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第三話 ヒーローの噂。

「や、おはよう。鬼灯さん、荻原さん」

「ん。おはよー、キョウ」

「おはよう」


 文学部棟203教室。

 講義用として小さめのこの教室には、白い3人掛けの机が5つずつ、3列に並んでいる。

 その教室の左列最後尾の机が、霧江と美咲の定位置だ。これは二人が別の授業を受けている時でも同じである。

 霧江は眠るのに目立ちにくい席を選び、美咲は自分の髪型が後ろの学生の邪魔にならないよう配慮した結果だった。

 そして、そのひとつ前の席を定位置としているのが、今二人に声をかけた少年、志木恭也だ。

 身長は低めで、霧江たちよりも少し高い程度。くせ毛なのか、短く切ったその黒髪はいつもぼさぼさである。童顔で、年齢よりも幼い印象。

 袖の長いポロシャツと、チェックの入った長いズボンを穿いている。

 彼もまた、どの講義でもこの位置にいるので、自然と霧江や美咲と会話することが多い。彼もまた昼間働いて夜に学校に来るクチなので、美咲と共通の話題も多いようだった。


「教授、今日はちょっと遅れてくるらしいよ」

「へぇ、あの爺さんが?いつも時間ぴったりなのに」


 恭也の言葉に、霧江は目を丸くする。

 彼はいわゆる情報通で、確かな情報から真偽のあやふやな噂までどこからか仕入れてくる。


「うん。なんでも急に会議が入ったとかで」

「大変なのねー大学の教授ってのも」


 と、席に着くなり右手で頬杖を突く霧江。

 恭也は三人掛けの一番左、最も窓側の席に陣取り、霧江はその真後ろ。美咲は霧江と同じ机の、椅子を一つ分開けた隣に座る、というのがお決まりの配置。

 二人の間の椅子に、霧江と美咲はそれぞれ鞄を重ならないように置いた。


「そういえば、二人とも知ってる?」


 教授が来るまで話で時間をつぶそうというのか、恭也がふいに話を切り出した。


「ん、何を?」


 頬杖をついたまま応じる霧江。


「例の、ヒーローの話」

「ああ、スペリオルな。こないだの人食い蜘蛛を捕まえたのもそいつらの一人だっけ」

「……なんだっけ」


 頷く美咲と、首をかしげる霧江。


「お前……新聞とは言わないからせめてネットニュースくらいは読めよ」

「あうっ」


 ぺちん、と軽く霧江の頭を叩く美咲。


「ほらアレだ、市が近年増加する半魔族(ハーフ)犯罪に対抗するために組織した、魔法犯罪取り締まり機関」

「そうそう、なんでも特殊な訓練を受けた13人の精鋭たちで、名前や顔を一切公表せずに活動する公認のヒーローだって」

「へぇ……そんなのがいたんだ」


 美咲と恭也の説明に、霧江はべつだん興味もなさそうに答える。


「んで、それがどうしたんだ?」


 そんな霧江を置いて、美咲は恭也に先を話すよう促した。


「実はさ、その12人のうち1人が、なんとこの大学に通ってる生徒だって噂があるんだよ」

「はぁー。なんだそりゃ」


 美咲はあきれたような声を出す。


「それはアレか。『実は俺なんだ』って流れか?」


 と、半分目を閉じる美咲に、恭也は笑いながら首を振る。


「いや、僕も話半分で聞いただけで信用はしてないよ。ただそうだとしたら面白そうじゃないか、って」

「まさか。そんなのいるもんかよ。特殊な訓練受けてんだろ?百歩譲って大学生だとして、もっとレベル高いとこに通ってるだろ。いるんだとすりゃオレらの知らない昼間のヤツさ」

「そうかなぁ……でもやっぱりそういうのって、人間より魔族のほうが務まると思うんだよ。名前を公表しないのは、仮にも政府の機関に外国籍の魔族がいることを隠すためでさ」

