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(……あれ、私、いったい……)
意識がぼんやりと覚醒する。目を開くと見慣れない室内だった。清潔だが無骨な印象の石造りの部屋で、寝台に寝かされているようだ。
「あ、気付いた?」
身じろぎして物音が立ち、それに反応して誰かが声をかけた。身を起こしてそちらを向くと、机の前に据えられた椅子に座った人物がこちらを振り向いていた。
癖の強い明るい色の髪が特徴的な、童顔の青年だ。声も男性にしては高めだが、子供ではないだろう。医務室らしきこの場所にしっくりと馴染んでいるし、物腰が落ち着いている。
「あの……あなたは?」
「僕はフェオン。辺境第一騎士団の医師をやってる。ここは騎士団の医務室だ」
フェオンは答え、白衣の裾をなびかせて歩いてきた。こちらを観察するように確認する。
「意識ははっきりしている? 自分の名前は言える?」
「はい、名前はアマリア……」
うっかり答えてしまい、アマリアは慌てて口を噤んだ。だがもう遅い。しっかり聞かれてしまっていた。
「アマリアね。家名は?」
「あの、その……」
答えられないアマリアにフェオンは眉をしかめた。
「思い出せない? 記憶の混濁があるのかな」
「いえ、そうではなくて……お聞かせしない方が巻き込まなくていいかと思って……。できれば名前も忘れていただけると……」
助けてもらった時点ですでに巻き込んでしまっているから今更ではあるが、こちらの事情を知らずに助けてしまったと言い逃れられるようにしておきたい。助けてくれた恩人をこれ以上は巻き込みたくない。
「うわあ、訳ありかあ……」
フェオンは顔をしかめた。だが遠ざかろうとはしない。
「まあ、君みたいな人が辺境にいる時点で訳ありだろうとは思うけどね。見るからにいいところのお嬢様っぽいし。ああ、答えなくていいから」
アマリアの長い金髪や日に焼けていない肌を見て判断したのだろう。懲罰房での拘束期間は長くなかったから髪も肌もあまり傷んでいない。拘束期間が短く終わったのは追放が早まったからで、皮肉としか言いようがないが。
アマリアの格好もまともだ。温情なのか万が一遺体が見つかったときの教会の評判を考えてなのか、聖女としての品位を保てる程度のドレスと外套を着せられていた。汚れた外套は脱がされているが、ドレスはそのままだ。装飾はないが質は良い。
アマリアの視線を察してフェオンが言った。
「足は手当したよ。外に目立った外傷はなかったけど、頭をぶつけたりはした? どこか痛いところはある?」
「いいえ、大丈夫です」
「それならよかった。意識がはっきりしていて体調に問題がないならいったん様子見かな。水飲む?」
聞かれてようやく、喉が渇いていることを自覚した。
「お願いします」
「ん」
ベッドの枕元の卓にあるグラスに向かって、フェオンは無造作に指を向けた。その指先から水流が生まれ、弧を描いてグラスに飛び込んでいく。
(水魔術の使い手でいらっしゃるのね……)
グラスに注がれた水をありがたく頂く。思っていた以上に喉が渇いていたようで、一息に飲み干してしまった。
その様子をなんだか意外そうな表情で見ているフェオンと目が合い、アマリアはきまり悪く思いつつもおずおずと頼んだ。
「すみません、もう半分ほど頂けますか……?」
「それはいいけど……」
再び水魔術を使い、半分どころかなみなみとグラスを満たしてからフェオンは椅子に座った。ベッドの傍にある簡易的な椅子だ。卓に頬杖をつき、珍しい動物を観察するかのような視線をアマリアに向ける。
「…………?」
たじろぎつつも、水はしっかり頂く。美味しい水だ。
「……それさ、気持ち悪く思ったりしないの?」
「それ、とは?」
清潔で殺風景気味な部屋だ。おかしなものなど何もない。アマリアが首を傾げると、フェオンはグラスを指さした。
「普通のグラスですよね……?」
「中身の方だよ! 調子狂うなあ……。貴族ってさ、魔術で作られた水を飲んだりするの嫌がるじゃん? 君、いかにも貴族のお嬢様って感じなのに」
ああ、とアマリアは頷いた。確かに貴族は、魔術で作られたものを蔑視する傾向にある。飲み水などは特にそうだ。どこそこの地下水を汲み上げさせたとか、水源近くの湧き水を運ばせたとか、天然水をありがたがる。もてなしにもそういったものが好まれる。そういうのも結構だが、さして感銘は受けない。
「水は水ですから。美味しかったです」
「…………ふうん」
フェオンは目を逸らした。それを不思議に思いつつ、アマリアはグラスを空にした。何杯でも飲めてしまいそうだが、起き抜けの体で飲みすぎるのは自重しておく。
そこに、ノックの音がした。




