怪話篇 第七話 過労
1
「……ですから総理のお考えは、楽観的過ぎると言っておるのですよ。そんな事に予算を回すくらいなら、もう少し防衛予算を何とかしてもらわないと。こんな事では、新環太平洋防衛網の達成は不可能ですぞ。分かっているのですか?」
「まま、北西くん。そんなに怒らんで。血圧が、上がりますよ」
「茶化さんで下さい。元はと言えば、文科省の特別研究プロジェクトの所為じゃないですか」
「あの研究所の恩恵は、防衛省にも与っている筈ですよ。新素材を使ったリフォーマブルアーマーの研究開発などを、お忘れか。それを、そんな風に言われるのは、心外だ」
「二人とも、そう目くじら立てないで。冷静に、冷静に。喧嘩をさせる為に呼んだのではないのだから」
「当たり前です! そもそも、文科省ごときの特研に、どうしてうちがこんなに手伝わされなけりゃあいけないのですか。うちだって、自主研究をやってる。文科省のお溢れなど、必要ないわい」
「それは、言い過ぎですぞ! 文科省ごときとはなんです、文科省ごときとは」
「ふん、本当の事を言ったまでだ。要するにですなあ、総理。私は、……」
「どうしたのだね? 北西くん、顔色が悪いようだが」
「ええ、……いえ、大丈夫です」
「しかし、……おい! 医者を呼んでくれたまえ」
「い、いえ。これしきの事。むむ……」
「だから、言わんこっちゃない。無理をするから。早く、医者だ」
2
「はい、大きく息を吸って、……吐いて。身体を、楽にして。……そうそう、楽にして。……はい、もう大丈夫ですよ」
「うん、有難う。随分と、楽になったよ」
「大分、心臓が弱ってますねえ。働き過ぎじゃないですかねえ」
「私は、そんな病人じゃないよ。まだまだ健康だ。そんな変てこな機械で分かるものか」
「ははは。以外に、古いんですねえ。これは、最新型の自動診断機器ですよ。えーと、これを食前に服用しておくように」
「そんな物、なくても大丈夫だ」
「医者の言う事は、きくもんですよ。暫く様子を見て、場合によっては精密検査をしてみないとね」
「まさか、そんな病人じゃ……」
「そうなりたくなかったら、言う事をきいて薬を飲むんですよ。総理達には私からお話しておきますから。では、ごゆっくり」
3
「沢村君。北西大臣の様子はどうだったかね」
「ああ、総理。黒ですね。それも悪性ですよ」
「ふむ。やはりそうだったか。で、サンプルは?」
「ああ、採血をしましたから、すぐにでも取り掛かれますよ」
「どのくらいで出来るのかね?」
「はあ、1月……でしょうか。ドクター松戸が行方不明になってからというもの、全く進歩しなくなりましたからね。まったくもう、大臣があんな事をするから」
「幸村君、松戸京一の捜索は?」
「何分と、極秘ですので。遅々として進みません」
「自衛隊にいるらしいという噂の方は」
「こちらの捜査では、何とも。しかし、可能性は大きいですね」
「CIAにもバレておらんだろうな」
「それはもう。大丈夫です」
「そうか。沢村君、そちらの機械では判らなかったかね?」
「いえ、松戸博士の行方までは。あの機械自身、博士の初期の理論に基づいてますし、何分にもレプリカですので。オリジナルの松戸マインドセンサーならあるいは」
「いけません。あれは、文科省に一台あるきりなんですから。総理が言っても駄目ですよ」
「しかし、例の件だけははっきりしたんだ。後は、北西防衛大臣を1月押さえれば」
「そちらの方は任せたよ、沢村君。幸村君、プログラムの方は頼んだよ」
「はい。このあいだの、NHKの世論調査のデーターを使いますから、好感度は上がるでしょう」
「だが、くれぐれも総理の私より好感が持てるようにはしないでくれたまえ」
「それでは、私はこの辺で。薬を作らないと。まあ、見てて下さい。彼も1月後には、新しく生まれ変わっているでしょう。もっとも、本物はタンクに入る事になりますがね」
「なるべく早く、クローニングは終了させます。ですが、北西さんもお気の毒に」
「自業自得だよ。クーデターなんか計画するからいけないのだ。じゃあ君達、頑張ってくれたまえ」
「はっ。……ふう、今度の総理は強気だなあ。仕事だってやり過ぎだし。いつか倒れるな」
「そうですねえ、総裁選もある事だし」
「どうでしょう大臣、もう一度精密検査してもらっては?」
「うん、私もそれは考えていたんだが。幸村君、クローンニングの方は大丈夫だね」
「はい、それは。任せて下さい」
「ふむ、総理の方には、私から検査を受けるように話をしよう。働き過ぎは身体に毒だ。なんとしても、三選してもらわんとかなわんからなあ。大変だが頑張ってくれたまえ。二人分は、大分きついかもしれんが、まぁ場合が場合だからなあ。プログラミングは、いつものにアンケートの結果を加味すれば良いだろう。では、頼んだよ」
eof.
初出:こむ 6号(1987年5月5日)