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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ディストピアの群像劇───罪と救済、狂気───

星と光に手を

作者: 暁月紫陽
掲載日:2026/05/22

第一話 娘

「晴哉。今日はこの絵本を読んであげよう。」

「わ〜い、やったぁ!」

 小さな娘。やや青の混じった、黒い短髪。

「きらきら星。この本は、たぶん初めてじゃないかな?」

「うん!すっごく楽しみ!」

「そうか、じゃあ読もうか。」

 娘は絵本が好きだった。寝る前に何度も読み聞かせを要求してきたし、俺が一人机に向かって仕事をしているときでも、話しかけてきた。そんなところが、かわいかった。


 今日の夜空は、真っ暗だ。星の一つさえ見えやしない。今日も今日とて任務を遂行する。

「………違反者ニ名。火炙りにした後、足をもいで処刑………か。」

 なんとも気味の悪い。だが、これも上司の命令なのだ。従う他ない。

「こんなときは、絵本でも読むか。」

 いつの間にか、俺は気分を落ち着かせるために、絵本を読むようになっていた。結構、効果はある。

「………ふっ。」

 絵本をしまい、立ち上がる。そして、夜の闇に紛れ込んだ。


「おとーさん!わたし、がっこう行きたい!」

「……突然どうした?」

「絵本で見たの!がっこうってのは、とってもいいところなんだって!」

 本来なら、娘の希望の通り、学校に行かせてやりたい。けれど、彼処に娘を放り込んで、いい未来になるとは思えない。あんな理想個体を選別するための場所が、成長に役立つとは思えない。

「う〜ん、考えておくよ。だけどね、もう一度よく考えようか。父さんだって、行かせてやりたいのはやまやまなんだが………」

 晴哉の頭を撫でる。

「けど、あそこはそんなにいいところじゃない。引っ越した先で、学校には通わせてあげよう。」

 娘はムスッとほおを膨らませたが、すぐもとどおりになって、小指を差し出した。

「………?」

「やくそく!」

「……そうだな、約束だ。」

とても幸せだった。



第二話 絵本

 愛しい娘と、夜景を見に行った。夜景と言っても、街の光景じゃとてもつまらないから、ひっそりと抜け出して、山に来た。

「どうだ、晴哉。きれいだろう。」

「うわあ、本当にぴかぴかしてる!」

 ここからだと、星がきれいに見える。誰にも邪魔されることなく、美しさを堪能できる。娘には、そんな感性を磨いてほしい。

「そうだ、お星さまに関するお話をしようか。」

「えー!!してして!!」

「じゃあ………」


 何もないリビング。大きなソファが1つと、端にマットレスが2つ。他の部屋はない。

「………。」

 俺は、亡くなった妻のことを思い出していた。制度に殺された………いや、俺が殺した、大切な人だ。愛を大切にした、優しい人だった。

 形見の指輪は、回収された。感情露出者の所持品は、問答無用で没収だ。そもそも、執着という感情すら粛清対象だ。

 俺に一心に愛を注いでくれた人を殺せと、上から言われたときはびっくりした。俺は何とか自分を見せなかったから、そして、何のためらいもなく妻を殺したから、処刑されなかった。何の感情も見えなかったから、俺は助かった。今でも妻を刺し殺したときの感触が残っている。


 晴哉は元気な娘だった。母を全く見ずに育ってきた。俺が一人で育てているというのに、文句の1つすらこぼさない、良く出来た子。でも、もう少し突っかかってきてほしいと思うこともある。俺には、感情を見せてほしい。

