するというのもバカな話だ。
そういえば食堂に人が増えてきた。時計をみるとそれもそのはず、すでに夕食を摂るであることを示していた。コーヒー一杯だけでずいぶんと長話をしてしまったらしい。
これ以上ここにいてもほかの利用者に迷惑がかかる。ということで俺たちは解散することにした。




