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追放されるのは構わないが、殺されるとなると話は別だ。抗議したし、抵抗もした。しかし考えを曲げることはしなかった。むしろ大聖女たちのやり方を批判さえした結果、追放の予定が早まっただけだった。
馬車に乗せられて辺境へ連れて来られ、そこから先は手押し車だ。手足を縛られて手押し車の荷台に荷物のように積まれ、魔術で手押し車を押されて森の奥へと運んで行かれる。もちろん道などないから、茂る草木を魔術で焼き払いながらの強行軍だ。
魔の森に馬を乗り入れないのは、馬が通れるような道がないからというよりも――そちらは魔術でなんとかなる――、家畜を魔の森に入れると魔獣化してしまう危険があるからだ。使い捨てるつもりでなければ、動物を魔の森には連れていけない。
人間は魔獣化しないのだが、それは体内にすでに魔力を持っているから、魔力に適応しているからだと言われている。
とはいえ強い魔力を浴びると中てられることもあるし、魔獣化しないのも過去に例がないというだけで絶対に確実だとは誰にも言い切れない。そのため魔の森に接する辺境は人が少ない。魔の森から離れた安全な街に住みたがって移住する者は後を絶たない。
アマリアをここまで連れてきた護送役の人たちがどういった者たちなのかは分からない。みな顔や体をすっぽりと覆うフードとマントを身に着けていたからだ。ただ聖女ではなさそうで、攻撃系の魔術を持つ者が多いようだった。治癒魔術を使える以外はまったく無力な聖女ひとりを相手に御大層なことだ。
そこまでしてアマリアを魔の森に捨てようとするのは、おそらくだが、人を使って聖女を殺させることがうまくないからだろう。聖女を殺すことは忌避されるし、半端に殺そうとしても自分で治癒されてしまう。大金をかければ殺しの依頼を受ける者もいるかもしれないが、その報酬の高額さと不確実さを嫌った。そんなところだろうと思う。
もしかすると、今までにもあったのかもしれない。治癒魔術の秘密と教会上層部の腐敗に気付いてしまったうえに反抗的な聖女を、こうした形で処分してきたことが。
(それにしても、思わないわよ……! まさかこんなに念入りに殺そうとしてくるだなんて……!)
身分と全財産を没収されて「魔の森」に追放されるだけでほぼ死刑と等しいのに、念には念を入れて手足を縛り、しかも魔獣を呼び寄せるお香まで使っているらしいときた。聖女を人の手で殺すことは忌避しても、魔獣に食い殺させるのは良しとするようだ。理解できない。
魔獣をおびき寄せるお香は密かに流通している。魔獣は動物が魔力によって変化したものであるため、魔力を好む。こうしたお香には魔力が練り込まれており、動物を興奮させる成分も配合されているらしい。詳しいことはさすがに知らないし、実際にこうやって香りを確かめるのも初めてだが。
手足を縛られて放り捨てられ、とどめにお香を近くで焚かれて、護送役の人たちが引き上げて……それほど時間も経たないうちに。
おびき寄せられた熊の魔獣が、アマリアに向かって腕を振り下ろす――直前。
その手が、轟音とともに燃え上がった。魔獣が絶叫し、炎が夜空を焦がす。
(…………!? いったい何が起こったの……!?)
突如として吹き上がった炎に目が眩む。呆然とするアマリアの目の前で、再び炎が弾けた。それでようやく、その炎がアマリアの背後から飛んできた火魔術によるものだということを理解する。
「無事か!?」
間違いなく人の声だ。その人物はアマリアを庇うように魔獣との間に割って入り、爆炎で魔獣を後ろに押し戻した。魔獣の毛が焦げて異臭が立ち込める。
「逃げろ!」
助けてくれた人物が声を張った。だが、縛られた足が自由にならない。力も入らない。恐怖で喉がはりついたようになっており、声すら出せずにアマリアは首を横に振った。
「っ……!?」
アマリアが動かないことに焦ったように振り返った人物が、厳重に縛られたアマリアの足を見て言葉を失った。お香の匂いにも気付いているだろうし、アマリアが意図的に殺されかけていることを察したのだろう。
訳ありなことを知られてしまった。助かったと思ったのだが、見捨てられてしまうかもしれない。
そこでようやくアマリアは、助けてくれた人物の姿をまともに見上げた。
炎魔術の使い手だ。手に持つ剣が炎を纏っており、そのおかげで夜の中でも姿がはっきりと分かる。
声で察していたが、年若い青年だ。濃褐色の髪に精悍な顔立ちで、鍛えられた体に騎士の制服を纏っている。辺境騎士団の者だろうか、とアマリアは当たりを付けた。
辺境騎士団はその名の通り辺境に置かれた騎士団で、魔獣から人々を守っている。また、資源の採取や研究などのために魔の森に分け入る者を護衛する役割も担っている。王国の公的な機関だから一個人が彼ら彼女らに直接依頼することはできないが、しかるべき手続きを踏んで公的に許可を取れば可能だ。
辺境騎士団の任務は過酷なため、高い実力が必要とされる。その反面、辺境という任務地が嫌われるので志願者は多くない。アマリアが辺境騎士団について知っていることはといえばそのくらいだ。
(魔の森に迷い込んだ一般人なら助けてくれるだろうけれど……こんないかにも訳ありの私はどうだろう……)
助けを求めていいか分からずにいるアマリアに、騎士らしき青年は剣を振り上げた。




