005ページ 魔王様、遭遇する
森が切れて、今度は丘が広がっている。緩やかな下り坂で、多分ここで大規模な戦闘があった形跡も見受けられる。
魔王領、いちいち敷地が広いよ。
「森を抜けると仰っていましたが…まだしばらくこの丘は続きます。どうしますか? しばらく走り続けましょうか?」
「……うん、そうして」
「御意。引き続き、参ります」
「人間見つけたらその手前で止まってね」
「心得ました」
いやあ、便利だスレイプニール君。喋れる生き物万歳。意思疎通って大事だよね。
そしてず~~っと走り続けてくれる。いや、広すぎだよね。かれこれ十数分は走ってるけど、起伏があるだけで景色に変わり映えがない。
あ、いや、不自然に不揃いに草が途切れてたり、アリジゴクかって大きな窪みがあったり、隆起した地面が柱みたいなのを作ってたり、そういう変化はそこら中にありましたとも。やっぱりここ主戦場っぽいな。
マジでスレイプニール君に感謝だわあ…。あと呼んでくれたパシャちゃんにも。
と、馬上で魔力を扱う練習をしていると速度が落ちてきて、停止した。
「申し訳ありません、人間かどうか分かりませんが、生き物がいるようです」
「パシャちゃん、見てきて」
「ホウ」
バサバサバサーっとその白い体が宙を舞う。いやしかし、地を駆る獣に空を飛ぶ獣。僕今なんて魔獣使いですかね(喜)
「ちょっと聞いてもいい?」
「もちろんです」
「ここ、見たところ頻繁に戦場になってたんだよね」
「はい。先王陛下が出陣される場合は、多くがこの丘に布陣を敷いておられました」
「じゃあこの丘を越えた先に人間の…駐屯地? が、あったのかな?」
「当時はそうでした。人間をあそこに釘付けするよう命令がありました」
「あ、で、自分の都合良いときに先代はここまで出張ってきて蹴散らしてたのかな」
「それは…推測の域を出ませんが、おそらくそうでしょう。最終防衛線は森を抜けた所だと聞いておりましたので」
ちょっとばかり遊んでたかも? それか、武闘派っていうよりも戦闘狂だったのかも。
「で、先代が勇者に倒されたのはどの辺りか分かる?」
「そうですね……もう少し、魔王軍寄りの場所だったと思います」
「じゃあ当時の魔王軍はだいたいこの辺りから撤退を始めたんだ。結構森まで距離あるのに、やるなあ」
ていうか、もしかして、今魔王軍て森で待機してんのか? あの視線の嵐が?
「これ位の距離でしたら難しい事ではありません」
「ふぅん、そういうものかい」
おっと、パシャちゃんが戻ってきた。そういえばもう喋らないよう命じてたっけ。
「パシャちゃん、『はい』なら一回、『いいえ』なら二回、『どちらでもない』なら三回、鳴いてね?」
「ホウ」
一回だからイエスね。よしよし。
「人間はいたかい?」
「ホウ」
「それは…武装してたかい?」
「ホウ」
先代が勇者に倒された地点に近いから、斥候でも出しているんだろう。その目的が果たして勇者を匿う為か、軍を出す為かで大きく意味が違うんだけど。
「よし、ここまで乗せてくれてありがとう。もういいよ」
「御意。勿体なきお言葉を賜りまして、恐悦至極です」
風の結界が解かれたのか、頬を撫でる風が感じられた。パシャちゃんを肩に移してスレイプニール君から降りる。
「無事の帰還を信じております。それでは御前より失礼致します」
見送っていると、あっという間に豆粒並になってしまった。こうして客観的に見ても速いなあ。
「さてパシャちゃん。『僕』の『名前』は『ミント』だよ」
「ホー…(↓)」
「んっふふふ、僕が名乗る事が気に入らないんだね」
「ホウ!(↑)」
マジ可愛い! 何なのこの子! 僕をキュン死にさせたいの?!
等とニヤニヤしながら軽い登りを歩く。
足元は土。見た限りだけど、場所によって泥だったり砂混じりだったり、多分水属か地属の力が働いたせいで質がバラバラ。
足取りは軽快なので、特に不便でもないんだけどね!
そうして上りが終わるとまた下りに。立ち止まって見渡すと、あ、ホントだ。なんか動いてるのがふたつ見える。
まあ、結構距離があるから堂々と突っ切っちゃうけどねぇん。僕は必要ないけど、彼らは必要だから、放っておいても向こうからアクション起こすでしょ。
と、僕はてってけて~と気にせず歩く。さっきは根っこが微妙に隆起してたせいでコケる心配あったけど、ここは比べれば柔らかい土。ザクザク歩けるって気持ち良いなあ。
下り坂なのも手伝って、結構なスピードが出る。駆け足よりは遅いだろうけどね。
何が出るかな、何が出るかな、何が出るかなてれれれん。と内心歌いながら進んでいると何かの音が耳に届く。
僕が急停止するのと、地面に短剣が刺さるのは同時だったかも。いやもっと前に分かってたんだけど、咄嗟の反応とか細かい動きからバレるんだよね。ドラマとかで見た事あるから知ってますよ!
でも好奇心には負けて、突き刺さった短剣をまじまじと覗きこむ。これは小柄? いや、それは日本刀に仕込まれてる場合の呼び名だったかな? 単純に小刀、だったかな?