「おっとーさん!!」

「おや……なんだ、晴哉。」

「あそぼーよ!」

 娘は懐かしいボードゲームを引っ張り出してきていた。思い出の品、ではある。妻にコテンパンにされて金を巻き上げられたという苦い思い出が。

「どーしたの?」

「いや、何でもない。」

 危ない。つい、感情が出ていたか。

「出来た!私の勝ち!」

「………ふっ。三連敗。」

「おとーさん弱すぎ!また勝っちゃった!!」

娘の笑顔は眩しすぎた。



第三話 訪問者

 俺は玄関で、突然の来訪者に対応していた。

「今日の指令はこれだ。迅速に対応するように。」

「理解した。」

「命令は絶対だ。」

「理解した。」

「感情を持つものを発見したら報告するように。」

「理解した。」

 来訪者が立ち去った後、俺はソファの上でため息をついた。

「………量が多いな、忙殺させる気か?」

 何十人もの処刑と、意味のわからない指令。さっぱり何が何だかわからない。

「………感情を切り刻め、とは一体?」

 この国は本当にイカれている。形のないものを、一体どうやって切り刻むのだ。

「………はぁ。」


 俺はとある工房を探していた。

「………ここか………?」

 地図を片手に、複雑な路地を歩く。地図も、高低差を全く考えずに書かれているため、とても役に立つとはいえなかったが。

 しかし、なんとかその目的の工房を見つけることができた。

「邪魔する。」

 煤けた工房の中、ただ一人の男が壁際に丸まっていた。

「………武器の依頼をしにきたんだが。」

 その男はくいと首を持ち上げ、こちらを見つめた。

「………マサイトか。すまねえな、こんな辺鄙な場所に店を移しちまって。」

「問題ない。」

 店主の顔からは全くの申し訳なさを感じることはできなかった。それはそうだ、感情は禁止されているのだから。

「感情を切り刻める武器を作ってくれ。」

「わかった。」

 依頼を受けた次の瞬間には、彼は金槌片手に精錬を始めていた。

「明日取りに来い。」

「理解した。」


 翌日、また訪問者はやって来た。

「完了したようだな。」

「完璧にこなした。」

「そのようだ。」

 訪問者は端末を操作して、そして何かにチェックをした後、去っていった。

 俺は血に塗れた剣をそっとしまった。



第四話 誕生日

 今日は晴哉の誕生日。娘は一層気合が入っている。

「おとーさん!!私、誕生日だよ!!!」

「ははは………あんまり騒がないでくれ。今準備してるから。」

 市場で買って来た材料を使って、質素だがケーキを作る。この区域には、ケーキ屋がないのが大変だ。祝い事も、喜びの感情の一部だから。

「………彩が無いな………野菜でも付け足すか……?」

「野菜嫌い!!」

「わかったから………。」

 こんな生活だが、俺はとても幸せだ。

 自家製ケーキの上に、一つ小さなイチゴをのせた。


 俺はまた、指令を遂行していた。

「………。」

 明かりのついた、小さな家。一つの食卓を囲む、貧相だが、幸せそうな家族の姿。

「………誕生日だろうに。可哀想なことだ。」

 その食卓には、こぢんまりとしたケーキが置いてあった。飾り付けも何も無い、手作りのもの。そして、若干豪華な食事。

 俺はその家族全員を殺さなければならない。濁りを持つ人間は、生きていてはならないのだ。感情は、この国に要らない………。



第五話 虚

 星を、見せてあげたかった。もう一度、晴哉に。


「………は………るや………?」

 俺が任務から帰った時、俺の家から晴哉は居なくなっていた。

「あ………あ………。」

 家中ひっくり返しても、何処にもいない。そして、上司達に見つかったわけでも無い。もしそうなら、俺が先に殺されている。

「……じゃあ………何なんだ…………!!」


「娘が拐われました。」

「そうか。見つけ出さないとな。」

「はい。そうします。協力願えますか?」

 上司は、道之(みちゆき)は、手元の資料をちらっと確認した。

「時間が無い。一人でこなせるか?」

「可能です。」

「では、そうするように。」

「はい。」

 娘が何処に行ったのか。手がかりはない。一刻も早く見つけ出さなければ。

「そうだ、雅絃(まさいと)。」

「何でしょう。」

「代わりでも用意しようか?」

「いえ、経済的に厳しいので。お断りいたします。」

「了解した。」


 俺は情報部へと向かった。

「近頃、不審な動きはないか?」

「………どうだったか。おぼえてねぇな………。」

 カタカタとパソコンを動かす音が響く。

「………見つけた。そうだった、この組織があった。」

「それは一体?」

「制度に歯向かおうとする、濁りの集団。子供を攫っては洗脳教育を施しているようだな。」

「理解した。」

 まずは、そいつらのアジトを特定しなければならない。必ず、娘を見つけ出すために。



