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そんなヘレナに慌てて弁解をするような一幕もありつつ、アマリアと周囲の関係はおおむね良好に進んでいた。男性騎士たちもさすがに最初の医務室のときのような騒ぎは起こしていない。本来の目的以外で医務室に来たら砦の外周を二十周、というのが決まりになったためだ。試しにアマリアも走ってみたのだが、一周もしないうちに疲労困憊になった。
食堂など、医務室から離れたところで声をかけられることもあったのだが、その場に居合わせたバルトが庇ってくれて事なきを得た。「そんなに時間と気力が余っているなら外に出てきたらどうだ? 薪が山ほどあるぞ」と静かに圧力をかけられた騎士は、翌日、筋肉痛で医務室を訪れる羽目になっていた。慣れない者が薪を割ると変に力が入って大変らしい。
バルトとフェオンの二人がアマリアの事情を知り、味方になってくれるのだが、これが本当に心強い。バルトは言わずもがな、フェオンも騎士たちに睨みを利かせられる立場だ。
医師に睨まれるのは確かに怖い。この前もアマリアにちょっかいを出そうとした騎士が、フェオンに治療される際、しみる消毒液をたっぷりとかけられて悲鳴を上げていた。その騎士いわく、怪我をした時よりも痛かったそうだ。
そんなフェオンのもとで働き、合間に学ぶ日々は充実している。聖女であったときよりも自由に医術を学ぶことができている。聖女の治癒魔術は医術ではなく魔術的な事柄なので、医術を学ぼうとすると怪訝な目で見られたものだ。
(でも、実際に医術を学んでみると治癒魔術の効きがよくなったし、関係がないはずはないと思うのよね……)
アマリアはそう実感しているので、フェオンが蔵書を貸してくれるのがありがたい。砦にはもちろん図書室なんてものは無いが、教本はあるし、魔獣についての本も共有されている。分野に制限はあれど、学ぼうと思えば学べる環境だ。
そうしてしばらく経ったのだが、教会関係者がアマリアの存在を嗅ぎつけた気配もない。最初は警戒していたのだが、騎士団の生活は思った以上に外の世界と隔絶されていた。王都にゆかりのある騎士もいるだろうし、手紙などのやり取りもあるはずだが、ゴシップが逐一流れてくるような環境ではない。アマリアの実家が没落したという話も聞かないし――それなりに名のある家なので、そんな重大事が起こればニュースとして届くはずだ――、アマリアの追放はおそらく、聖務中の事故か何かとして適当に処理されたのだろうと思われた。
(探られるような気配が全然ないのだけど、それはそうかも……王都で蝶よ花よと傅かれて優雅に暮らしていた聖女が、たとえ何かの間違いで魔獣に殺されずに生き延びたとして、騎士団に居座るなんて想像しないわよね……)
普通の聖女であれば、手荒に連行されて魔の森に放り出されるだけで心労で儚くなったりするかもしれない。冗談みたいな話だが、血を見ただけで卒倒する聖女もいるくらいだ。その力は何のためにあるのかと問いただしたくなるが、悠長に教会にやってきて治癒魔術を求めるような患者は大怪我で血を流していたりはしない。
もちろんアマリアは血を見慣れているので、さっきもフェオンを手伝って怪我人の手当を終えたところだ。
汚れた布を洗濯係に託し、洗濯済みの布を抱えて医務室へと戻る。
女性同士ということもあってか洗濯係の使用人と仲良くなったので、こうした雑用はフェオンに代わって積極的に引き受けるようにしているのだ。汚れのひどいものは捨てるが、そうでなければ包帯などもなるべく洗ってよく干して再使用する。優先的に日なたに干してもらえるよう話をつけたので安心だ。
「ああ、アミィ。ちょうどよかった」
戻ったアマリアに気付き、フェオンが声をかけた。椅子に座ったまま上体を少し逸らしてこちらを見ている。その向かいにはバルトが座っていた。
「フェオン、どうかしました? もしかしてバルト様がお怪我をなさったとか……?」
しかし見たところ、そのような感じはない。団服には破れや血の汚れがないし、裾をまくったりはだけたりもしていない。アマリアが首を傾げるとバルト本人が否定した。
「いや、患者として来たわけじゃない。魔獣の群れの掃討作戦を行うからフェオンにも同行してほしいという話をしに来たんだ」
バルトの話によると、最近、近隣の農村で農作物や家畜が立て続けに魔獣の被害に遭っているらしい。人に怪我がなかったのは不幸中の幸いだが、農作物が食い荒らされたり、鶏や豚が襲われたり、生活の糧が台無しにされているそうだ。
被害のあった村に騎士が泊まり込んで調査したところ、魔獣は村に留まっておらず、森からやってきて森へと戻っていっていることが確認できたという。しかし数が多くてその場では討伐しきれないと判断し、農作物や家畜の味を覚えてしまった魔獣を放置するわけにはいかないので、掃討作戦を組んで一気に対処しようとしているところだそうだ。