「フン、どうだかな」


 ばかばかしい、と思いつつ、美咲は会話に参加せずぼうっと窓の外を見ている霧江に視線を向けた。


「な、お前はどう思う?霧江」

「え?ああ、うーん」


 霧江は視線を窓の外から二人に戻す。


「13人いるんなら、一人くらいなら此処にもいるんじゃない?」

「……」


 予想以上に間の抜けた回答に、美咲は肩を落としてため息をつくのだった。



◆◆◆



 午前1時00分。

 夜の部の文系科目、こと文学部は三限までしか履修できる授業がない日が多い。

 これは霧江のような面倒くさがりや、美咲や恭也のような昼間働いている人間にとっては都合のよいことだった。

 恭也や美咲と別れて、霧江は一人夜の街道を歩いていた。

 人と魔が共に住むこの街では、こんな深夜でも活気にあふれている。

 その主役が人間ではなく魔族であるという違いはあるが、外の人間が昼と夜、同じ場所に来ればその変化の少なさに驚くだろう。

 霧江は人通りの少ない道を選び、路地の裏へとはいっていく。


「……まったく。あんなウワサ誰が流したのかしらね……」


 ふう、とため息一つ。

 誰もいなくなったところで、そうひとりごちる。

 噂の発生源を特定し、場合によってはしかるべき手を打たねばなるまい。


 裏路地の中のさらに裏。

 表からまるで隔離されたような場所に、その店はあった。

 『バー ひとつめ』

 一つ目小僧の店主が切り盛りする、知る人ぞ知る隠れた名店。

 霧江はその中に入り、カウンターに近づく。


「VIPあいてる?」

「ええ、お連れさんお待ちですよ」

「ありがと」


 店主と言葉を交わし、霧江はそのまま店の奥へ。


「さて……」


 VIPルームと書かれた扉を開け、中へ。

 ゆったり座れる大きなソファが、透明なガラス張りのテーブルを挟んで二つ向かい合わせに並んでいる。

 空調が程よく聞いたその部屋は、店主の言葉に反して誰もいなかった。

 しかし霧江は意に介さず、部屋の奥へと進む。


「ええと。今日は()()だっけ?」


 霧江は部屋の中をきょろきょろと見回す。

 四方の壁にはそれぞれ綺麗な額縁に入った絵が飾られていた。

 絵はどれも風景画で、それぞれ春、夏、秋、冬の野原の様子が描かれている。

 霧江は絵に明るくないが、どれも豪華な額縁に飾っておくには惜しいような絵に思えた。マスターが趣味で書いたものらしいが、彼に絵の才能は残念ながらないらしい。


「ああ、冬か今日は」


 と、入ってきたドアの横に飾られた、冬の絵に触れる。

 フッ、と、一瞬意識を飲まれるような感覚。

 そして。


「や、ようこそ!待っていたよヴァンプクイーン」


 誰もいなかったはずのソファに、男が座っていた。


「おはよ、ボス」


 否、変化があったのはソファだけではない。

 ボスと呼ばれた男の前のテーブルには、先ほどまでは何も乗っていなかったはずだが、今はワインのボトルやグラス、チーズの載ったクラッカーやサラミのスライス、フライドポテトなどのおつまみが並んでいる。


「おはよう!はは、君たちの活動時間に合わせると体がおかしくなりそうだ!」


 白いジャケットを着た、恰幅の良いその中年の男は、がはは、と男は豪快に笑う。

 どこか愛嬌のある顔をしたその男は、霧江に座るように促した。

 霧江はそれに応じ、向かい側に座る。


「飲み物は、いつものでいいかな」

「ええ」


 ボスは霧江の前に小さなカクテルグラスを差し出す。

 グラスを満たす真っ赤なそれは『ブラッドソーダ』つまり血液のソーダ割りだ。

 人工ではない、純粋な人間の血だった。


「それで、話って?」


 霧江はグラスに口をつけ、一口で飲みほした。


「ウム。実は我々(スペリオル)に、新しい人材を迎えようと思ってね」

そろそろバトル展開。

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