第六話 家庭

 娘を探すと言っても、その間も指令はやってくる。


「………また、濁りを持った人間が増えたようだ………。」

 今日も、俺は濁りを持った人間を殺さなければならない。

 幸せそうにしている家族。近頃は、こんな粛清対象が多い気がする。

「………濁りは、無くさなければ。」

 俺に、こういう指令が多く届いているだけかもしれない。それは、上層部しか知らないことだが。


 俺の家は随分と寂しくなった。俺はソファに腰掛け、剣を手入れする。

「………感情は、斬り刻む。」



第七話 小さなかけぶとん

 ある日、俺に対して戦いを挑んできた少年がいた。

「………どうしたんだ。」

「お前は執行人だろう!俺が殺して、世界を明るくするんだ!」

 俺は剣を鞘から抜いた。


 最近、濁りの集団………通称、ティブレジストの奴らの動きが活発になっている気がする。先ほど、俺が殺した少年のように、濁りを強制された子供達が、増えている。

「………。」

 晴哉は、大丈夫だろうか。


 俺の家に、小さな掛け布団があった。晴哉が決して手放そうとしなかったものだ。もう小さいから、汚れたから捨てようと何回言っても聞かなかった。

 俺は、それを捨てることができなかった。今も、なんだか。



第八話 最愛

 俺は、とても幸せな家庭を持っていた。妻を愛し、妻に愛され、そして、とても可愛い娘を授かった。

 だが、俺は、家族を養うために、政府組織に入った。そして、濁りを排除するようになった。


「………。」

 愛は、許されない濁りだ。情は、許されない濁りだ。

「………ヤチヨ。」

 俺は、妻への執着を捨てきれていない。表面上は何とか取り繕えているが。

「俺はお前を忘れはしない。」

 一人、家でつぶやいた。たった一人の愛する妻の名を、忘れないように。


 俺は、ますます任務に没頭した。そのうち、ティブレジストの尻尾を掴めると信じて。



第九話 感情

 久しぶりに、娘と会った。娘は、刀を握っていた。

「………ぁ………。」

 その刀は、俺に向かっていた。

「しっこうにん………殺す!」

 俺の娘は。もう。

「……………!!」

 俺は、無意識のうちに、ティブレジストの奴らの方へ剣を向けていた。きっと、怒りに満ちた表情だっただろう。


 任務の時、俺は仮面をつけていた。誰にもわからないように。同僚は上司の誰からも疑問を持たれなかったから、今でもつけていた。だから、娘は俺を俺だと認識できなかったのかもしれない。

 俺は、娘に危害を加えたティブレジストの奴らを、一人残らず殺した。だが、まだ終わりではない。たったその場にいた十数人で、あんな大きな行動を起こせるはずがない。きっと、もっといる。


 ひとまず、娘を取り返そうと振り向けば、そこに娘はいなかった。また、ティブレジストの奴らに連れ去られたのだろうか。

「………ッ。」



第十話 執行人

「遭遇した、ティブレジスト一六名、清掃完了いたしました。」

「いい戦果だ。次も、同じように。」

「はい。」

 利害の一致だ。国は、反乱軍を許さない。俺も、反乱軍を許さない。

「必ず、殲滅して見せましょう。」


 俺は絵本を取り出した。一匹の羊と、一匹の狼のお話だ。

「………。」

 俺は。

「………………。」

 俺は。

「………………………。」

 ………無駄な事だ。感情など、要らない。


 最近、俺に回される仕事が少なくなって来た気がする。一体なぜだろうか。しかし、聞きに行ってもいけない。疑問も立派な感情だ。



第十一話 処刑対象

 鎮圧部隊が、壊滅した。

「………なるほど、相手はとても強大、というわけですね。」

「そうだ。間違いなく、我々より強力だ。」

 俺は、道之上官と共に、ある映像を見ていた。反乱軍と、鎮圧部隊の全面戦争。

「………技術的にも、我々は明らかに劣っている。そして、数でも。」

「負けることは、予測できますね。」

 俺は、そんな話などどうでも良かった。俺の視線は、反乱軍の先頭に立つ、ある人物だけを見ていた。

 晴哉が連れ去られてから、早十年。わずかな情報を掴むことはできているが、本体への到達には至っていない。

「どうした、気になることでもあるか?」

「いえ、ありません。ただ、分析をしています。どんな人物が参加しているのか、どんな戦法をとっているのか。」

「それは確かに重要だな。続けてくれたまえ。」

 反乱軍の先、そこで皆を率いているのは。

 俺と似た特徴を持つ、一六ばかりの少女だった。



第十二話 任務

 俺は、執行人として大きな成果を上げていた。他の奴らとは違う、圧倒的な成果。どんな指令でも完璧にこなす実力。確かに、俺にくる指令は減っていた。しかし、その指令のどれもが、俺に反乱軍を鎮圧させよというものだった。