とか考えて首を傾げているとチャキ、と目の前に刃物が現れた。まあ、剣ですね。物騒だわあ。
「ここで何をしてる」
「何って、急に飛んできたコレを見てるんだよ。見て分かんない? おじさん目が悪いの?」
「おっ、おじさん!?」
引っ掛かんのそこかい。
僕はそーっと飛来物をつまむようにして持ち上げ、そのまま立ち上がった。
「これ何て言うの?」
だが男は答えない。何か別の事に気を取られているのか、絶句している。
「こ、子供…?」
そう言った彼の姿は種類の異なる茶系統でまとまっていた。フード付の外套、顔の半分を覆うゴーグル、顎には下げたであろう砂避けのマスク、首もとはキッチリ紐で結ばれ手元は小手かグローブ、革のズボンに脛まであるブーツ。
ちなみに僕は相変わらず十代の少年。喋り方も大分精神年齢を下げたから中学生位かな。外出という事でポケットの付いたオリーブ色の上着とそのポケットに入りそうな物は寝室から持ってきたけど、鞄の類は持ってない。
ははは、水と食料の心配無いから手ぶらで来たけど、予想以上に怪しいね。
「おじさんやっぱり目が悪いんじゃない? 僕が大人に見える?」
チャキ、とより一層剣が近付けられる。
「そんな事はどうでもいい。答えろ。ここで何をしてる!?」
「ずっとあっちから歩いてきたんだよ。みんなが居なくなっちゃったから、僕一人置き去りにされたのかと思って。おじさん、僕の家族がここ通らなかった?」
「家族…? 今日は我々以外誰にも会ってないが」
「ええ~? じゃあもっと先に進んじゃったのかなあ」
僕はおじさんの剣を押し退けてまた歩き出す。慌てたのは彼で、待てと言いながら僕の肩を掴んで引いた。
痛…くはないけど、その顔をもう一度見たいとも思ってないぞ。
「何? 早く追い付きたいから急いでるんだけど」
「そんなデタラメな話、嘘に決まってるだろ!」
「聞かれたから答えたのに、何なの? 僕の事を知らないのによく嘘だなんて言い切れるよね」
呆れたように言ってやると、彼の右手が動いた。咄嗟に肩口の左手をはねのけて地を蹴る。途中で手を着いて一回転と半捻り。四つ足の獣のように両手両足で着地して、彼と対峙する。
「だからおじさん、何なの? 僕は質問してるんだよ。言葉通じてるよね?」
「黙れ。怪しい奴!」
「おじさんだって僕からしたら怪しいけど。顔隠して怒鳴ってそれ振り回すなんて怪しさ大爆発だね」
こちとらさっきの跳躍で自分の運動神経が高いのが証明されて、アドレナリン出てきてんだよ? 悪いけど試運転に付き合ってもらっちゃうぞ?
「んの、口の減らねえガキが!」
青いねえ。挑発と言うのも低レベルな応酬に乗って突っ込んでくるよ。僕は口元を三日月にしながら地を蹴ろうと手足に力を込める。
カ、カン
でも甲高い音がして、あちらが先に停止。僕は目玉だけで飛来物の発信源を確認した。
近付いてくるのは目の前の男と似た装備でまとめた二足歩行の誰か。目の前の奴より背が高いし、ガタイも大きいようだ。
そいつは剣を構えたままの男へ一直線に近付き…
「このバカが!」
ゴン、と音がするほどの拳骨を落とした。見ていたこっちも痛そうだったんで、思わず首を引っ込めてしまう。
「っっってえ! 何すんすか?!」
「そりゃこっちの台詞だバカ野郎!」
再び拳骨。バッカでえ。殴られた奴は耐えきれなくて頭抱えて悶絶してる。
「おい、そこの獣みてえなチビすけ」
「僕の名前はミントだよ。デカイおじさん」
「誰がデカイおじさんだバカ野郎! 俺にはフェズって名があらぁな。いや、そうじゃねえ。悪かったな、うちの若い者が何か早とちりしたみてえで」
ふむ、名乗られて謝られたのでは臨戦態勢を解かざるを得ない。僕は体の力を抜いて立ち上がった。
「バカだからしょうがないんじゃない?」
「だっはっは! 違ぇねえ!」
「ちょっ、フェズさん! 真面目に何で止めるんすか?! 怪しいでしょこんな場所で荷物もない軽装のガキなんて!」
「だからお前はバカでケツが青いんだよ、黙っとけ!」
あ…三度目が落ちた。ここで僕に聞かれてしまって良い内容じゃないから黙れって意味なんだろうに。ち~ん。
「よく分からないけど、誤解が解けたなら僕はもう行くよ。じゃあね」
「おっと待て待て。こいつの非礼をきちんと詫びたいのもあるが、俺らはこの辺を警備しててな。お前さんの事情なんかを聞くのが仕事なんだ」
「詫びたい? でもさっき、謝ったよね。僕の事情はその痛がってる人に話したから彼に聞けばいいよ。僕、もう行きたいんだけど」
「行くってなあ、どこに?」
「とりあえずまっすぐ。途中途中で痕跡を探して、何かあったらまっすぐをやめるよ」
「探し物か。その話だと、手がかりもねえようだな」
「うん。目が覚めたら誰も居なかった。だから探しにいく。手がかりがなくても僕は僕の家族と一緒に居たい」
「家族ね。なら…目撃者が俺達以外にいねえか聞いてやるよ。それなら一緒に来る理由になるだろ?」
「ん? …うん。それなら、いいよ」
「よおし決まりだ、行こうぜ。オラ、いつまで唸ってんだ、行くぞ!」
あいつケツ蹴られてら。
しかしフェズとやら、斥候やるだけあって言葉の応酬が巧いな。子供では気付かないほどさりげなく僕の行く道を均しやがった。
さて、こうして僕は狙い通り人間の集まる場所に入れるようになった訳だ。
読んでいただきありがとうございます。
20150102修正。全体的に改行を追加。