表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第五話 街の流儀。

――また、この夢か。

  暗い闇の中で、私は大きくため息をついた。

 


 その日、私は友達と一緒に、家の中でかくれんぼをしていた。


 母の部屋のクローゼットに隠れていた私は、なかなか見つけてくれないのに飽きたせいか、ついウトウトと眠りこけてしまった。


 しばらく眠っていた私は、暑さと息苦しさ、そして肉の焼けるにおいの中で目を覚ます。


 初めは、母が帰ってきたのだと思った。


 暑いのは、暖房をつけたからだと。この匂いはきっと夕飯の用意をしているのだと。


 だから、私はあわててクローゼットを開けようとして。


 外から聞こえてくる悲鳴と、びちゃり、ぐちゃりという嫌な音に凍りついた。


 声が聞こえてきた。


 咽び泣くような声だった。


 誰の声か、私にはすぐに分かった。


 あの子の声だ。


 クローゼットの扉を押しあけると、外は真っ赤だった。


 燃え盛る炎。


 飛び散った赤い飛沫。


 母の部屋はあちこちが赤かった。


 彼女は目の前にいた。


 床にうつ伏せに倒れていて、その上に見知らぬ女が覆いかぶさっていた。


 喪服を着た女。頭にかぶったモーニング・ベールの隙間から、白い肌と金色の髪が垣間見える。


 彼女たちのそばにはおかしなものが落ちていた。


 細長い棒状のそれは、赤い炎に包まれながら燃えている。


 この部屋に充満する焼けた肉の匂いの発生源はそれだろう。


 それは腕だった。


 私の、友達の腕だ。


 それがあったはずの場所からは血がだらだらと流れていて、喪服の女はそれを舐めている。


 その時の私は、幼かったこともあって目の前の光景が理解出来ずにいた。


 ただ、恐怖だけはあったことを覚えている。


 その恐怖に背筋すら凍った。


 そのうち、女は友達の血を舐めるのをやめて、顔をあげた。


 それから私を見て、口の周りが真っ赤になっているその顔で、にたっと笑った。


◆◆◆



 目が覚めた瞬間。この日も鬼灯霧江は遅刻を確信した。


「……あー……」


 悪夢を叩き割る電子音。

 本来なら感謝すべき存在なのだろう。

 しかし、携帯が上げているその音が目覚まし用のアラームでなく、電話の着信音とあってはそうもいかない。

 

「こりゃ……まずい」


 全身汗だくだった霧江は、寝返りをうち、額の汗をぬぐうや枕元に置いたスマートフォンに手を伸ばす。

 ディスプレイが、見慣れない電話番号を表示している。

 画面右上に表示されている時刻は12:13

 間違いない。今日こそ遅刻だ。確定事項だ。


「なんて言おう……」


 相手はおそらく、例の新人君だろう。

 いつまで待っても迎えが来ないのでかけて来たのだ。

 あらかじめ霧江の電話番号を知らされていたのか、それとも来てからボスに問い合わせたのかはわからないが。

 もし後者だと既に口止めが出来ないのでするとあまりよろしくない。

 任せろと言った癖になんとも情けない話ではないか。


「とにかく出ないと……」


 画面をタッチし、本体を耳に押し当てる。

 しかし出たはいいがどうする?何と言えばいいのかまるで考えていなかった霧江はしょっぱなの言葉から詰まらせる。


『あの……私は松居頼子と申しますが……鬼灯霧江、さんですよね』


 そうこうしているうち、向こうから不安げな声が聞こえてきた。


「……ええと」


 やばい、なんて言おう?

 これから先輩として指導してやらなければならない後輩に、この失態をどう言い繕おうか。

 鬼灯霧江は頭脳をフル回転させ、そして。


「めんどくせぇ……」

『……は?』

「いや、寝てたわごめん。今空港?めんどいから私の家まで来てよ」


 もうどうでもいいや、という結論に達した。

 ああそうだ。後輩が来るからって別に取り繕う必要はない。面倒だし。有能な先輩ぶってもどうせ後でボロが出るのだから意味がない。

 折角の後輩だしせいぜい修行と称してパシリにでも使ってやろうじゃないか。

 うん、それがいい。そうしよう。むしろそうすべきだ。


 結論は出た。ありのままの自分をさらけ出そう、と覚悟を決めた霧江。

 しかし、向こうはそんな場合ではないのだと、すぐに思い知らされる。


『あ、そのお忙しいところ申し訳ないんですが……っきゃ!』


 小さな悲鳴。

 同時に受話口の向こうから、金を切るような破裂音が何度も響いてくる。


「――――!」


 聞きなれた音。

 しかし決して日常のものではない音。

 飛び起きるように、霧江は体を起こす。


『そ、その……お金をおろそうと銀行に入ったら――』

『おい!そこの貴様!』


 男の怒声が割り込む。

 