「雅絃。一つ、提案がある。」

「何でしょう。」

「君に、これを渡したい。」

 道之は、壁に立てかけられた棒状のものを渡して来た。

「これは。」

「槃寂槍。」

 布の包みを剥がし、中を見る。そこには、無骨だが、オーラを放っている槍があった。

「感情を殺し、全てを静寂のものとする、遺物だ。」

「………これを私に。」

 遺物とは、遥か古代に作られた、奇妙な技術の結晶。いったい世界にどれだけあるのか知らないが、あまり多いものではないだろう。

「今、一番成果を出しているのは、君だ。使用するように。」

「はい。」

 俺はそれを受け取った。これで、ますます奴らを追い詰められると思うと、心が躍った。


 道之は知っていた。雅絃が、感情を持っていることを。だから、あの槍を与えた。あれは、使うたびに感情を消し去る武器。雅絃を失うのは惜しい、かといって、そのまま使うのも、いつ反乱を起こされるかわからない。だから、あれを使うに至ったのだ。



第十三話 星空

 俺は星を見ることが少なくなった。今までは、気づいたら夜空を見上げていた。けれども、近頃の俺は、どうやら感傷的な気分にならなくなっているらしい。

「………依頼完了。」

 今日もまた、血に塗れた武器片手に、静かな世界を歩く。


 いつからだろう、妻の顔を思い出せなくなったのは。ふとした拍子にフラッシュバックしていた、あの光景が、綺麗さっぱり落ち着いている。感情を隠すのが上手くなったのか、それは良い兆候かもしれない。

