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第六話 ヴァンプ・クイーン。

 松居頼子は頭を抱えていた。

 全くなんという街だろう。治安は良くないとは聞いていたが、来て早々こんな事件に巻き込まれることになるとは想像だにしていなかった。


 みぞれ銀行天壌島市十二区支店。

 店内に光を取り込む大きな窓には全て防犯シャッターが下り、停電しているのか電気も消えていて、昼間だというのにここは夜のような薄暗さだった。その中で時折、入口の方から爆音とともに強烈な光がフラッシュし、中にいる者たちの目を焼いた。

 十数名の人質たちは店の入口から最も奥のカウンターの前に集められ、床に座らされている。

 あるものは頭を抱え、あるものは体を震わせ、またあるものは青ざめた顔をしている。一様におびえる彼らの中、松居頼子はなるべく目立たぬように、彼らの中心付近で背中を丸めながら三角座りをしていた。

 はたから見れば泣いているように見えるよう意識しつつ、冷静な視線を犯人たちに向ける。


(犯人は五人……入り口で警察に攻撃を行っているのが二人に、金庫を狙って奥へ入ったものが二人……私たちを見張っているのが一人)


 それなりに広い銀行だ。ここから入り口までは20メートル弱。

 金庫へ向かった二人が戻ってくる前に見張りの男を倒し、入口の男たちの注意を引けば警察が突入する隙を作れるかもしれない。

 だが、それは不可能だった。人質が自分だけならば兎も角、今動けば他の人たちを危険な目に合わせるかもしれない。

 外の警察と連絡を取れれば、あるいは何とかなったかもしれないが、携帯を没収されている今はそれも叶わない。

 頼子は彼らが店を占拠する一部始終を見ていた。五人のうち注意すべきは一人。

 入り口で警官に対し魔法を行使している半魔族(ハーフ)の男。

 彼が行使する炎属性の魔法は非常に強力で、警察による妨害力場(ジャミング)が無ければ外にある車のバリケードなど一瞬で灰に変わってしまうほどの威力がある。

 もしその矛先がこちらを向いた場合、頼子にはどうすることも出来ないだろう。ほかの人質諸共消し飛ばされかねない。


(でも、はやく何とかしないと……)


 頼子は入口の二人から視線を外し、店内のさらに奥。地下にある金庫への通路を見やる。

 犯人は警察に対して何も要求はしていない。

 彼らの狙いは店の奥の金庫だ。そこの金を何らかの手段で運び出すつもりなのだろう。

 人質は、あくまで警察の突入を遅らせる時間稼ぎの手段にすぎないのだ。

 それが不要になれば、どうなるかはわからない。最悪皆殺しにされる可能性だってある。


(……あの人はアテになるんでしょうか……)


 頼子は、はぁ、と小さくため息をつく。


 鬼灯霧江。

 

 空港まで迎えに来るはずだったスペリオルの一人。

 銀行に怪しい連中が近づいてきた時、とっさに警察よりも早く連絡すべき相手だと思って、事前に聞いていた番号にかけてみたのだが、返って来たのはどうにもやる気のない声。

 ボスからはこの町にいる最強のヒーローだと聞いていたのだが、どうにも不安だった。

 頭を振って、思考を切り替える。

 今はともかく、自分に出来ることをしなければならない。

 何か出来るとすれば、金庫に行った二人が戻ってきた瞬間だ。仕事がひと段落つけば、彼らも気を緩めるかもしれない。そこを突くしかない。

 少なくとも、金を持ち出すまでは人質は安全だ。


「あー、ただ待ってるのも退屈だなオイ」


 頼子の楽観を、見張りの男の一言が打ち砕く。


 逆立った金髪。

 ゴツめの顔のあちこちにピアスをつけ、サングラスをかけたガラの悪い男。

 頼子から携帯を取り上げたのはこの男だ。


「なぁ、そこの姉ちゃんよォ……ちょっと服脱いで俺を楽しませろよ。そしたら逃がしてやるぜェ?」


 舌を出しながら、下卑た笑いを浮かべつつ、男は持っていた銃を頼子の隣で震えていた女性に向けた。


「え……っ」


 びく、と顔を上げる、黒い髪で、ショートヘアーの若い女性。

 この銀行の行員で、逃げ遅れた一人だった。


「なぁ?ちょっと全裸ンなってくれるだけでいいからさァ」

「そ、そんな……私っ!」


 目に涙を浮かべ、行員の女性が首を振る。

 その瞬間。


「――!!」


 銃声。

 飛沫する赤。

 ゴトリ。と、彼女の近くで座っていたスーツ姿の男性が倒れる。


「え、っ……?」


 頼子は目を疑った。

 血液が、自分の足元まで流れてくる。


「なぁ、頼むよォ姉ちゃん」


 変わらぬ口調で、男は銃をほかの人質へ向け――


「でないとほかの連中みんな死んじまうぞォ……?」


――にたり、と再び下卑た笑みをうかべた。

 