『ひ、ひゃい!?』

『携帯はすべて回収だ。こっちに寄こせ』

『は、はい。すみま――』


――ブツリ。


 通話が途切れた瞬間。

 鬼灯霧江は着の身着のまま、家の鍵もかけず外に飛び出していた。



◆◆◆


「この世の中には許せないことが四つあるわ」


 天壌島、第十二区。

 空港から中央区にまで伸びる大通りの途中に、その銀行はある。

 普段は多くの人で賑やかなこの場所は、今や戦場のごとき修羅場になっていた。


「からあげにレモンかけるとキレるやつ、静かに飲めない店、途中で潰れる幹事」

「全部飲み会のことじゃないっすか。……いってぇ!」


 突っ込みを入れた対魔法犯罪特別機動隊、通称、対魔特機の隊員一名の頭をハタき、赤いスーツを全身にまとったヒーロー、鬼灯霧江はため息をつく。


「それから平和のありがたみのわからないクソ野郎よ」


 息をはいた後で、大きく吸いこむ。


「私の管轄で強盗(タタキ)とか!いい度胸じゃないの……叩き(タタキ)潰してくれるわクソが!」


 指をパキパキ鳴らして、あらぶるヒーロー。

 直後、ごう、っという爆音とともに一台のパトカーが吹き飛んでくる。


「うわぁ!」


 警官隊や対魔特機の悲鳴があがる。


「フン」


 右足を軸に、踊るような鮮やかさで回し蹴りを、飛んできた車体側面にぶちあてる。

 霧江に蹴返されたパトカーは、彼女の前に止めてあったパトーカーの上に落下。

 下敷きになった車のフレームは歪み、窓がすべて砕ける。


「おい、壊すなよ!」

「犯人に言って」


 駆け寄ってきた対魔特機隊長の怒声。

 霧江はマスクの下、澄まし顔のまま肩をすくめる。


「で、状況は?」


 隊長に向き直る霧江。

 青い隊服に身を包み、帽子を深々と被った男。

 そこ顔には長年の苦労の証か、多くのしわが刻まれている。

 威圧的な、鋭い目つき。

 隊長は吐き捨てるように言った。


「御覧の通りだ、最悪だよ」


 改めて、現場を振り向く霧江。

 銀行の前には何台ものパトカーや対魔特機の装甲車がバリケードを構築し、店内から打ち出される銃弾や魔法をどうにかしのいでいるが、それも限界が近いようだ。

 霧江たちがいるのは店から一番離れた位置だが、そこにも余波が飛んでくる。


「犯行グループは五人。うち二人が銃や(スタッフ)をこっちに向けてる。……どうやら半魔族(ハーフ)がいるらしく高威力の魔法を連発してくる。人質は十数名」

(シールド)部隊は?」

「最初の5分で盾の耐久力ごっそり持ってかれたんで下がらせてる。今は魔法妨害力場ジャミング・フィールドを展開して軽減してるが……御覧のあり様だ」


 隊長が言い終わると同時に、また爆音。

 霧江の目の前を、黒い煙を吹きながら真っ二つになったパトカーが飛んでゆき、ともに落下。爆発、炎上する。


「駄弁ってる余裕はないか……」


 二台積み重なったパトカーの陰からひょこりと現場をのぞく霧江。


「私が行くから、盾隊と装甲隊突入させて人質確保して」

「ああ、犯人は任せる。好きなようにやれ」


 それだけ言うと、隊長はトランシーバーを取って部下に指示を飛ばし始めた。


「さて……」


 首に長いマフラーを巻きつけ、鬼灯霧江は改めて現場へ向き直った。


「新人君に教えてあげましょうか。この街の流儀って奴を」 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
↑ポチってくれたらうれしいなって
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