他に調べてあること
「本当に良く調べられているな……他にも色々書かれているぞ。出身地や家族構成は勿論の事、朝食そして昼食に何を食べたかも書かれている」
「そこまで書かれているのか。具体的に何を食べたんだ?」
「どうやら中華料理のようだな。朝はワンタンに小龍包、それに粥か? カボチャの入った物のようだな。昼も中華でチャーハンにホイコーロー。妹の方が多くの量を食べているようだ」
見た目の割に案外庶民派の食事のようだな。しかしそんな事まで書かれているとは……流石の俺でも予想をはるかに上回る情報収集能力だと言わざるを得ないな。
「そんな事まで調べたの……? もしかしてストーカーが趣味の方がいらっしゃるのかしら」
「そういうのはないはずだ。上からの命令を受けただけだからな……何せ俺の相方はヴィンクラーの令嬢、それに今実況席にいる上杉先輩とは知り合いでね、この二人の財力と権力を合わせれば大概のことは出来ると思わないか? 例えば……お前ら二人が泊まっているホテルを買収するとか」
「な!? そんなことを!?」
「何を驚いている? 相手の情報を集めるのは当然のことだろう? お前だって俺たちのことを調べたはずだ……彼を知り己を知れば百戦殆うからず……それを怠るような奴じゃないことは明らかだろ。でなければ相手の弱点を徹底的に責めることは出来ないからな」
二人は唖然とした様子で俺の顔を眺めてくる。会場の空気も相当冷めているのがわかる。だがそんなことは勝利を確実にすることに比べたら些細なことだ。それよりオリヴィエはまだ読んでいるのか? 今まで長話をしてきたからか特に問題ないが、これ以上時間稼ぎすると他の連中にばれる可能性が高まる。そうなると次の試合からは長話なしで試合を始められるかもしれないからな……それは少しばかり困る。
「これは……怖いな」
「そうですね。食事の内容まで調べるのは狂気の沙汰ですよ。えっと、上杉さんが命令したんですよね?」
「可能な限り詳しい情報を調べて提出しろとしか指示してませんよ? それを言われたとおりに実行しただけで私は何も知りません。すべて秘書がやったことです」
どっかで聞いたことのある言い訳だな。まあ実際にそこまで調べろとは指示していないとは思うが。
「秘書って……そんなのまでいるのか!? その年で!?」
「この年だから必要なんですよ。学生じゃ出来ない取引とか入れない場所とかありますからね」
「その年で実業家とは、金持ちはやることが違うな。ところで秘書って女性? やっぱり美人?」
「こんなところで何を聞くんですか……まあ、女性ですし、美人だとは思いますが」
ということは俺に資料を渡しに来た女がナタクの秘書か。
「出たよ、美人秘書。それでどこにいるの? この会場の中にいるんだろ?」
「公共の場で女の話とはな。どうして男というものはこうもバカが多いんだ?」
「ちょっと待ってくださいよ! 美人秘書はすべての男たちのロマンですよ? 俺はあくまでも全国の男性たちの聞きたいことを恥を承知で聞いているんですよ。 下心なんてありませんって」
「それより実況をした方がいいのではないでしょうか!? 向こうも微動だにしてませんよ!」
まだオリヴィエが読み終わっていないからもう少し続けて欲しかったがな。
「まだ読み終わらないのか」
「ああ、予想以上に量が多い。道術についてここまで詳しく書かれているとはな」
専門家だからな。
「そういうものを読むのは試合前に、入場前に済ませておくものじゃない?」
「そうだな。読んでる最中だが、さっさと始めた方が良さそうだ」
「ああ、読み終わってはいないが……残りはあまり役に立ちそうな情報では無さそうだな」
「どんなことが書いてある? 役に立たないなんて事はないだろう?」
「だが残りは二人のスリーサイズとかだぞ?」
それはここでは言わない方が良いな。
「え!? スリーサイズ!?」
「食いつきすぎだ。実況者としての礼節ぐらいはわきまえろ」
「そんな事調べてどうするつもりなんですかね? 上杉さん」
「いやそんなことまで調べろだなんて一言も言ってませんよ。そもそもこれからあたる選手の情報を出来る限り多く集めろと頼まれたから秘書に任せたのであって、調べたのは秘書ですし、調べるように頼んできたのは天蓋選手ですからね」