「報告です。」

「続けたまえ。」

 上司へ報告する。今日の成果。

 上司から聞く。近頃の奴らの動向。

「必ず尻尾を捕まえて見せます。」

 何度言ったか。覚えてはいない。だが、これを言わなければ、何か大切なものが溢れていってしまう気がした。



第十四話 さいかい

 まさか、こんなところまで来てしまうとは。

「久しぶり、晴哉。」

「………。」

「まさか、俺を覚えていないわけじゃないよな?」

 星空の下、俺は反乱軍のリーダーと会話をしていた。晴哉は喋ってくれない。

「今まで何してた?ちゃんとご飯は食べてたか?」

「………。」

 反抗期なのか、俺を見る晴哉の目は冷たい。

「まさか、そっちから来てくれるなんて。」

 俺の家の屋上で、二人は立っていた。今日は星がよく見える。

「また絵本でも読もうか?それとも………」

「静かにしろ、親父。」

 晴哉は腰に身につけていた剣を抜き放った。

「私は………お前が嫌いだ。」

 俺はそっと槃寂槍を構えた。



第十五話 父子

「………また、一緒にケーキでも食べよう。まだ、戻れる。一緒に暮らそう。

 娘はまだ剣を下ろさない。

「実は、俺は逃亡のためのルートを確保しておいたんだ。ここではないどこかで、また二人で暮らそう。学校にも行こう。」

 晴哉の顔つきがまた一段と険しくなる。

「だから………」

「静かにしろって言ってるだろ!!」

 晴哉の怒号が響く。静かな夜だから、余計に。

「お前は………今更そんなこと………!」

 きっと、今の俺の表情はとても冷たかっただろう。生まれてこの方、娘の反抗期を経験したことがないから。どういう顔をすればいいのかわからない。

「何でもないような顔をして!お前は国に従って、何が嬉しいのか答えてみろよ!」

「俺は嬉しくて従ってるわけじゃ……」

「うるさい!!」

 泣き腫らしたような声だった。俺は、胸の内がズキンと痛むのを感じた。

「………始めようか。」

 晴哉は頷いた。顎から、ポトリと雫が垂れたのが見えた。



第十六話 けんか

 俺は娘を取り戻せば、全て終わると思っていた。でも、違った。娘の心まで取り戻さなければいけなかった。俺は、他人の感情についてわからない。

「………友達はできたか?」

 互いに牽制し合いながら、俺は声をかけた。しばらくして、返答が返ってくる。攻撃と共に。

「…執行人に殺された。五人。」

「そうか。」

「はぁ……言っただけ無駄だったな。」

 俺は娘が剣で切り掛かってくるのを槍で弾いた。

「友達がいなくなるのは辛いことだ。理解者がいないのは、寂しい。」

「………お前はずっと寂しい思いをしていろ。そっちの方が気分がいい。」

「………そうか。」

 何度も娘は切り掛かってきた。その度に、俺は弾き返した。問答を繰り返しながら。



第十七話 思考

 何度考えたことか。娘が今どうしているか。娘は今幸せなのか。

「楽しかったか?充実していたか?」

「ああ、満足はしていた。」

 また、晴哉は俺に剣を向ける。

「……そうか。」

 正直、俺は娘を取り戻したくなかったのかもしれない。

「あっちは、お前にとって………。」

 あんな生活をさせるより、友達ができて、満ち足りていて………。

「………はっ。今更、か………。」

「何をぶつぶつ言っているんだ。」

「たとえお父さんだったとしても、他人が考えている時に切り掛かるのはどうかと思うぞ、晴哉。」

 俺はまた晴哉の剣を弾いた。



第十八話 危機

 俺は槃寂槍を握った。

「………その槍、ただの棒切れではなさそうだが………一体それは何だ?」

「ただの棒切れだ。俺にとっては。」

「………会話をしようとしていたのはそっちじゃなかったか?」

 晴哉は一旦後退して、息を整えた。

「じゃあ、私の方から話を持ちかけようか。」

 晴哉は自分の剣をかざしてみせた。

「これは窮涙刀………遺物だ。」

「俺と同じだな。」

「………はぁ………。」

 呆れの眼差しを向けてくる。俺が遺物をただの棒切れと言ったことに対してだろうか。

「………感情を武器にするんだ。この刀は。」

 俺はあの時の指令を思い出していた。感情を切り刻め。もしかしたら、娘の感情を切り刻めば………。

「………いい武器だな。」

 俺は。

「じゃあ、お父さんの方も紹介しよう。」

 俺は………何を。何を考えて。



第十九話 さよなら

「晴哉。今一番欲しいものってあるか?」

「今、聞くか?」

「いつだっていいじゃないか。それに、今聞かなかったらいつ聞くんだ?」

 ふと、何年も晴哉の誕生日を祝えていなかったことを思い出す。

「何でもいいぞ、金だけはあるから……」

「絵本。」

 きっぱりと、その言葉が。

「あの星空の………絵本。持っていけなかったから。今もあるなら、それでいい。」

「………はは。そうか、それがいいんだな。」

 俺は、きっと。

「絵本なら………あの時のがたくさん残っているよ。」

 絵本だけじゃない。シミのついたブランケットも、小さい服も、誕生日の時の写真も、何もかもが、残っている。

「意外だな、すぐ捨てるかと思っていた。」

 きっと、俺は完全じゃなかったんだと思う。どちらにもなりきれなかった存在。

「俺はそんな軽薄な人間じゃないさ。」

 でも、俺はきっと。

「………どの口が。」

 多分、俺は晴哉と一緒にいたかっただけなんだと思う。

「この口さ。お前に絵本を読み聞かせていた、あの口さ。」

 また、戦いは再開される。さよならは、近づいている。



第二十話 送る言葉

「晴哉、最後に。」

 俺は一つだけ、晴哉に伝えたいことがあった。たった一つ。

「………何だ。」

 娘はため息をついた。でも、それはどこか笑っているようにも聞こえた。

「………いや、やっぱり無理だ。」

「意気地無し。」

 俺は笑った。とても、久しぶりに。

「さて………じゃあ、終わらせようか。」

 俺は槃寂槍を構えた。出来るだけ、遠くへ飛ばすように。

 娘もまた、窮涙刀を構えた。深く切り裂くように。

「………これが終わったら、言葉を聞かせろ。いいな?」

「わかった。約束しよう。………指切りは?」

「しない。」



第二十一話 また、会えたら

「これで。」

 息を整える。まだ、呼吸が荒い。

「………はぁ。全く………。」

 娘もまた、大きく息を吸い込んだ。

「………ふふ。」

 ここまで娘が立派に成長したのを見ると。  なんだか、俺はとても幸せなんじゃないかと思えてくる。

 もう会話はない。互いに静寂の中に切り込んでいる。俺は右足を後ろに下げ、投擲の直前の体制をとった。それを見て、娘は体を深く落とした。

 そして………俺は右足を踏み出した。晴哉もまた、前方に鋭く跳躍した。



最終話 星空の下で

 窮涙刀が、俺の体を深く切り裂いた。槃寂槍は、遠く彼方へと逸れていった。

「……何故、防がなかった。」

 俺は息を吐いた。………血も混じっている。空気が冷たい。

「さあ。」

 俺は夜空を仰ぎ見た。とても、綺麗だった。

「………見ろ、晴哉。星が綺麗だぞ………ぴかぴかだ。」

 掠れる視界の中、確かに晴哉が涙を流したのが見えた。星が雫に映っている。

 ヤチヨ。俺らの娘は、とっても強く育ったよ。

「……晴哉。」

 娘の顔が近づく。伸びた髪が顔にかかる。

「………幸せになれ。」

 震える手で、小指を差し出す。

「やくそく、だ。」

 もう目は見えなくなっていた。感覚も、もうない。

 冬の寒空は、体に堪える。でも、こんな日は星が見えるから、好きだった。

 何より、空気が澄んでいた。

………はい。お久しぶりです。今、私はもう辛いです。晴哉ぁ………雅絃ぉ………。

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