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フェオンが入室を許可すると、ドアが開いた。入ってきた人物を見てアマリアは目を見開いた。アマリアを魔獣から助けてくれた青年だ。
「団長。ちょうどよかった」
「団長……?」
フェオンの言葉を聞きとがめ、アマリアは思わず繰り返した。
青年は頷き、簡潔に名乗った。
「この辺境第一騎士団を預かるバルトだ」
「……アマリアです」
騎士だろうとは思ったが、まさか団長だとは思わなかった。ずいぶんと若い団長だが、彼の剣と魔術の腕前は目の当たりにしているから納得できた。
気圧されるようにしてアマリアも名乗った。伏せたり偽名を使ったりするのはさすがに失礼すぎるだろう。いったん本名を名乗っておく。
ベッドの上だが、なるべく居住まいを正して頭を下げる。
「助けてくださってありがとうございます。私、気を失ってしまって……あなたが運んでくださったのでしょうか」
「そうだ。呼吸はしっかりしていたから大丈夫だとは思ったが、目覚めてよかった」
バルトはフェオンに視線を送った。大丈夫だとフェオンが頷き、バルトは安堵したように少し表情を綻ばせた。近寄りがたい端正な顔立ちだが、表情が和らぐと印象が変わる。
「それにしても、どうして私を助けてくださったのですか? 厄介者であることは明らかなうえに、魔獣を呼ぶお香まで使われた訳ありの怪しげな人物なのに……」
「ええ……そんなことになってたの……!?」
フェオンが引き、バルトは表情を険しくした。
「魔獣から人を助けるのに理由などいらないだろう。悪いのはお香を使った人物、君を殺そうとした人物だ。たとえ君が殺されて当然の極悪人であろうと、魔獣に食い殺されるのを見過ごす気はない。裁きは正当に行われるべきで、魔獣を使った私刑など絶対に許さない。魔獣から人々を守るのが我々の使命だ」
アマリアは自然と頭を垂れた。その厳正で公正なあり方には敬意を表さずにいられない。使命を掲げてはいても、いざ実際にこうやって訳ありの人物を前にしたとき、その通りに実行できるかどうかは別の問題だ。まして彼は、自分の命と引き換えにすることさえ厭わなかった。
「それで、君は一体どういう状況に置かれているんだ? 魔獣を呼ぶお香まで使われたとなると看過できない。君よりもむしろ、お香を使った者を探し出して罪に問うべきだし、話を聞かせてほしいのだが」
「…………え、えと…………」
アマリアは言葉に窮した。大聖女の手下です、などと言えるわけがない。下手をすれば教会と辺境騎士団の間で戦いが勃発してしまう。教会の頂点である大聖女の権力はかなりのもので、しかも個人的に公爵家の血縁でもある。辺境騎士団がどのくらいの力を持っているか分からないが、分が悪いのではないかとすら思ってしまう。
正しいのはもちろん、バルトの側だ。だが、正しいだけでは話が済まないと今のアマリアは知っている。自分ひとりなら正しさに殉じるのも構わないが、人を巻き込んでまでするわけにはいかない。
「答えられない事情があるのなら、無理には聞かない。だが、犯人を野放しにすることは今後また君みたいな被害者を出してしまうことになりかねない」
「それは……!」
アマリアははっとした。だが、と考え直す。教会の聖女たちの中で、アマリアほど熱心に治癒魔術を磨き、人々を治癒してきた者はいない。自分の治癒魔術の腕はうぬぼれではなくかなりのものだと自負している。周りの聖女たちの様子を見ていても、アマリアと同じことに気付く人がいそうだとはとても思えなかった。今後あらわれる聖女の中にはそうした人もいるかもしれないが、さしあたっての心配は少ないだろう。それよりも、教会とぶつかることになりかねない辺境騎士団の方が心配だ。
「……おそらく大丈夫です。でも、詳しくお話しすることはどうかご容赦くださいませ。今後もしかしたら、お話しさせていただくかもしれませんが……」
「……分かった」
バルトは頷いた。フェオンは耳を塞いで聞こえないふりをしている。しかし聞こえていることは表情から明らかだ。
「それで、今後はどうする? 騎士団としては、魔獣に襲われた被害者を回復させ、便宜を計る用意がある。君が意に反して魔の森へ連れて来られたのなら、元のところに送り届けることもできる」
「ええと……」
「個人的に言うなら、君にはしばらく滞在していてほしい。君が狙われている状況が変わらないのなら、せっかく助けた命を魔獣にくれてやるわけにはいかない。君には助けられた恩もある」
「……助けられた? おびき寄せられた魔獣に襲われていたらしいこの人に? 団長が?」
怪訝そうにするフェオンに、バルトは頷いた。
「助けられた。背中をざっくりとやられて、もはやこれまでかと思ったのだが」
「……ちょっと待った? 助けるって、魔術とか剣術とかで魔獣を追い払ったんじゃなくて……?」
「大怪我を治してもらった。アマリア……あなたは聖女だろう?」