いや俺だってスリーサイズ調べろだなんて一言も頼んでねーよ。なに俺が知りたがってる風な言い方してんだよこいつ。
「ちなみに香水も姉妹で別のものを使用しているらしいな」
「単にかぶるのが嫌なだけだろ」
「かもしれんな。ちなみにこれについてはムスク系の香料としかかかれていないな。姉妹で使用している香水は微妙に違う物らしい」
「流石に使っている香水の品種まで特定してくるのは不可能だろ。その日のに気分で変わるんだぞ?」
「そういうものなのか?」
そういうものなのかと聞かれても少なくとも俺の知り合いはそうしている。と言いたいところだが香道をやってる奴だからな。あてにはならないか。
「人によると思うぞ。単純に貴重な香は毎日つけられないだろ」
「使っている香水は毎日同じものよ」
「だそうだ」
やっぱりこういうのは同じ物を使うものなのか。
「そのようだな。勉強になったよ」
「そうだな。これからは私も参考にしよう」
「お前も香水つけるのか? ちゃんとあの二人に聞いておけよ」
「貴様も相当無礼な男だな。私だってそれぐらいのお洒落はする」
若干意外な事実だな。そういう事には興味がないタイプだと思ったが……言われてみればなるほど、確かにオリヴィエは武器ひとつひとつに異なる衣装を自作するほどだからな。意外とそういうことに気を遣うタイプなのかもな。
「それは悪いことを聞いたな」
「ふん、わかればいい」
「どうでも良いけどこれ以上ふざけた事は書いてないわよね」
「午前の試合で汗をかいたとかでシャワーを浴びただろう。その時の下着の色とか書かれているぞ」
「なんですって!?」
双子の姉妹は同時にスカートを押さえつけた。こういうところは同じ反応らしい。
……。……マジでなんていう事を調べ上げているんだ。
そんな事を考えている内に一瞬で雪蘭が距離を詰めてオリヴィエから資料を引ったくり、勝手に読み始めた。
「い、いったいいつの間に」
「あれは縮地だな」
「……たしか道術で地脈を縮めるとか書いてあったな」
「お前の転送魔法に近い目的で用いられる術だ。対策はある程度想定できているか?」
「一応な。しかし姉妹両方使えるようだぞ?」
片方しか使えないというのも変な話しだし、そう考えるのも楽観的過ぎるからな。当然同じレベルだと想定するべきだろう。
当の本人達は資料を読むのに夢中になっている。
そして一心不乱に資料を破り捨てた。
「……読みました?」
「俺か? まだ読んでないが」
「ほ、本当ですね……?」
「ああ、ギリギリに渡された物だからな。読む時間がなかった」
この二人の反応を見る限り本当に正しい情報だったようだな。どうやったらそんな事まで調べることが出来るんだ?
「う、嘘だったら許さないわよ!」
「安心しろ。読んでない」
尚も疑惑の目で睨んでくるが本当に読んでいない。そんな事など知る由もない二人はどこからともなく武器を取り出して構えてきた。
そもそも雪梅とかあの服装だったら隠しても多分見えると思うぞ? そういうところとかちゃんと考えているのか?
「あの武器は……青龍刀に、確か……何だったか。ジャグリングに使うメテオに似ているが」
「流星錘と呼ばれる武器だ。鎖の両先端に金属製の錘、おもりのことだが、それを付けている武器だな」
「強力そうだな。投擲武器か?」
「それ以外にも上手い奴ならそれこそジャグリング並みの動かし方をさせるし、フレイル型のモルゲンシュテルンに近い戦い方もする。片方が柄ならば同じ構造になるからな」
もっともあれは球体に棘を付けることで殺傷能力を上げているが、雪梅が手に持っている武器は本当にただの錘のようだ。重量はそれなりにありそうだな。
「と、とにかく! さっさと試合を始めるぞ! 徹底的に嬲り者にしてやる!」
顔を真っ赤にさせながら叫んでくる。さっきまでの澄ました表情は見る影もなくなっている。というかこれはまずいんじゃないのか? 何かこれも俺が調べるように指示したみたいな空気になるんじゃないのか? だとしたら面倒どころの話じゃないな。まさか確信犯じゃないだろうな?




