聖夜に味噌ラーメンを~マッチ売りの少女が魔王だったら~
クリスマスイブ。雪の降り積もった街のほの暗い裏路地にひとりの少女がいました。
彼女はマッチ売りの少女。
毎日毎日、マッチを売り、ほそぼそと生計を立ててなんとか暮らしていましたが、最近は飲んだくれのお父さんに売上をすべて巻き上げられて満足に食事もしていません。
今日もお酒の代金分を稼がないとお父さんに殴られてしまうのです。
少女を可愛がってくれていた唯一の肉親のおばあちゃんも眠るように息を引き取ってしまい、彼女には逃げ場所すらありませんでした。
昨日も一昨日からずうっと続く空腹、肉親を失った悲しみ。
精神的にも肉体的にもボロボロになりながら、彼女は健気にマッチを売り続けていました。
ふらりふらりと、少女が路地の方へと近づいたその時です。
路地のさらに奥、暗い暗い、向こう側から不思議な声が聞こえてきました。
「クケケケ!おい、お前。そこのマッチをすべてくれ。」
陰気なような陽気なような、奇妙な調子の声でした。しかし、そんなことよりも彼女はマッチの買い手がいた事に、そして、その太っ腹な人が全てを買い取ってくれると言ってくれたことに驚きました。
「えええ!?全部!?いきなり全部売れるの!?キャー!!!!クリスマス景気!!!!!クリスマス好景気万歳!!!!!」
意図せぬダジャレが入りましたが不思議な声はスルーしました。
「金はいますぐ払う!いいからよこせ!」
少女は歓喜のあまりに踊りだしそうな勢いです。
「亡くなったおばあちゃんだけどな。息を吹き返したらしいぞ、マッチ買うついでにおばあちゃんちまでの馬車と、ちょっとしたお小遣いもやろう。なんかあったかいもん食って元気つけろ。ということで今日明日くらいはおばあちゃんちに行ってこい。お父さんには俺様が話しとく、あとこれな、メリケンサック。たまにはキレてみせてよ。お父さんにもガツンといってやれ。舐められっぱなしはダメだぞ」
そういって不思議な客が手を伸ばしてきました。
その手は青白くて爪が長くてまるで悪魔みたいな手だな、と少女は思いましたがせっかくの上客です。機嫌を損ねてはいけないと深く聞くことをやめ、素直にお金とメリケンサックを受け取りました。
少女の家庭事情を知っていたりとおかしな気もしましたがおばあちゃんが生きていると聞いて少女はそんなことが気にならないくらい大喜び。マッチの束をさっさと手渡すと、すぐさま馬車に乗りました。
「ありがとう!!!!おじちゃん、爪長いと女の人に嫌われるよ?」
「やかましいわ」
少女を乗せた馬車は軽やかに雪の道をかけていってあっというまに見えなくなってしまいました。
クックックッ…クククククク…クーアーッハハハハハ…
悪の笑い三段活用を披露しながら、路地の影から姿を見せたのは魔王でした。
「これでよかったんですかねえ。持ってたお金全部あげちゃって、勝手に死人を蘇らせたりしてー」
魔王の周りを家来の妖精がハエみたいに飛び回ります。
「馬鹿者め、これはただのマッチではない。擦った者の求めるご馳走が本物のように浮かんでくる魔法のマッチだぞ。俺様はこいつで一儲けしてやるのさ」
魔王は嬉しそうに笑います。
「はえー。ということはあの少女は魔王様に騙されてただのマッチの値段で売ってしまったわけですね!?」
「そうだ!!!こんな奇妙な魔法のアイテム。ちゃーんと売ればボロ儲け!!!カーっカッカカカカ……まあちょっと多く渡しすぎたかもしれんけどな」
