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教会は組織の名前であるが、建物の名前でもある。王国の首都、王宮を囲んで広がる栄えた街の一等地に聳え経つ荘厳な建物がそれだ。依頼人からの「寄付金」によって建造され、維持、管理されている。
教会の上層階に呼び出されたアマリアは、自分の良心に悖るところはないと顔を上げて大聖女と対峙した。
大聖女は例の依頼人の血縁だそうだが、体型は真逆で痩せぎすだ。謹厳な顔立ちだったと記憶しているが、今は顔がよく見えない。こちらを向いて立つ彼女の背後の薔薇窓から光が差し込んでおり、逆光になっているせいだ。向こうからはアマリアの表情がよく見えるだろう。
大聖女は口を開き、少ししわがれた声で静かに言った。
「聖女アマリア。なぜ自分が呼び出しを受けたか分かっていますね?」
「承知しております」
アマリアは率直に返答した。
今にして思えば、世間知らずだった。貴族お得意の腹芸や権謀術数も知らず、貴族階級にほぼ等しい聖女たちの間にもそれらがあることを考えすらしなかった。
「正当な理由がない限り、聖女に助けを求める者の手を振り払ってはなりません。知っていますね?」
「はい」
その正当な理由とは、たとえば相手が死刑を宣告された犯罪者であるなどの場合だ。まず適用されない。
だが、そもそもその前に、依頼は序列の高い聖女たちによって選別される。相応の身分で高額の「寄付金」を納められる者以外は門前払いされる。助けを求める者の手を云々などと大聖女が言うのは可笑しな話なのだ。
だからアマリアは聞き入れる気などなかった。除籍するならすればいい。実家には戻れないし人々からは白い目で見られるだろうが、治癒の魔術が使えるならどこかに居場所は求められるはずだ。王都から遠く離れて聖女とは縁のない土地へでも行けばいい。教会に所属しているのは治癒魔術師としての義務でしかないのだから、向こうから要らないと言われるならそれでいい。義理は果たしたと言えるだろう。
揺るがないアマリアに、大聖女は問いかけた。
「……あなたは……分かっていますね? ……知っていますね?」
「…………!」
答えられなかった。だが、強張った表情は見られただろう。
それは、言外の意味をにじませた問いかけ……治癒の魔術の真実を知っているかという問いかけだった。
大聖女は息をつき、宣告した。
「あなたを追放処分とします。……連れて行きなさい」
その命令は近くに控えている護衛の女性騎士に向けられたものだった。アマリアは彼女たちに腕を掴まれ、そのまま地下の懲罰房に連行された。
逃げる気も反抗する気もなかった。無駄だと分かっていたし、自分が悪いことをしたわけではないのだから。ただ最後に、大聖女がどんな表情をしているかを確かめたくて振り返ったが、逆光に暗く沈んで彼女の表情は分からなかった。
冷たく湿った地下の懲罰房に入れられても、追放を宣告されても、それらはアマリアにとってたいした脅しにはならなかった。貴族令嬢とはいえ蝶よ花よと育てられたわけではないし、治癒魔術を磨くために町医者のところで瀕死の怪我人の治癒を請け負ったことも何度もある。治癒の魔術はそういった大怪我に対して特に有効だから、教会の聖女としてはまず見ることのない酸鼻を極めた現場に立ち会ったこともある。いまさらそのくらいの脅しには屈しない。
追放のみならず、身分と財産を没収すると宣告されたときも同様だ。もともと身分には執着がなかったし、財産も惜しむほどには持っていない。聖女として治癒魔術を行使するのは聖なる奉仕であり無私の行いなので、給料が出るものではない。謝礼もとい寄付金を受け取るのは個々の聖女たちではなく教会だ。そこから適当な名目で多少は支給されたがそのくらいだ。聖女たちはお金のためではなく善意で動くものなのだ。……教会の上層部は違ったようだが。
立場も身分も財産もなくなったうえで追放されると決まっても、アマリアの顔色は変わらなかった。だが、追放先があの「魔の森」だと聞いたあたりで、さすがにこれはまずいと遅まきながら気付きはじめた。
魔の森。名前の通りに、魔獣が棲む森だ。
王国の北東部に接する魔の森は、鬱蒼とした木々がどこまでも続き、その広さがどのくらいなのかは誰も誰も知らない。奥に行くほど魔力が濃くなり、出現する魔獣も強力になる。
魔獣とは獣が魔力によって変化したもので、元の種族の特徴を留めつつも巨大化、狂暴化する。森の浅い部分はまだ普通の動物たちも棲んでいるが、奥の方は文字通りの魔境だ。
だが、危険なだけではない。その反面、資源が非常に豊富なのだ。貴重な草木や鉱物、魔力を帯びた物質、魔獣の部位ですら高額で取引される。それらの獲得を狙った開拓の試みが過去に何度もなされているが、ことごとく失敗しており、必要に応じて小人数が森に入って資源を採取する形に落ち着いているのが現状だ。
開拓すらできない魔の森には、当然ながら人など住んでいない。人が住むのは「辺境」までであり、魔の森に接してはいても、魔の森の中では断じてない。
その森の中に追放されるとなると――意味は一つだ。
大聖女はアマリアを殺すつもりだ。口封じのために。