「っ……うわ!やめて……やめてくださいよ!」


 銃を向けられた赤いシャツの男は、真っ蒼な顔で、座ったまま後ずさる。

 

「あ……っ、あ……」


 女性行員はあまり衝撃に、口をパクパクさせてカタカタと震えだした。

 ほかの人質の反応は様々だ。

 ほとんどが同様に目を伏せて震えているが、中には女性に非難めいた視線を向ける者もいる。


「おい、さっさとしろ!俺たちまで殺されちまう!!」


 赤いシャツの男が叫ぶ。


「そうだ!……っおい!早く!」


 半ば恐慌状態に陥ったほかの人質達も声を上げ始めた。


「あ、あのっ……!」


 内心では苦虫をかみつぶしつつ、おずおずと怯え押し殺し意を決したように装いながら、頼子は手を挙げた。


「わ、私が脱ぎます……!」


 言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 しかし。


「好みじゃねぇよガキ!座ってろ」

「――っ!」


 銃声。


 弾は頼子の足元に炸裂する。

 衝撃でよろめき、カウンターに手を突く頼子。

 

「……いやぁ、待てよ?」


 くっくっく、と笑いつつ、男は銃をおろす。


「じゃあお前がその女脱がしてみろ」


 心底楽しそうに、男は頼子に向けてそう告げた。


「――な」


 せめて身代わりになろうと立ち上がった頼子は絶句する。

 女性行員は、真っ蒼を通り越して真っ白な顔で、震えながら頼子を見上げた。


「どしたァ?はやくしろよ」

「ひぃっ!!」


 男の銃口が、再び赤シャツの男に向けられる。

 もはや、頼子に選択の余地はなかった。

 ここで拒否すれば、この男は容赦なくまた撃つだろう。

 もう、これ以上人質を犠牲にするわけにはいかない。


「……ごめん、なさい……」


 そう呟いて、頼子は、今度こそ本当に震えながら、女性行員に手を伸ばした。


「――――っ!」


 悲鳴をかみ殺し、女性行員は顔を伏せる。


(誰か……)


 女性行員の肩に、震える手をかける。

 意を決したのか、彼女は抵抗しない。

 しかし振れた瞬間、彼女の体が震え、思わず頼子は手を離す。

 しかし、かちゃり、と男が銃を軽く振る音が、頼子の手を止めることを許さなかった。


(誰か……助けて、ください……!)


 祈るような気持ちで、頼子は女性行員の制服、胸のボタンに手を伸ばした。












「ちょっと、そんなんでやってけるの?新入り(ルーキー)





 






 轟!

 力強く響く音が、彼らの緊迫した空気を吹き飛ばした。


「……え?」

「……ぐおおおおお!?」


 頼子が気の抜けたような声えおあげるのと、見張りの男が悲鳴を上げるのは同時だった。

 見ると、気絶しているのであろうか、二人の男が、倒れた見張りの男の上に折り重なっている。

 頼子はその二人に見覚えがあった。

 金庫を狙い、地下へ向かった二人だ。

 先ほどの音は、この二人が投げ飛ばされた音だった。

 頼子は顔を、地下階段へ向かう通路へ向ける。


 奥から、赤い影が近づいてくる。


 風もないのにはためく赤いマフラー。

 真っ赤なバイクスーツに身を包んだ女だ。

 頭を覆うマスクは、フルフェイスタイプのヘルメットの下半分を切り取ったようなデザインで、口元だけが見えている。

 目は色つきのシールドで覆われ、ヘルメットの上部には蝙蝠の羽をデフォルメしたような飾りが、角のように生えている。

 一目見たたでけで女だとわかったのはその胸部から。

 二つのふくらみを覆う胸当ては弓道部のそれとよく似ている。

 両腕には左右対称の籠手。

 東洋的でも西洋的でもないそれは、丸みを帯びたシャープなデザインで、どこか未来的な印象。両方の籠手の手の甲に、先の尖った十字架状のクリスタルが嵌め込まれていた。

 脚甲も籠手と同じような材質で同じようなデザイン。不思議と継ぎ目らしきものが見えない。


「な、なんだ……テメェはァ!」


 気絶している二人の男を押しのけ、見張りの男が立ち上がった。


「正義」


 淡々とした口調で、赤い影の女が答える。


「スペリオル01『ヴァンプクイーン』」


 頼子たちを通り越し、赤い女は見張りの男と対峙した。


「ふん……ただのヒーローよ」

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