そういって胸を張る魔王を見て、妖精は関心しました。
余談ですが、先ほど魔王に渡された大金を元手にして、後に彼女はおばあちゃんと共同でこの世界初の火打式ライターを発明することになります。
「では行くぞ!金儲けしてやる!!!クヒヒヒ!」
魔王は少女そっくりの姿に変身すると、一攫千金を夢見て街の大通りの方へと向かいました。
クリスマス商戦というのがこの時代にもあったのかはわかりませんが、大通りは人と屋台でいっぱいです。
中でも人通りのおおい大通りの中心部では迂闊に立ち止まることができないほど混み合っています。
「ありゃー。人がいっぱいですねー、魔王様。いい場所はみんな取られちゃってますよー」
「フン、問題ない!」
ぴぴぴっと何やら怪しげな光線を放つと、乱暴な運転をしていた馬車が屋台のラーメン屋に突っ込みました。
「ぎゃああああああああああああああ!!!???」
馬は屋台を華麗に回避しましたが、勢いづいた馬車はそのままラーメン屋を粉々に粉砕しました。
「えええええ!?魔王様一体なにやってるんですか!!!!」
「いいから見ておれ!!」
魔王には何か悪巧みのプランがあるみたいです。
「あああああ!?テメエ!!!!どこ見て運転してやがるッ!!!」
ガレキの中からなぜか無傷のラーメン屋の店主は怒りに青筋を立ています。
貴族はムキムキの店主に掴みかかられて震え上がっています。
「ヒィッ、な…なんじゃわしは貴族じゃぞ…」
「そ、そうだ。ご主人様から手を離せ!」
従者が小声で言いました。
「関係ないな。今から台無しになったスープの代わりに貴様をダシにしてやる…」
「ヒィィィィィィィィィィ!!!!」
貴族と従者は真っ青になってラーメン屋の店主にペコペコ謝罪を繰り返しています。
その横で貴族が落とした靴をこっそりとストリートチルドレンたちが盗んで行きました。
もちろん従者の男の財布もいっしょに。これで彼らは暖かい食事と毛布を手に入れられるでしょう。ついでにラーメン屋のチャーシューも頂きです。
閑話休題、終了。
ラーメン屋のおっちゃんが貴族をほんとうにぶちのめしかねない雰囲気になり、騒ぎに気がついた広場の人々は立ち止まってその様子を見守っていました。
その時です!
「やめて!!喧嘩は良くないわ!!!」
しれっとした顔をして少女の格好をした魔王は二人の間に入りました。
「なんでいお嬢ちゃん。ちょいとさがんな。こらぁ俺とこの貴族の問題でい」
ピキピキと青筋が走る店主が恐ろしい地鳴りのような声を上げます。
「この貴族のちょび髭はきっとラーメンが食べたかったのよ!どうしても!ASAP(可及的速やかに)!!」
「ほう、どうしてわかるんでい。証拠はあるんかい証拠は」
ヤ○ザばりの店主のドスの聞いた声は、魔王もビビるくらいの迫力があります。
(魔王様!?なんか考えがおアリなんですか!?)
(フフフ、あるのだぞそれが!俺様の必殺の作戦だ!)
魔王は貴族に近づくとこう小声で言いました。
(ラーメン食いたいって考えろ。死ぬ気でな。死ぬ気で食いたくなれ)
(!?!?)
(いいか、本気で考えろ出ないと店主がぶちのめしたあと、俺がお前をもう一回お前をぶちのめす。)
(ヒィ…!!)
貴族は何がなんだかよくわかってませんが、必死にラーメン…ラーメンと呟いて祈っています。
そして、魔王は貴族の手にマッチを持たせました。
(舞台は完璧。演出も最高。そしてオーディエンス…最高のシチュエーション!!!これが俺様の広報戦略!!!)
