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 ――振り返れば、あのことが発端だった。


「なぜさっさと治してくれんのかね! 治癒をせずして何が聖女だ!」

「ですから、ご説明申し上げた通り、こちらの患部には治癒魔術が根本的な解決にならないのです。病気そのものを治療なさいませんと……」

「それなら病気そのものの治療とやらをやってくれ!」

「それは医師と薬師の領分です」

「他の聖女ならやってくれるぞ!」

「それは……」

 それは治療をしているのではなく、患部を表面的に治癒しているだけだ。場当たり的、対症療法的なものだ。そう説明したいが、立場上そうは言えない。

 黙り込んだアマリアに忌々しげな視線を向け、舌打ちをして患者は荒々しく立ち上がった。椅子を蹴倒す音が室内に響く。

「もういい、他の者に頼む! この無能聖女が! いやお前など聖女ですらないわ!」

 恰幅の良い、と表現するにはいささか過ぎた体型の貴族男性が、肩を怒らせて部屋を出ていく。教会の小部屋に一人で取り残されたアマリアは溜息をついた。

(他の聖女のところに行っても、無理なものは無理なのに……)

 確かに、他の聖女なら承るだろう。治療を施すだろう――根本的な治療ができていないことになど気付かずに。あるいは、気付かないふりをして。

 聖女は確かに治癒の魔術を使える。だが、それは人体の外的な損傷を回復させるだけのものだ。だけ、が大きくはあるが。

 今しがた出ていった男性は、病気のせいで皮膚が爛れていた。治癒魔術はその皮膚の炎症は治せるが、根本的な治療になってはいない。しかも、治癒魔術を乱用すると自然治癒力が下がってしまう。そのことに気付いてから、アマリアは必要以上の治癒魔術の行使を避けてきた。怒鳴られても駄目なものは駄目だ。

 聖女の使う治癒魔術は、多種多様な内科的な病気のひとつひとつに対応しているものでもなければ万能でもない。根本的な原因を取り除く治療がなければ片手落ちだ。

(だからこそ医師や薬師がいるのに……)

 だが依頼人となる権力者たちは、医師や薬師よりも聖女を頼りたがる。痛みや苦しみを伴う手術や投薬などの治療を避けたがる。きちんとした治療には時間がかかるから、手っ取り早く治ったように見える聖女の治癒魔術をありがたがる。その便利さに慣れ切ってしまっている。――そのたびに自身の回復力が落ちていっていることに気付きもせず。

 医師や薬師と聖女は微妙な関係だ。商売敵と言うには聖女の数が少なすぎるし、聖女に対応してもらうには身分と伝手と高額な「寄付金」が必要なため、医師たちの必要性はなくならない。

 聖女はほとんどが貴族階級の生まれだ。アマリアも例外ではなく、伯爵令嬢の身分を持っている。

 魔力の多寡だけでなく、魔術への適性も遺伝しやすい。治癒の魔力といったものがあるわけではないが、魔術を行使する身体そのものが遺伝によるものだからだ。高い身分を持ち社会的な尊敬を受ける聖女たちの配偶者も王侯貴族であることが多いため、自然とこのような状況になっている。

 聖女はほとんどが貴族の身分を持ち、教会に所属する。教会は聖女たちのいわば互助組織で、頂点に立つ大聖女以下の構成員の全員が聖女だ。彼女たちは半ば義務として聖女の能力を役立てはするが、朝から晩まで働きづめということはない。むしろ教会にいる時間の方が短く、みなそれぞれにどこぞの名家の令嬢や夫人として社交をしたりしている。家庭を持つことにも制限はない。

 だがアマリアは実家との折り合いが悪く、治癒魔術への適性を見出されて聖女となった後はほとんど実家に帰っていない。もちろん貴族令嬢としての社交などもしていない。他の誰よりも聖女として働き、治癒魔術の腕を磨き……そして、その真実に気付いてしまった。

 気付いた時は嘘だと思いたかった。治癒魔術は万能ではなく限定的な効果しか持たないもので、しかもそのことを皆が知らないか、あるいは知らないふりをしつつ行使していることを。

 だが、確かめれば確かめるほど確信が深まる。そしてさらに気付いてしまう。治癒魔術は即効性こそあるが、乱用すると本来の自然治癒力を阻害してしまうことに。

 一回や二回使ったくらいでどうなるものでもないが、繰り返し治癒魔術に頼った回復をしていくと、かえって病気や怪我が治りにくくなるようなのだ。

 もはや教会の常連となった依頼人を見ながら、まさか教会の上の方はこうしたことを知っているのだろうか、とうすら寒くなったものだ。知っていながら治癒魔術漬けにしていたのなら、それはもはや加害に等しい。

 知ってしまったからには、もう治癒魔術の乱発はできない。魔力量には問題がなくても。

 そして、それからのアマリアは必要以上の治癒魔術を求められると拒否するようになった。患者から罵倒されても、教会の上の方から叱責されても、できないものはできない。自分の良心に背くことはできない。無能だと罵られようが、白い目で見られようが、まったく構わない。

 その日も、罵られたことに溜息はついたが、それで済ませてしまった。まさかその患者が公爵家の当主で大聖女の血縁だとは、社交界に出ないアマリアには知る由もなかった。

 そしてアマリアは、大聖女からの呼び出しを受けた。

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