突然乱入してきた少女の存在に、広場の人々の視線は釘付けでした。
一体何が起こるのか。皆、固唾を飲んで見守っています。
魔王はその貴族の震える手で一本のマッチを擦らせました。
するとどうでしょう。マッチの細い煙の中からふんわりと影のようなものが浮かび上がり、それはやがてラーメンのカタチになったのです。
ほこほこと巻き上がる湯気、肉厚のチャーシュー。もやし多めのトッピング、少し濃い目の味を予感させる香り高い味噌、体の底から温まるようなすばらしい匂いが皆の鼻腔を突きます。
魔王も妖精もおもわずヨダレがこぼれそうになります。
「おオッ!?こいつぁ一体…!?」
「…このマッチは擦ったものが食べたいと考えているものを幻影にしてくれる魔法のマッチなのよ…」
貴族は目の前の光景が信じられないのかぽけっとしています。
「そうか…、こいつぁ…そんなにラーメン食いたかったのか…そいつァしょうがねえな…。そんな奴を責めれねえ…責めれねえよ…!!…ただ、うち豚骨なんだけどな…ウン…」
店主は勝手に納得して男泣きを始めました。
なんだかその場が異様な雰囲気に包まれます。みんな、どうしたらいいのか分からなくなってしまったのです。
(魔王様……)
(ああ…ノリでやっちゃったけど。なにこれ…)
じゅう…という少し情けのない音がするとラーメンの幻影は消えます。マッチが燃え尽きてしまいました。
芳醇な味噌の香りが消え去るまで、広場の民衆はぼうっと蕩けた顔を浮かべて夢見心地でした。
つかの間の魔法が解け、広場に静寂が訪れました。
家族連れの男がその静寂を破って叫び声を上げました。
「…食いたい…ラーメン食いたいぞ!!!!」
「今日はラーメンだな!?」
「そうだね父さん!!」
「ええ、ママもラーメンがいいわ!!」
すると違う家族も
「我が家もラーメンにするか!!!」
小太りのおじさんも
「俺も!!!飯食ったけどラーメン食いたい!!!」
「うおおおおラーメン!!ラーメン!!」
ラーメンの波動が広場中を駆け巡ります。
気が付けば広場の民衆は皆ラーメンを食べたくなっていました。食欲、性欲、ラーメン欲。三大欲求のうちの一つ、ラーメン欲に打ち勝てる人間などいませんでした。
「…ううううううむむむむむむ」
「いかがされました!?貴族さま!」
従者がうずくまったまま、唸り声をあげる貴族に駆け寄りました。
「……るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁめんんんがああああああああああ!!!!ラーメンたべたいぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
突然大声を出した貴族に店主も魔王も民衆もびっくりしました。
そして、店主の肩をガッチリとつかみました。
「厨房を貸そう、わしの家にきてラーメンをつくってくれ!!!!!」
そう言うと、貴族は皆に向かって
「ここにいるもの、すべてわしの屋敷に来てくれ!!今宵は聖夜!!!皆でラーメンを食そう!!!」
と、すっかり憑き物が取れたようなきりりとした表情で宣言しました。
広場は歓喜の坩堝となりました。
「………どこで間違ったかなー。」
だーれもいなくなって広場にぽつんと魔王と妖精は取り残されていました。
マッチを売るはずだったのに人々は皆ラーメンを食べに行ってしまいました。
山積みのマッチが魔王の手元に残っています。静かに吹き付けてくる風がみょーに冷たくかんじます。
「お腹空きましたねー…」
妖精はぼそっと呟きました。
「こッ…こら!俺様だってぺこぺこなんだ!!お腹が空いたとか!ラーメン食べたい!とか、俺様に空腹を気がつかせないでくれ~~!!」
「あーもう、大失敗ですよー魔王様ー!あーお腹すいたなー、ラーメン食べたい…」
ふたりはガッカリです。
「…マッチ…使ってみますか…?」
「ダメダメ。今やっても絶対味噌ラーメンしか出てこない」
「あー…」
「「味噌ラーメンくいてー…」」
悲しいハモリが無人の広場に響きます。
しょうがありません。
魔王は家に帰ろうかと思いました。インスタント麺くらいうちにあったはずです。
コンコンと、ガラスを打ち鳴らす音がしました。
ふと見てみると、正面の家の窓からこちらを見つめている男がいました。
「…あんたは?ラーメン屋ならもういっちまったよ」
「フフフ、いやあ、すごいものをみせてもらったよ。魔法のマッチか!すばらしいものじゃないか…僕は商人さ」
男は窓から身を乗り出してきました。
窓の向こう、家の中では大きなクリスマスツリーが鎮座して、きらきらと輝く装飾に包まれています。そのそばでは商人の子供たちがきゃっきゃと楽しそうに遊んでいました。裕福な家なのでしょう、暖炉も立派ですごく綺麗です。
「そのマッチ、僕の商会の名前を入れることできるかい?珍しいマッチだ。それを使えば良い商売の宣伝ができそうだ!これからはインドや中国みたいに世界中と取引するんだ!そんな面白いものがあったらきっと僕の商会は大成功できるぞ!!さあ、いくらで売ってくれる?いや、言い値で買おう。それだけの価値のある代物だ」
魔王と妖精はニンマリと笑ってこう言いました。
「これは高いぞぉ。味噌ラーメン百万杯分だ!」